248 突き当り
「はーいそれでは楽しい砦建設。原材料は土。まずは掘れ」
「えっさ、ほいさ」
「次に井戸。穴を掘って風車も建てるぞ」
「わっせ、わっせ」
「よーし、よく働いたなお前ら。ふかした芋があるぞ」
「わーい」
ふははは。労働の後の食事は美味かろう。
「タジン鍋の使い心地はどうだ?」
「美味しくできてる」
そりゃよかった。タジン鍋というのはとんがり帽子のようなふたをした鍋で、主にモロッコで使われたそうだ。その形状から少ない水でも調理ができるのでこの地域の実状にあっているはずだ。
「ただ難点がある」
「ん、何?」
「この鍋は重ねられないから収納が難しい」
あーなるほどな。
調理器具はいつも使うけれど常に出しっぱなしにはできない。だから収納のことまで考えないといけないのか。やっぱり実際に使ってみないとわからないこともあるな。
「ところで王よ、なぜ我々が砦を建設することになったのです?」
「うんまあそれには色々事情があるんだよ翼」
翼はラプトルの群れを率いて建設中の砦に向かってもらっている。砦の目的は侵攻してくるであろう遊牧民の迎撃だ。オレたちはその土地の持ち主から援軍を依頼されたという扱いになっている。
訳あって砦を建設することになったのはいいけど、防備が心もとなかったので多少は時間が空いていた翼を呼ぶことにした。で、その移動中にこれまでの経緯とこれからの作戦を説明している。
そしてついに完成した騎兵部隊の試験運用という側面もある。今ラプトルたちの背中には蟻が乗っていて、騎乗中に戦闘ができるほどに成熟した騎兵になっている。鐙ってすげーな。地球の騎兵と違って騎馬……この場合は騎竜か? とにかくラプトルたちが単独で作戦を遂行する能力もあるから運用の幅は広いはず。
「疑問がいくつかあるのですがよろしいですか?」
「はいどうぞ翼」
「この砦の位置ですがあまりにも中央によりすぎていませんか?」
アンティ同盟は高原の大部分を実効支配しており、遊牧民がうろついているのは高原の東部から南東部の端部分くらいだ。それでも時折水場や草場を掠めるように移動して、たまに小競り合いになったりする。ただ今回は小競り合いではすみそうにはないらしい。
「どうやら遊牧民は事前に食料なんかを農村などから買い上げたらしい。それも結構な量を」
もともとこの高原で暮らしている遊牧民なら、それほどの食料は必要ないはずだ。
「この高原の深くに侵攻するつもりだと?」
「多分な。水際で食い止めるという作戦もありだったけど、深くに侵攻させてから迎撃するつもりらしい」
「その作戦は遊牧民には通じないはずでは?」
高い機動力を持ち、多少の食料供給手段を手にし、ヒトモドキにしては珍しく逃げることに躊躇がない遊牧民は補給線を必要としないため兵糧攻めに強く、一気に殲滅することが難しい。
しかしそれはあくまでも連中が普段のように高原を移動している状態なら。
「どんな軍略の天才でも攻城戦には機動力を持ち込めない。あいつらが城を落とそうとするなら必然的に居場所は特定できる」
「なるほど。我々は囮ですか。我々が籠城して敵を引き付けている間にアンティ同盟が兵を配置して包囲し殲滅する」
やっぱり翼は戦術に関する理解が早い。
これはいわゆる鉄床戦術、その戦略版だ。
鉄床戦術は異なる兵科を組み合わせて行う作戦で、一方が敵の攻撃を耐え、一方が機動力を生かして敵の背後や側面に回り込む。古くから使われるけど現代でさえも似たような戦術を駆使する例は少なくない。
多方面からの攻撃に弱いという原理原則は変えようがないのだ。
ただまあテレパシーという優秀な通信手段があるとはいえ戦場一つ単位ではなく、数日、場合によっては数十日をかけて高原で実施してしまおうというマーモットの戦略の壮大さには恐れ入る。戦史研究家辺りが大喜びしそうな作戦だ。
「参加するアンティ同盟の戦力はどれくらいですか?」
「ライガーは少なくとも三千。カンガルーは五千以上出すらしいな。他の連中も参加はするらしいけど、作戦の性質上足が遅い奴は省かれるから……それでも一万は超えるな」
「敵の戦力はいかほど?」
「ヒトモドキは今のところ大体一万五千ってとこ。後からもっと増えるかもしれん。ただし角馬の数はそれよりも多いし、家畜はさらに多い。まあ家畜を戦わせることはないらしいからこれは無視してもいいはずだ」
