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250 四人目の転生者

 建設中の砦から二千人ほどの働き蟻が出撃する。最悪の場合全滅しても大打撃にはならないくらいの人数で遊牧民に戦いを挑むつもりだ。

 二千という数を惜しまなくてもすむほどには国力が上がってきたな。

 逃げている蟻を救助させると尾行していた遊牧民はさらに距離を取り、また一部は離れてどこかに走り出した。いくら何でも百騎くらいでこちらに突っ込むつもりはなかったらしい。

 二年前に戦ったティマチとかなら勝ち目無しでも突っ込んだだろうな。敵がそれなりに有能で嫌になるな。

 ま、それでも大事なことを見落としてるな。敵をつけているということは、敵につけられるという可能性もあるということだ。

「和香。敵の居場所確認頼むぞ」

「コッコー」

 騎兵は確かに速い。しかしそれでもカッコーを振り切ることはできない。ばっちり尾行させてきっちり敵の居住地を明らかにしよう。


 爽やかな風に緑の草がそよぐ。

 まさにこここそが草原だと主張する景色を騎兵が駆け抜ける様子は絵画や言葉では表せないほどに雄大だった。

 その草原に逆さにしたお椀のような白いテントが立ち並ぶ。地球ではゲルなどと呼ばれる移動式住居に近い。

 しかしそれだけでは遊牧民の住居とは呼べない。真に彼女らを遊牧民たらしめているのは家畜の存在だろう。ねじくれた角と奇妙に細長い耳を持つヤギや、角の生えた馬。それらがテントの外周をうろつきまわっている。ただし地球ではありえないことだがそれらの家畜には一切の柵などの閉じ込めておくための設備が備わっていなかった。


「牧童やら羊飼いが土下座して欲しがりそうだな。あんなに従順な家畜はそうそうないだろうし。……ま、無理矢理上から押さえつけているだけだろうけど」

 自由放牧と聞くとのびのびと家畜を育てているかもしれないけど、ここでは逆。家畜に対して攻撃を加えることはさして珍しくもないようだ。加減はしているけれど魔法の弾丸をぺしぺしヤギらしき魔物に当てている。

 ヤギかあ。ヤギは痩せた土地にも強く、険しい土地も容易く踏破する脚力は昔から畜産農家の心強い味方だった。……まあ厳しい環境に強すぎるせいで草を食べつくしてしまうという説があるらしい。ただそれは俗説というか誇張にすぎずありとあらゆる動物は土地を枯らす危険性があると思うがね。

 何にせよ遊牧民がヤギを飼っていることに違和感はない。

 先ほどの騎兵が居住地に駆け込む。これでオレたちの居場所は伝わっているはず。遊牧民の皆さんは喜んでくれるでしょうか?

 あ、めっちゃ喜んでる。うおー、とか吠えてる連中もいる。しれっと翼が蛮族扱いしていたけど言い訳できないなこりゃ。

 おや? なんか青年が女性に何やら話しかけているな。何話してんだろ。

「コッコー、どうやら男が自分も出陣させてくれるように頼んでいるようです」

「好戦的なこった。和香。見張りを続けてくれ。出陣の気配があれば連絡を頼む」

「コッコー」

 この様子ならすぐさま出陣してきそうだなあ。オレなら何が何でも戦闘に加わらないよう最大限に努力するけど……何が楽しくて戦うのやら。

 というか普通の日本人なら絶対に戦いに参加しないぞ。普通死にたくないもん。それこそ絶対に死なないようなチート能力でもあれば別だけどさ。

 日本かあ。……オレ以外にも転生者っているのかな。どうだろうなあ。今のところあったことはないけどなあ。

 ぼんやりと慌ただしさが増した遊牧民の居住地を見ながら心の中でだけつぶやいていた。


 かつての故郷に思いを馳せる彼だったが……まさかたった今女性と話していた男性こそが転生者であるとは思いもよらなかった。灯台下暗し。存外探し物は近くにあるのだろう。






 少年と大人の間にあるような風貌だが、引き締まった体の青年がやや頬のこけた女性に対して強い言葉を浴びせている。周囲はまたかと顔を見合わせながら見ぬふりをしている。


「どうしてもだめですか母さん」

「くどい」

 母と呼ばれた女性はその呼び名とは裏腹に厳しい口調で言葉を払いのける。

「今日も魔物が見つかったんでしょう? なら俺も――――」

「いい加減しなさいウェング! あなたが戦場に出るなど言語道断! 男はヤギの番だけしていればいいのです!」

 明らかに怒気が混じった声を出すと振り返りもせずに大股で歩き去った。後には青年がぽつねんと佇むだけ。


「……またこれか」

 大きく嘆息し、来た道を戻る。

(いつまでこんなことを繰り返すんだか)

