251 四天王
ウェングが晴れ渡る空とは真逆に俯いて地面を眺めていると、ふと人影が近づいていることに気付いた。
「また叔母様と口喧嘩していたんですか」
ぴしりと伸びた背筋に女らしい――――この場合クワイにとっての女らしいという意味なので日本語における男らしいとほぼ同じ意味――――がっしりとした体躯に似つかわしくない穏やかな声。修道士であることを示す黒い服に身を包んでおり、体格の良さは服の上からでもわかる。
ここが日本ならややアンバランスな印象を受ける女性、チャーロがいた。
その姿勢の良さに引きずられるようにこちらも居住まいを正す。
「すみませんチャーロさん。どうしても会合に参加したくて」
「あなたの神への畏敬の念はわかりますが叔母様を困らせてはいけませんよ」
いや別に神様云々じゃなくて派手な活躍がしたいだけなんだけど。……とは流石に言い出せない。
「チャーロさんもこれから会合ですか?」
「ええ。なにやら大事になりそうなので」
チャーロは普段別のグループで高原を駆け抜けているが大きな戦いになるときは必ず呼ばれる。恐らくこのトゥッチェで一番の武将だからだろう。
およそ五年前の大きな戦いにわずか4歳(ちなみにこの国では5歳で成人)で参加し、華々しい戦果を挙げたらしい。
いいなあ。俺もそんな風になりたいなあ。
「ウェング。そんなに会合に参加したいなら、私の付き人として参加してみますか?」
「え!? いいんですか!?」
「私の付き人が体調不良でここにこれなくなりましたからね。代理の付き人でいいならば」
「それは嬉しいですけど……後でチャーロさんが怒られませんか?」
「あなたが会合に参加してはならない決まりがあるわけではありません。叔母様がそう仰っているだけです。ただ、付き人ですから不用意に発言しないように」
「もちろんです!」
会合に参加できるなら文句は言わない。しかし心の中では何か思いもつかないことを発言して周囲を驚かせようと密かに決めていた。浮足立った気持ちでチャーロの後ろをついて回っていた。
会合が行われるであろう天幕に入ると中には女性しかいなかった。この世界において軍議では男のでる幕はない。そのためウェングには厳しい視線が向けられ、とりわけ彼の義母からは火花が飛び散りそうなほどに激しい眼光が向けられていた。
(こ、怖ええ)
素直な感想は心の中にしまっておく。横目でチャーロを見ると動じた様子もない。
「遅れて申し訳ありません」
「いいえ。一番遠方におられるあなたが遅れることはしょうがありません。では会合を始めましょう」
地球ならプロジェクター、少なくとも地図でも広げるところだがトゥッチェにそんなものはない。紙でさえそこそこ高級品だ。だからとにかく会話の内容はできる限り忘れない必要がある。しかしそれでも日々の生活には案外困らなかったりするから不思議だ。
「まずは我々の偵察兵が魔物の群れを見つけましたが直ちに討伐いたしました。しかし魔物は更なる大群を率いて我々に襲いかかったそうです。偵察兵は直ちに引き返し、状況を報告しました」
義母の付き人が口頭ですらすらと偵察兵から聞いた情報を口にする。もちろん報告書なんかあるわけがない。全部口頭で説明している。
「魔物の種類は何でしょうか」
「蟻、のようです。数は恐らく二千程」
やや困惑が広がる。この地方にはあまり見かけない魔物だからだ。当然交戦経験も少ない。
「わかりました。では私が直ちに出撃しましょう」
チャーロが真っ先に口を開く。突然の宣告に天幕は色めき立つ。
「お待ちくださいチャーロ様! トゥッチェ四天王筆頭であるあなたが先鋒を務めるのですか!?」
(四天王って何!?)
当然ながらウェングの心の中のツッコミに耳を貸すものはいない。
「理由は二つ。蟻は巣を作る魔物です。この神聖なる大地にそのようなものを作らせるわけにはまいりません。そのためには早急な対応が必要です」
「もう一つは何です?」
「すでに準備を終えている部隊が私の直属の兵だけでしょうから」
外から馬蹄の響く音が聞こえる。十や二十ではない。少なくとも千を超す。馬が一斉に駆け抜けなければこんな風には響かない。馬に乗りながら暮らすトゥッチェの民にとってその程度は瞬時にわかることだ。
つまりチャーロは自分が報告を聞いた時点でこの展開を予想していたことになる。ここまでくればもうわかる。この会合は始まる前から決着がついていたのだ。
「よいでしょう。チャーロ。貴女に任せます。見事魔物を討ち滅ぼしなさい」
「はっ」
魔法の剣を掲げ、一礼する。あまりの鮮やかさに一瞬見惚れてしまい、踵を返すチャーロについていくことが一瞬遅れてしまった。
(……な、何にもできなかった)
はっきり言えば会話の流れにさえついていけなかった。未来を予想できる力を持っているにもかかわらず、予想することさえできなかった。未来予知は予想外の出来事や、自分があまりにも焦っていると全く働かないことがある。
蚊帳の外、経験不足、未熟。それらの言葉で両頬を往復ビンタされた気分になる。
「いかがでしたか会合は?」
「いえ、その……」
あまりの不甲斐なさに答えを返せない。
「ウェング。あなたはまだ若い。ですが有望です」
意外な言葉に目を瞬かせる。年上の女性から褒められることは今までにあまりなかった。
「逸る気持ちはわかりますが時節というものがあります。その時が来るまで力を蓄えなさい」
「……はい」
つまりチャーロは言葉ではなく行動によってウェングの実力不足を指摘したのだ。
事実その通りだったのでぐうの音も出ない。
「チャーロ様。ご武運をお祈りします」
あえて形式ばった態度をとったのはみみっちいプライドからだった。
「ありがとうございます。ウェング。あなたもしっかりと務めを果たしなさい」
それを指摘するでもなく、ただ緩やかに受け流す。
チャーロは部下が連れてきた自分の騎馬にさっと飛び乗り、自らが率いる部隊に悠然と騎馬を進めた。
戦いに赴くのだ。
「コッコー。およそ千の騎兵が出立。恐らく明日の朝ごろには接触します」
「ご苦労様和香。なかなか動きが早いな。拙速を貴ぶのかそれとも単に油断しているのか……どっちかな。あ、翼。ちょっと聞きたいんだけどいいか?」
「何でしょうか」
「もしもオレたちが勝ったらどうするんだ?」
互角くらいにもつれ込めばわざと負けるように見せかけることはできるけど、圧勝していれば自然に負けたように見せかけるほどの演技力はない。
「その時は我々だけで踏みつぶせばいいだけです」
「それもそうだな」
敵があまりにも雑魚ならささっと殲滅すればいい。
ひとまずは遊牧民諸君のお手並み拝見だ。