「単純な数の上では敵が圧倒しておりますが……数字だけでは決まりませんな」
これが地球なら兵士一人当たりの戦闘力は大体同じくらいだと考えられるけど、この世界では体の大きさや魔法の性能および相性によって勝敗は大きく変わる。
「聞いた話だとカンガルーとヒトモドキのキルレシオは3対1くらいらしいな」
「それは騎兵との結果ですか?」
「そう。カンガルーと歩兵の戦闘結果だと10対1を超えるだとさ」
つまりカンガルー一人が3騎の騎兵をなぎ倒し、10人の歩兵をぼこぼこにできるということ。はっきり言えばカンガルーだけで戦力の拮抗は達成できる。
「それだけの差があるからこそ逃げることに躊躇がなければ生きていけないのでしょうね」
そう、この作戦の肝はとにかく相手を逃がさないことだ。包囲して混乱させ、逃げ道を無くせば個人の力量差がもろにでる。
正面から戦えば勝てる。が、逃げられる。だから相手に無理矢理戦わせる。
「しかし追いつめられた蛮族ほど怖いものもありません。アンティ同盟にもかなりの被害が出るのでは?」
ヒトモドキを追いつめればどうせ死ぬなら最期まで戦ってやれ! という思考になることは想像に難くない。しかし、そこはオレたちが気にすることじゃない。オレたちの仕事はあくまで遊牧民の足止めだ。
「犠牲よりも遊牧民を殲滅させる方が優先されるんだろうな。オレたちは直接戦う必要はないから気を楽にすればいいさ」
「おやでは我々は何故砦に向かうのですか?」
ヒトモドキと一戦交えられると思っていたのか少しばかり残念そうだ。
「籠城の指揮を執ってくれる奴が欲しかったのと、念のため。ないと思うけどアンティ同盟が援軍をよこさなかった場合連中に対抗できる戦力が必要だ」
「承知。寡兵で敵に立ち向かうは下策ですが味方を逃す程度の働きはやってみせましょう」
翼の言う通り、何もかもが上手くいかなかったとき砦を放棄して撤退することになる。当然遊牧民は追ってくるだろうけど、その攻撃をしのがなければ砦の兵隊を無駄死にさせることになる。
今現在ヒトモドキの騎兵に対抗できる速さをもつのは翼たちだけだ。鐙の開発によって騎兵も導入できたけどいかんせん数が足りない。国中のラプトルを持ってくるならともかく、今高原で動かせるラプトルは2000人。いくら翼でも遊牧民とまともに戦うのは難しい。だからこそ撤退支援というわけだ。
「具体的な作戦はお前に任せるよ。砦の中に入って指揮を執ってもいいし、外で遊撃部隊として戦ってもいい。砦の中になら食料は豊富にあるし、場合によってはどこかに小さな拠点を作ってそこに食料を隠してもいい」
ラプトルは肉食だから食料の問題は結構切実だ。ただし、かなり食い溜めできるのでその気になれば5日くらいなら絶食できる。隙を見て食料を調達できればかなりの戦略的持久力を発揮できるだろう。
「了解……と言いたいところですがひとつお尋ねしてもよろしいですか?」
「ん、何?」
「あの銀髪は注意しなくてもよいのですか?」
翼の瞳の中にちろりと復讐の炎が灯る。翼にとってあいつは依然として仲間を殺した仇敵なのだ。
だからこそ、最大の脅威であることをけっして忘れはしない。あれは出会った時点で詰む強制負けイベントみたいなもんだ。だからできる限りで合わないようにしないといけない。
もしも遊牧民を蹴散らしてしまっては銀髪がここに殴り込む可能性は否定できない。しかし……。
「多分、今回の作戦ではあいつは来ないし、来ても被害は少ない。理由は二つ」
「お聞きしても?」
「うん。どうも琴音やカッコウの偵察によると遊牧民はクワイだと良く思われていないらしい。それどころか露骨に疎まれているらしい。銀髪だって暇じゃないから遊牧民を助けようとは思わないはず」
銀髪がどこから命令を受けているのかはわからないけど、敵国の上層部から指示を受けていると仮定すれば支持基盤になりえない勢力に援助しないかもしれない。
「理屈はわかりますが何故それほどに嫌われているのです?」
「うーん……はっきりとはわかんないけど、定住しないことに対して忌避感があったり魔物に乗って一緒に暮らすことが汚いと感じてるみたいだな」
「……よくわかりませんな」
「お前らは特にそうだろうな」
