245 アイアンマイマイ
念願の金属を手に入れたぞ!
……まあ金属は以前船を見つけた海岸で硫化鉄を手に入れたからこれが二例目なんだけどね。
その海岸の調査は何度も行っていたけど……残念なことにあまり大したものは見つからなかったから一部の働き蟻を残して海岸からは撤収していた。
しかし! 今明確な目的をもって海岸を訪れている! 目当ては魔法無効化能力を持つクマムシだ!
「ガハハハ! 大量大量!」
邪悪な笑いが止まらんなあ! 前来た時はほんの数匹しか確保できなかったけどこれだけいれば繁殖は容易!
調教のノウハウもそれなりに積み上げたし、こいつらを実戦投入できる日もそう遠くはないはずだ。ちなみにこいつらの繁殖の仕方は卵生でも胎生でもない。体の一部が分裂して小さいクマムシができるというかなり謎な方法で増える。
クマムシも分裂して増える生物だからおかしくはないけれど……この大きさの生物が分裂する例は地球にはない。人間だと抜け落ちた髪の毛からめっちゃちっこい自分が生まれてくるイメージだな。流石に自分から切り離した部位じゃないと分裂できないみたいだけど……改めてでたらめだな。
つまりたった一匹でもいればクマムシはいくらでも増やせる。と、思っていた。しかしこのクマムシとんでもなく貧弱だ。もう一度言おう。こいつらすぐ死ぬ。
は? クマムシってめちゃくちゃしぶといんじゃないのか? が、実はそうじゃない。
なんとクマムシは適度な湿気と温度がある環境に弱い!
わけがわからないよ。つまりこのクマムシは普通の生物がものすごく生きやすい環境になると死んでしまう。ホントに何考えてんのお前ら! 特に幼生だとあっさり死んじゃう。だから何なんだ!
これが意外にクマムシの繁殖が難しい理由だ。
というわけで一度大量ゲットしてから本格的に軍団にしよう。そう思い立ったが吉日。
きちんと捕獲できる体制を整えてから待ち伏せること数日。もう入れ食い状態。たまに襲いかかって来るプレデター気をつければ苦労することもなく数十匹のクマムシが手に入った。相変わらず会話はできないから緊密な連携は難しいけどとりあえず敵に突っ込ませるくらいならできそうだ。
が、やはり見慣れぬ闖入者はいつでも現れるもの。毎度毎度忙しいことだ。
厳しい日差しにさらされる汽水域の川のほとり。
その一角に黒光りする巨大な貝殻が鎮座していた。
「水陸両用のカタツムリみたいだなあ」
のんびりとした感想を口にできるのはヤシガニより一回り小さな貝が今のところ襲いかかって来る様子がないからだ。
鱗のような足を動かして水辺と陸地をうろうろする黒い巻貝は何もせずにただ歩くだけで能動的な行動を行わない。重厚感のある様子はさながら装甲車のようだ。
「さっきからずっとあの調子なのか?」
「そう。襲ってこないし何か食べたりもしていない」
一体何してるんだ?
「ちなみに会話はできるか?」
「無理」
できればとっくにしてるか。かといって攻撃してこない相手に殴りかかるわけにもいかないしな。うーん。
「もうちょっと様子を見ようか」
「わかった」
時間があるので少しばかりカタツムリを観察してみよう。
体のほとんどを貝の中に隠し、時折触手や目のようなものが辺りを探っている。貝、と言うよりこいつは……。
「アンモナイト……? ここでは絶滅せずに生き残って巨大化したのか?」
恐竜が生き残っている世界だ。絶滅動物が他にも生き残っていることに驚きはない。真に驚くべきは陸上に進出していることだろうか。
純粋な海棲生物であるはずのアンモナイトが何故陸上に? いや待てよ? 海中の生物が陸上に上がることは珍しいことじゃない。例えば――――。
「紫水。他の敵がいる」
「ん? どいつだ?」
「ヤシガニ」
青い甲殻がのそりと等角螺旋を描く貝を持つアンモナイトに近づく。
真っ向からにらみ合っているので決して仲が良さそうではない。じりじりと近づきながら襲いかかる隙を窺っているようだ。
「紫水。どうする?」
「……もうちょい様子見。ただし攻撃の準備はしておけ」
ヤシガニは突然鋏を開くとそのアンモナイトらしき魔物に襲いかかる。衝撃で小波がたつほどに巨体同士が激しく水際でぶつかる。
一秒後にはアンモナイトがバラバラになる光景を予感する。が、二つの巨影は組み合ったまま写真のように動かない。
「は、はあ!? ヤシガニだぞ!? コンクリの壁でもぶっ壊せるくらいの馬鹿力だぞ!? どうなってんだ!?」
アンモナイトの貝殻はパラパラと削りこぼれるが崩壊には至らない。ヤシガニは魔法を使っているようだけどアンモナイトは魔法を使っている様子はない。つまりこの防御力は素の防御力になる。
いくら硬化能力がある魔物と言っても生物の体がそこまで硬くなるのか? 不意に、思い出した。
この近辺で硫化鉄を発見したことを。あの硫化鉄はこのアンモナイトが落とした物だったんじゃないか?
しかし、鉄を身にまとう生物などいるのだろうか?
そう鉄を生来身につける生物は、地球にも存在する。
「スケーリーフット! ウロコフネタマガイか! ああくそ! そういうことか!」
深海において発見された軟体動物であり、骨格と体表に鉄を利用する唯一の生物。鉄の鎧を身にまとっているのが人間だけではないと証明してしまった生物。それが魔物になってしまったのなら確かにあの防御力もうなずける。
そしてスケーリーフットは深海の熱水噴出孔に棲息する生物で、化学合成生態系を形成する生物の一種。
まあ要するに霞を食っているような生物の一つだということ。
そう。深海だ。
この異世界では金属はなかなか見つからない。しかし、深海になら様々な資源が埋蔵しているのではないか?
ありえるはずだ。この惑星のどこかに金属がなければこれほど豊かな生態系は築けないはず。もしかすると何らかの理由でこの大陸では鉱床などが地表に出ていない、あるいはなんらかの理由で埋没してしまっている。だから地下深くや深海でなければ金属が大量に出現しないのではないだろうか。
ただし、地球では人類が深海に進出してから100年もたっていない。資源の発掘は現在に至っても難しい。
だがこの世界では平然と深海と地上を行き来することができる生物が目の前にいる。
海底資源を回収することは可能だ。特定の魔物ならば。そしてそれらの魔物と交渉することができれば、オレも鉱物を大量に手に入れられるかもしれない。




