243 地と共に水を
「驚いてくれたようで何よりだけどまだまだこんなもんじゃないぞ」
ティウの驚き顔は見ていて痛快だ。普段澄ましている奴が表情を崩すのを見るのは実に気分がいい。
「これだけでも驚きですが……こうなると次に来るのは例の飛び地ですか?」
「大正解。……全部完成したわけじゃないから完成予想図と工事風景を見てもらうことになるかな」
「ふむ。ではお聞きしますが一体何を作るつもりなのですか?」」
「カナートだ。地下水路だよ」
古代の水路や水道と聞いて思い浮かぶのはやっぱりローマだろうか。水は高い所から低いところに行くという極めて単純な原理を利用して、大量の水を運び込むために様々な手段が模索され、長大な水路が作られた。中には2000年以上経過した今でも残っているものもあるとか。全ての道はローマに通ずるということはすなわち全ての水はローマに通ずるということでもあるはずだ。
その水は工業、農業、風呂などの用途に用いられたという。
で、この水道実は地下にも存在する。
橋のような水道の方が見た目的に煌びやかだからそっちの方が印象に残りやすいけど地下水路は昔から、特に乾燥地帯でよく使われてきた。
呼び方は色々あるけどここではカナートと呼ぶことにした。確かアラビア語だったかな?
「さてそれじゃあまずは地下に水路を作る利点は何だと思う?」
「水が蒸発しないことですわ」
瑞江が自慢したげに語る。相変わらず水についての反応が早いな。
「ま、正解だ。直射日光を受けない地下なら水が減りにくい。乾燥地帯でよく使われてる理由の一つだな。……ってどうしたティウ?」
何やら呆れたような困惑したような視線を感じる。
「……いえ、あなた方はいつもこうなのですか?」
「はい? こう?」
「部下と親しげと言うか気安いというか……」
「威厳が足らない?」
「率直に言えばそうなりますが、それ以上に自らの知識を惜しげなく披露するのは意外でした」
ん? もしかしてオレたち閉鎖的に見えてたのかな? ……んー、でも知識をいたずらに外部に流出させるのは危険かもなあ。
特に火薬の作り方とかなあ。でもオレたちの道具ってどうしても複数の魔物が協力しないといけないから箝口令みたいなものは難しいからなあ。でもスパイとかがいたら怖いし……この問題解決しようがない気がしてきた。
「ね~ね~続きは~?」
「おっとすまん。他に利点は思いつくか?」
「汚れにくいことじゃないかな~?」
「ん、千尋正解。地上部に水路があると動物が勝手に入ったりする。例え高架橋みたいなものを作っても鳥なんかを防ぐのは難しい。出入りがあるってことはそれだけ汚染される可能性が高くなってしまうからな。設備が壊されることもあるかもしれないし」
地球だとでかい橋を生物が壊すのは不可能だけど、ここは異世界。
冗談抜きでビルくらいなら三分で平らにできる魔物もいる。特に、あいつなら。
「なるほど。地上に大きな建物を建てれば見つかってしまう可能性が高くなるということですね?」
「はい翼の言う通り。銀髪に見つかれば間違いなくぶっ壊される。施設を頑丈にするよりも敵に見つからないようにすることを重視した方がいい」
この高原では遮る地形があまりない。つまり数キロ先でも楽に建造物を見られる。そして水路はその性質上細長い建物になるからめちゃくちゃ防衛しにくい。
ただ水路は敵にとっても有益な施設だから普通なら壊さずに確保しようという発想になるはずだけど……普通じゃないからな。むしろ親の仇のように壊そうとする姿が容易に想像できる。
「ひとまず利点はこんなもんか。じゃあ次は具体的な作り方だな」
「まずなるべく高い場所にある水源を確保する。この場合はマーモットたちから譲ってもらった土地にある水源だな」
「? あの辺りには水源がなかったはずですが?」
「いや、地下にはそこそこの水量があったんだ。だからこそユーカリが群生することができたのかもな。まずはその場所を地下深くまで掘って水を掘り当てる。そこからちょっとだけ傾斜をつけて横に穴を掘っていく。水を運びたい場所までな。で、目的地まで運んだ水をくみ上げる」
たいてい集落や水を必要とする畑などが目的地だ。
「それは……無理なのでは?」
「うん無理。いくら何でも数キロメートルの横穴を掘るのはいくら何でも無理」
現代のトンネル掘削工機でもなければそんな芸当は不可能だろう。だからこそ古代の知恵を借りるのだ。
「ではどのように穴を掘り広げるのですか?」
「進路に対してまず縦穴を掘るんだ。で、その縦穴を横に繋いでいく。後はその繰り返し」
空から見ると蟻の巣が一列に連なっているように見えるはずだ。
今はまだ途中だけれどそれでも茶色い土にぽつぽつと穴が開く様子はオセロみたいだ。
カナートイメージ図
「なるほど。小さい穴を少しずつ広げると。……実にあなた方らしい。ですが……」
「ですが?」
「穴掘りを手伝っているのは魚人ですか?」
「そうなんだよなあ。あいつらの魔法は結構穴掘り向きだった」
色々あって今ではきっちり労働力として魚人を働かせることができた。
魚人の魔法は土を軟化させてすぐに閉じる魔法。それを上手く蟻の魔法と組み合わせるとするすると穴が掘れてしまう。
カナートの建設には長ければ十年以上かけることもあるらしいけど……この様子なら半年かからなそうだ。そのうち手が空いた魚人は井戸掘りなどにも参加させよう。意外と便利な奴らだ。
「……あ奴らもよい就労先を見つけたようで何よりです」
かつてのライバルの現状をみて複雑そうではあったけど……その辺の心情の整理はオレの関与するところじゃあないな。