ラプトルも本来は移動型の動物だ。遊牧民の暮らしは家畜を飼うこと以外なじみ深いだろう。
対してクワイは典型的な農業畜産型国家。一か所に居を構えて日々を営むのが普通の暮らしで、そこに魔物が関わるとセイノス教関連でやかましくなるのも道理だ。
魔物云々は別にしても遊牧民と定住民がいがみ合うのは特に古代において地球でも珍しくない。遊牧民が定住民に対して戦争を仕掛けるという構図も珍しくないけど、文化の温度差が確実に存在し、それが軋轢のもとになっているのは否定できない。
例えば遊牧民は豚肉を食べないし、豚も飼わない。これは豚の生態が定住型であることに由来する。定住する農民にとってはなはだありがたいこの性質は移動しながら暮らす遊牧民には煙たがられる。
たかだか家畜や食事が何だと言うのだと疑問を感じるかもしれないけど、食べるものの差は結構文化的に無視できない隔たりだ。例えば昆虫食と聞いて、うっ、とひるむ人の方が多いだろう。地方への転勤が多いサラリーマンを根無し草と呼ぶことも少なくないだろう。
小さな意識や好みの違いが差別へと発展することは何も珍しくはない。
「では二つ目は何でしょうか?」
翼に向き直って質問に答える。
「こっちはもっと単純だ。直接遊牧民を叩かなきゃ奴らの恨みは買わないよ」
「ごもっとも」
一番ありがたいのはそこだ。耐えるという役目は忍耐力と十分な物資さえあれ流れる血は少なくなるけど、攻めるという役目には少なくない双方の血が伴う。凡愚は血がべっとりこびりついている誰かを恨みたくなるはずだ。
「矛盾しているけど一番しんどい役目が結局一番楽な役回りってことだな」
「なるほど。ではこの作戦を受け入れたのは何故ですかな?」
「……」
この野郎。いや野郎なのかどうかはわからないけど翼め。一番聞かれたくないことを最期まで勿体つけてやがったな。
この作戦は確かにヒトモドキの戦力を削れる作戦だ。しかしオレたちが積極的に参加するうまみはそれほどない。つまり、まだ何か理由があると翼は洞察したわけだ。
はははは。そんな隠された理由なんて……あるに決まってるじゃん。
「あー……なんだ。マーモットの連中からオレの欲しいものをくれるって言われたんだよ」
「つまり物につられたわけですね?」
直球キタコレ!
「ええそうですよー! オレは物につられた意地汚い大人ですよー!? 悪いかあ!?」
あんの野郎ども、
『おやおやまだお探しの物が見つかってない? それはそれは大変ですねえ。いやあ我々もお手伝いしたいのはやまやまですがどうにも忙しく……おおよその場所はわかっているので時間さえあれば必ずやお教えできると存じ上げますが……なんと! 我々に助力していただけるのですか! それはそれはありがたい!』
とかいけしゃあしゃあと言ってきやがった! つーか何でオレが探してるもの知ってた!? オレが尋ねたんですよーだ! 防諜がどうとか人のこと言えないだろオレ!
「いえいえよろしいかと。王ならば真に必要な物を欲しているのでしょう? それに口調のわりにマーモットどもを嫌っているわけではないのでしょう?」
「まあな。あいつらの面の皮の厚さは嫌いじゃない」
現金なことにオレたちという使いやすい戦力が手に入ったとたんそれを有効活用した戦略と戦術をきちっと練ることも、オレに対する交渉材料をきちんと用意することも、その強かさは十二分に評価に値する。
というか前は言い負かしたけど政治家としてはあいつらの方が二枚も三枚も上手だよなあ。
「ところで一体何を探していたのですか?」
「ん、虫と石。どっちも染料に使うんだ」
「……? 石はわかりますが……虫が染料になるのですか?」
「なるよ。カイガラムシって言ってな。あれから採れるコチニール色素は赤い染料としてはすごく優秀だよ。単純に絵の具にも使えるはずだし、酢酸と組み合わせれば面白いことができる」
「面白いこと?」
「今やってる魔物異種交配実験が全然上手くいってないだろ? だから少しでもその作業を楽にするために――――」
そこで言葉を打ち切る。
「王?」
いぶかしんだ、そして何か非常事態が起こったことを察した翼が表情を硬くして問いかける。
「よくない知らせだ。たまたま少数で行動していたグループが遊牧民の一団と鉢合わせしたらしい」