 誰もが彼と目を合わせないようにしているが、一人だけてくてくと近づいてくる小さな影があった。

「大丈夫でしたかお兄さま」

「大丈夫だよサイシー」

 声をかけてくれたのは我が愛しの妹サイシー。この子だけはいつも俺を慕ってくれている。例え血はつながってなくても。

「今回は上手くいきませんでしたけど……お兄様ならきっといつか戦場に出ることができます!」

「ありがとうな! お前はいつでも優しくてうれしいよ!」

 あまりのやさしさにまぶしすぎて直視できない。

 いや正直に言ってこの部族俺に厳しいよ。族長の義理の息子で、しかもこの国の王族の血筋だってのに風当たりがきつすぎる。

「だってお兄様はすごいです! お兄様の作ったあぶみのおかげで私も角馬に乗れるようになりました! きっとお母さまも認めてくださいます!」

「あー、そう言ってくれるのは嬉しいけど、あぶみは俺が作ったわけでもないんだけどな……」

 そう。実は何を隠そう――――この俺ウェングは地球からの転生者だ。

 神様から希望を聞かれて騎馬民族に転生させてもらい、お決まりのチートスキルももらった。俺のスキルとは――――

「おーい! ヤギが逃げた! 誰か捕まえてくれ!」

 毛を刈っていたヤギが暴れだしたようで、急にこちらに向かってくる。ヤギは人間よりは小柄だけど俊敏だ。放っておくと誰かがけがをするかもしれない。すぐに捕まえないと。もちろん俺がな!


 走ってくるヤギを見る。すると脳裏に三つの光景が浮かぶ。

 一つ。素手でヤギを抑えようとして逆に跳ね飛ばされる。

 二つ。魔法で斬りかかってヤギを殺す。

 三つ。魔法の弾でヤギを驚かせてから捕らえる。

(3が一番確実だな)

 見た光景の通りに弾を放ち、ヤギを驚かせた後抑え込む。角を抑えられたヤギはすぐにおとなしくなった。

「ありがとうなウェング! おかげでおかんに怒られなくてすむよ!」

 ヤギを仕事場に引きずる若者はいつまでもウェングに手を振っていた。

 そう。神から与えられた特殊能力とは、未来予知。

 予知とは言っても百パーセント的中する予言じゃない。未来の光景がいくつか見えて、その通りにすれば()()()()()という割といい加減な能力だ。

 これは多分将棋や囲碁のプロ棋士が数十手先を読み切るのと同じようなものだと思う。違うのはその予測がはっきり光景として映し出されること。ただし予想が外れることもある。

 逆を言えば未来予知を繰り返したりして練習を積み重ねるとその予測はどんどん正確になっていく。この能力を使って一旗揚げてやる……と思ってたんだけどなあ。


「お兄様……やっぱりお兄様はすごいです! あんなに簡単にヤギを押さえつけるなんて!」

「お! そうか? そうだよな!」

 義妹やさっきの若者と自分の義理の母親との態度の落差が端的に俺の状況をよく示している。同世代や年少からは慕われているのに、年上からはやたらと嫌悪されている。何かしでかした覚えはないのに。

「っと。サイシー、そろそろ会合に行かないといけないんじゃないのか?」

「あ、そうですね。お兄様も出席できればいいんですけど……」

「あー……母さんは許さないだろうな」

 痛ましそうに自分を見つめる義妹の頭をなでる。

 猫のようにくすぐったそうに身を震わせると、一礼してからこれまた猫のように素早く会合の場所に向かった。

 会合の内容は多分今回見つけた魔物との戦いについてだ。族長の娘であるサイシーは会合に出席する義務がある。対してウェングには出席を禁じられている。これは別に彼が義理の息子であるからという理由ではない。

「まさか男が戦場に出ずに女が戦うなんて聞いてねえよ……」

 独り言と一緒にため息が漏れる。


 神様はほぼ完全に俺の要求に応えてくれたし、期待以上の能力を授けてくれた。

 境遇も悪くない。いやむしろ事情があって地方に来た王族という実に美味しいポジションだ。

 これなら戦記譚のような活躍ができるに違いない! そう意気込んでいたのに……男はヤギの番をしろ、だもんなあ。

 この部族、というかこの世界の人間はいわゆる女系国家らしい。男は家庭に入るのが普通らしい。……俺だって女は仕事に口を出すな、なんて時代錯誤を言い出すつもりはないけどなあ。これはきついぜ。

 そんな話は聞いてないけど嘘をつかれたわけじゃないから神様に文句をいうわけにもいかない。

 その状況を変えるために前世の知識を活かして鞍や鐙を作ってみた。どうやらこの世界にはまだ騎乗用の道具があまりないようだったからきっと革新的な発明になるに違いないと思っていた。

 前世では馬のギャンブルに一時期はまっていたこともあったのでそれらの道具はなんとか作れたけど……それがむしろ俺の評価を下げた。というか露骨に嫌われだしたのはこのころだ。

 なんでも道具に頼ると本来の騎乗技術が下がってダメになるとかそんな理由だ。その意見は特にお年寄りに多い。一緒に鐙を作った奴らや、最初から鐙を使って馬に乗っている奴らは俺のことを尊敬してくれている。

 でもいつの時代も決定権を握っているのは大人だ。結果として俺は何時までたってもヤギの番から離れられない。愚痴や不満は日に日に溜まるばかりだ。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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