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253 高原の合戦

「この様子だとこれの繰り返しだろうな」

 一度の衝突でスリングの射程を見切ったらしく、適度な距離を保ちつつばかすか撃ちまくってくる。被害の度合いはややこちらの方が大きい。動かないこちらと動き回っている敵ではやはり命中率に差が出る。

 こっちも昔使っていた土の鎧や硬化能力で対処しているけどノーダメージに抑えるのは難しい。

「対処するのは簡単なんだけどな」

「壁ならいくらでもつくれるからね~。でもそれやると負けられないよ~?」

 <練土>なら土さえあればいくらでも防壁を築ける。とはいえそれだと今回の目的は達成できない。

「相手の出方を見る意味でも、わざと負ける意味でも一度攻めるのが吉かな」

 相手の前進に合わせてスリングを投擲すると一気に突撃させる。草を踏み荒らし、大地を蹴る蟻の軍勢。その蟻たちに立ち向かうのは――――誰もいなかった。

 騎兵は部隊がそれぞれ別々の方向へと散らばるように逃げ去っていき、白い飛行機雲のような軌跡を残している。

「おや、どうも角馬の魔法は自身を加速させるようですね」

「だな。シンプルだけど厄介だ」

 今まで魔法を使っていなかった角馬だけどその必要がなかっただけらしい。つまり今は全力で逃げているようだ。ではその目的とは?

「罠だなこりゃ」

「だね~」

「ですね」

 後ろから眺めていればどう見ても敵を誘い込むための罠だとわかる。しかし前線で戦っている兵隊はそうもいかない。とりあえず逃げている相手がいれば攻撃したくなるのが心理というもんだ。

 今回の戦いではある程度の裁量を現場判断に任せているのでこの罠は見抜けそうもない。

 逃げている一つの部隊を全軍で追う。しかし騎兵の脚に適うはずもなくみるみる引き離され――――ない。それどころか徐々に近づきつつある。これも罠だろう。あえてスピードを落として追い付けると錯覚させるつもりらしい。色々考えてるなあ。

 しかも蟻は動きながら武器を使うことが苦手なので追撃戦に向いてないかもしれないということを今気づいた。……このままだとちょっとやばそう。

 それでも騎兵にじりじりと迫る蟻の軍の横合いから突然射撃の雨が降り注ぐ。

「あん? 今の部隊どっから湧いた?」

「散会した騎兵が今度は我々の軍に近づいたようですね」

「一度離れてからまた近づいたのか? 騎兵の機動力ってすげえな」

 遊牧民の攻撃は終わらない。近づいては離れ、ある方向に注意を向ければまた別の方向から攻撃が飛んでくる。

 草原という海原を泳ぐサメ、いやシャチかな。海棲哺乳類の中には獲物である小魚の群れを高度な戦術で追いつめることがあるという。遊牧民たちの戦術はその動きを彷彿とさせる。

 その緊密な連携の要となっているのは……

「旗と太鼓だな」

「戦場全体に響く音で大まかな作戦を示し、旗によって自分たちの部隊の行動を示すわけですね」

 奴らがわかれた部隊には何人か戦わない旗持ちや太鼓持ちがいて、それらを使ってコミュニケーションを行っている。

 テレパシーなしじゃそれくらいしか方法がないのだろう。しかしまあ。

「よくやるなあ」

 前に戦ったヒトモドキの指揮官はティマチだけだ。あれがクワイ最強の武将だとは夢にも思っていなかったけど、他の奴らがここまで強いとは思っていなかった。

 あれだな、こいつらは生粋の叩き上げ軍人みたいな感じだ。町の中でぬくぬく育ってきたエリートとはわけが違う。こいつらの部隊が遊牧民の中でどれくらい強いかはわからないけど、そこそこ強い方だろう。ククク奴は四天王の中でも最弱……とかだったら流石にやばいかもしれん。

「あれだけ統一された行動をとるのは見事ですね。武人として評価いたします」

 おお、珍しく翼からお褒めの言葉をいただいたぞヒトモドキ。憎んではいても正確な評価を送る翼はやはり軍人としてありだな。


「もうそろそろ退きどきだな。調査はできたし、程よい具合に負けただろう」

 突撃させていた軍団を砦に向かって撤退を始めさせる。当たり前だけどそのまま見逃してくれるほど連中はお人よしじゃない。撤退を始め、後ろを向いている働き蟻たちに向けて遊牧民たちはガンガン攻撃を加える。

