246 海の声
「よし、お前らヤシガニを攻撃。アンモナイト……ひとまずそう呼ぶけど、アンモナイトを助けろ」
がりがりと矢が甲殻を削る。有効打ではないけど、特にアンモナイトに執着しているわけでもなかったのかすぐに離れていった。それとは反対にアンモナイトはこちらをじっと睨みつけている。
……さて。思ったよりも上手くいってしまった。
これからどうしよう。
交渉したくてもテレパシーが通じない。ボディーランゲージは……肉体が根本的に違いすぎて無理だな。
しかーし、今回はとっておきのアイテムがある。
鉱石ラジオだ!
ざっくり説明すると火山でとってきた銅で銅線のコイルとアンテナを作って酒からとったロッシェル塩をスピーカー代わりにしてくっつける。基本はこれだけ。ホントはダイオードとか必要なんだけどな。
とりあえずこれでオレたちのテレパシーが電波によるものなら何らかの反応はあるはず! どきどきしながら鉱石ラジオを耳に当てる。
……。
…………。
「まあそりゃそうか」
やっぱり何も起こらなかった。電波とは無関係なのかな。
一応銅線以外でコイルを作ったりスピーカーを水晶に変えたり色々試してみるけど――――
「……な……ぜ」
あれ?
んんん? 今何か聞こえた?
「何……が……?」
……はい?
え!? 今の声はアンモナイトの声か!?
ええっと、この鉱石ラジオか!? ……はい?
いや、これ……暇つぶしに作った試作品何だけど……いや構うもんか! ひとまず会話できるならそっち優先! 鉱石ラジオを頭に押し当てる。
「なぜ、私を助けた?」
聞こえてる。……ただこっちの声は相手には聞こえていないようだ。それと、本来はありえないことだけど……この鉱石ラジオモドキは振動していない。つまり音を出していない。
言ってみれば鉱石ラジオは電波を音、つまり振動に変える装置だ。この鉱石ラジオは本来の機能を果たしていないにもかかわらず会話を可能としてしまっている。
何故か、テレパシーを補正する道具として機能してしまっている。
意味わかんねえ。というかそもそもこれは鉱石ラジオじゃない。何しろコイルに使っているのは銅線ではなくガラス繊維。そんなもので電波が拾えるはずがない。
つまり、テレパシーは電波による通信手段ではない。ただし、電波に近い性質を持つ何かを利用している可能性はある。
……わからん。ただ、これでテレパシーを強化できるなら願ってもない。
「おい。作り方を教えるからこれから説明する道具を作ってくれ」
「わかった」
ガラス繊維ならグラスボウを分解すればいい。スピーカーにはロッシェル酸ではなくアメシストを使っているので、今すぐ作れないけど……蟻の体から取り出せばいい。手足のアメシストを無理矢理取り出す……めちゃくちゃ痛そうだけど今は時間が惜しい。
ほどなくして鉱石ラジオ?が完成。
ぽいっとアンモナイトに放り投げさせる。
しげしげと眺めていたが、やがて触手にとった。
「聞こえているか?」
「む、うむ」
オッケー会話成功。これで交渉に挑めるな。
「ええと、何でお前を助けたか、だっけ」
「そうだ。お前らが助ける理由はあるのか?」
疑心と歓迎したい願望がないまぜになっているな。やっぱりこのアンモナイトはここから動けない事情がある。だから味方が欲しいけど万が一にも敵を招き入れるわけにはいかない、か。
「オレはお前の鱗が欲しいだけだよ。お前や、お前の子供には興味がない」
ピタっと身を固める。そんなに意外か?
海の生き物が陸に上がるなんて産卵や子育てが多いだろうに。鮭の遡上やウミガメの海岸上陸もその類だ。
こいつがヤシガニに襲われてもオレたちが詰め寄っても動かない理由は子供を守っているからだ。そしてオレの経験上子供を守ろうとする魔物に喧嘩を売るのは得策じゃない。
「そこであなたに提案! この場はなるべく他の魔物が来ないかオレたちが見張っているから鱗をくれ……ください」
逆を言えば子供を守るためなら少々不利な条件でも呑んでくれるはず。
「いいだろう」
「お、いいのか?」
「構わん。別にまた取りに行けばよい」
「……ちなみにその鱗の材料はどこにあるんだ?」
「深くの海だ」
……深海はキノコ狩りに行くように気軽に行ける場所じゃないはずなんだが。やっぱり生き物ってすげーな。人類が文明を必死こいて進歩しなければたどり着けない場所に到達できているんだから。
「早速で悪いけど一枚だけくれないか?」
「いいぞ」
話が早いって素晴らしい。それとも鱗一枚なんか大したことないのだろうか。
鱗が鈍色の光に包まれるとどろりと黄緑の泥のようなものになる。
あの泥……硫化鉄(Ⅱ)じゃなくて硫化鉄(Ⅲ)かな? なるほどな。
「一時的に硫化鉄(Ⅲ)にすることで物質的に不安定な状態にしてからそれを硫化鉄(Ⅱ)にもどして固めるのか」
「……? 何のことだ?」
「気にしなくていいよ。独り言だ」
人間は鉄を熱することでドロドロにして成型する。しかしそれには多大な熱エネルギーが必要になる。しかしこのアンモナイトは化学変化を巧みに利用して硫化鉄(Ⅲ)を粘土のようにこねているわけだ。硫化鉄(Ⅱ)のまま動かすよりもこのやり方の方が簡単なのかな?
面白い魔法の使い方だな。そして以前この場所で硫化鉄(Ⅲ)を見つけたのは何かの手違いで固める前に剥がれたからだろう。
粘土状になった硫化鉄(Ⅲ)を再び固めた硫化鉄(Ⅱ)を受け取る。
ふむ、この黒っぽい光沢、間違いなく金属だ。他の金属も混じってそうだから……製錬すればもっと少なくなるな。……流石に鉄製の武器を作るには足りないな。何らかの触媒みたいに繰り返し使えるやり方じゃないとすぐに枯渇するなあ。
「ちなみに来年もここに来るか? もしそうならまた守っても構わないけど」
「来るとすればこの子たちだろうな」
「それでもいいよ。もちろんもらうものは貰うけど」
「そうか」
それきり黙るとやがて川の深い場所にゆっくりと移動していった。話は終わりのようだ。
「よし。こいつらを外敵から守れ。念のために女王蟻を派遣するから非常事態になったらそいつに報告するように」
「はーい」
今回の交渉はかなり上手くいった方だ。
大量の鉄を確保できなかったけど……来年になればもっと鉄が手に入るかもしれない。一種の栽培漁業だな。
「できれば今年はでかい戦いをしたくないけど……どうなることやら」
なおこの後鉱石ラジオことテレパシー補正装置の開発に着手したけど……なかなか難しい。
はっきりわかったのはコイルやスピーカーには魔物の体内に存在する宝石を用いるとテレパシーを補正しやすくなるということ。物理的には全く同じ宝石であっても魔物の体内にある宝石と普通の宝石は何かが違うみたいだ。
それらを利用すると距離が若干伸びたり会話や探知できないはずの魔物にも反応できるようになる。逆に普段反応できる魔物にも反応できなくなったりもするけど。
どう考えても電波ではない。ただし、コイルなどによって干渉できるということはやはり電波に近い性質をもつと思しき何かによってテレパシーを行っているはず。
最終的に一番役に立ったのが銅と魔物を解体して手に入れた方解石を利用して作ったテレパシー補正装置だった。これを女王海老が装着するとなんと海中のプレデターXを探知できるようになるのだ! 女王海老の体調などに左右されるみたいだけど大体三キロくらい離れていても探知できる。
これにより海沿いでの活動の安全性が飛躍的にアップしたぞ! ……なんかサメが出没して遊泳禁止になった海水浴場みたい。
海老たちを取りまとめる瑞江からは珍しくお褒めの言葉をいただきましたとさ。
実際問題として海上への進出には海の魔物への対策が必須だからなあ。これがその第一歩になればいいなあ。