 機動力に優れた軽騎兵の役割の一つに撤退する敵への追撃があるらしい。撤退戦が一番難しい戦であるらしく、それはつまり撤退している敵が一番攻撃しやすいからだろう。というわけでいつものあれだ。

「捨て(がまり)頼むぞ」

 一部の兵隊を殿として騎兵に突撃させる。これやるとかなり驚いてくれるよな。しかしそれでも稼げた時間はわずか。再び追いつかれたならばまた誰かが殿を務める。

 気分はよろしくないけれど、これが効率的なのは確かだからなあ。

 砦にたどり着いたのは太陽が中天を過ぎてからだった。


「さて、これで敵戦力はわかったな。まずは敵戦力の評価とその弱点を突きとめないと」

 でーんと椅子に座りつつフライドポテトをかじりながらくつろぎつつ論評開始。千尋はオレよりもはるかにリラックスしているけどな!

「騎兵の機動力と遠距離攻撃は今までにない脅威ですね」

「言い換えればその二つを封じれば強くはないんじゃないかな~? 一番いいのは森や山に誘い込むことだけどね~」

「それができたら苦労はしないよなあ」

 例えば森林で遊牧民と蜘蛛の群れが同数で戦えば圧勝できるだろう。飛び道具は木々に阻まれるし、自由には移動できない。が、しかしここは大した遮蔽物のない高原。丘や茂みならちょくちょくあるけど騎兵が進めない山や森は多くない。

 つまりここは騎兵が最も生きる環境であるということ。

「では思考を切り替えて、どのような味方であれば奴らに勝てるか考えましょうか」

「そうだな。まずはヒトモドキの魔法を防げるくらいの防御力がある魔物だな」

 心当たりはいっぱいあるな。

「鎧竜、カンガルー、リザードマン、ヤシガニ……いっぱいいるよね~」

 この近辺の魔物が多いのはやはりそういう相性のいい連中がこのアンティ同盟を守ってきたからかな。

「あの防護服なら防げるでしょうか?」

「たぶんいけるはず。大量生産も始まってるし、今からでも千着くらいなら確保できるぞ」

「それは頼もしいですね」

 実際にあれを着て戦った奴らにそう言われると心強い。

「次は機動力かな。翼。あいつらに追いつけるか?」

「難しいですね。魔法を使われず、誰も乗せていなければ追い付けるかもしれません」

「あいつらの肝は速さだよな。追い付けそうなやつは限られるか」

「ですが持久力はまだわかりません。奴らを走らせ続ければ足は止まるかもしれません」

 む、確かに。あいつらは全力疾走をした後は一度スピードを落としていた。案外長い距離は走れないかもしれない。馬も短距離向きの馬とか色々あるはずだし。それに魔法は使えば使うほど体力を消耗する。燃費の悪い魔法なら特にしんどいはず。その辺に突破口があるかもしれない。

「他には単純に敵の攻撃が届かない距離から攻撃したりとかだね~」

「それが結局強いかもな」

 どんだけ速かろうが攻撃力が高かろうが届かなければ何の意味もない。グラスボウなら多分相手の射程外から攻撃できるけど……。

「グラスボウはまだ数が足りないんだよなあ」

 アメーバが便利すぎるせいでプラスチックの生産が全く追い付いていない。今回の作戦は予定にない行動だったので、弓も複合弓や単純な木の弓がほとんどだ。これでは撃ち負けはしなくても勝つのは厳しい。

「まあでも今のところオレたちは本格的に戦わないしな。アンティ同盟の作戦が大成功すれば二、三年は再起不能になるはずだ。情報を集めて損はないけど今からそこまで気にしてもしょうがない」

 話振ったのオレだけど。まあいいか。

「では籠城の備えはいかがです?」

「問題ないかな。十五日くらいなら楽に持つよ」

「でも今みたいに上手に攻められたらまずいんじゃないかな~? それともあいつら城攻めは上手じゃないかな~?」

「見てみないとわからんけど、多分城攻めは得意じゃないと思うよ。後は本当に砦に来てくれるかどうかだな。無視はしないと思うけど……あまりにも長引くとどこかに移動するかもしれないからな。ティウにはなるべく急いでもらいたいな」

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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