242 風と共に水を
さて、天測にうつつを抜かしている間も別の作業は当然続けている。というかこっちの方が重要だからな。
高原における重要課題の一つ、水不足を解消するための施策。
まず高原には水が少ない。というか川や湖のように水を貯めておける場所が少ない。だからどうしても水の確保に手間どる。さらに降雨も少ないので水の絶対量が少ない。
そんな高原で水を安定して確保するにはどうするか。決まっている。地下だ。
モンゴルの首都、ウランバートルにおいては地下水を効率的に使用することで水源を確保していると聞いたことがある。
以前にも言ったけど地下水を利用することが高原進出の要になるはずだ。そしてもちろんこの異世界でも実現できる地下水取得手段は考えてある。海老の魔法なら比較的簡単に水をくみ上げたりはできるけど、道具や設備はなるべく自動で誰でも使えるようにするべきだ。
「まずは風車だ。風を利用した揚水風車。シンプルで小型な風車を作ろう」
風車によって風の力を利用して水をくみ上げるという発想は昔からある。有名なのはやっぱりオランダの風車かな。
チューリップ畑の中に風車がゆっくりと回る風景は絵にも描かれている。オランダで風車が発達した理由の一つはやはり水だ。海抜が低く、水害に悩まされていたオランダは水を汲みださなければならなかったらしい。そして山や坂があまりない土地柄だったので風が強く、その風を利用する風車が発達したのは自然な流れらしい。
この高原も遮るものが少なく風が強いことが多いので似たようなことはできるはず。
しかし。
まずオランダの田園風景でよく見る風車は削除!
オレたちが作るべきは風車のような水平軸風車じゃない。垂直軸風車こそがこの異世界のトレンドだ!
「ひとまず風車の役割と大体の原理はわかったな?」
話しかけている相手はマーモットの神官長ティウだ。あいつらに大口をたたいたから、それを嘘じゃないと証明するためにオレたちの成果を見てもらいたかった。
「概ね理解しましたが、垂直軸風車と水平軸風車の違いがよくわかりませんな。もちろん形が違うというのは理解できますが」
「いい質問だな。まず一番の違いは風向きだな。水平軸風車は特定の方向からの風じゃないと風車を全力で回すことができない。それに比べて垂直軸風車は全方向からの風を受けることができる」
手元の模型の二つの風車が風に吹かれてからから回る。
垂直軸風車と水平軸風車。風の方向が合っていないせいで水平軸風車の勢いは明らかに乏しい。
「なるほど。面白いですね。小さなものを作ってその性能を予想するのですか。これはわかりやすい」
どうやらティウは模型を見るのが初めてらしい。じゃあなにか作るときは全部一発作りか? 怖いなあ。
「ですがこの水平軸風車が風を受けやすいように動かせばよいのでは?」
こいつらホント頭いいなあ。ばしばし問題点を指摘してくるよ。
「確かにそうだな。でもそれはこの小さな模型だったらの話だ。もっと大きくすると動かすのは大変だろ」
実際に昔の風車でも向きを変えたりする機構があったらしい。小屋の後ろに柱をつけてそれを人力で操作したり、もう一つ小さな風車を取り付けて自動的に向きを調整する仕組みを作ったこともあったらしい。よく思いつくなあ。
「やろうと思えばできなくもないけどさ、どうしても複雑な仕組みになっちゃうからなあ。道具を作るときに大事なのはさ、できるだけ単純な作りにするべきなんだ」
シンプルなものほど整備しやすく頑丈で簡単に作れる。ごてごてと複雑な仕組みを取り入れたがる奴はモノづくりの基礎を理解できていない。レシピ通りに料理を作れない素人のようなもんだ。
「至言ですな。道具に限らずありとあらゆる事柄に共通することでしょう。ですが物事とは時間や関わる人数が多くなればなるほど複雑化するのです。実に悩ましい」
「あー、その気持ちわかるわー」
なんだってこんなにめんどくさいことしてるんだろうって我に返る瞬間あるよなあ。
「おっと失礼。脱線してしまいましたな」
「あ、そうだな。他にも垂直軸風車のいい所はある。動力を伝える部分が地面にあるから作業がしやすいことだな。それと小さな力でも動きやすいから風が弱い時でもそれなりに働いてくれるはずだ」
「それでは水平軸風車の利点は何なのです?」
流石ティウ。道具の良さを測るときは他の道具と比べるのが一番だとわかってる。
「純粋にパワーがあることだよ。その辺の比較はパワー係数とかトルク係数とか周速比とかで比べるんだけど……正直オレもよく知らないからなあ」
「あなたでもご存じないことはありますか」
「当たり前だよ」
どことなくほっとしたような雰囲気を醸し出す。確かに全知全能みたいなやつが周囲にいると怖いかもな。
「少し安心しましたよ。まとめると強さよりも使いやすさを重視した結果というわけですね。実にあなたらしい」
「そりゃどうも」
すごいとかじゃなくてオレらしいか。ま、確かにそうかもな。
「風車が回転させるための道具だとは理解できましたが、どうやって地下から水を取り出すおつもりですか?」
「ようやく本題に近くなったかな。オレたちがこれから作るのはロープポンプだ」
ポンプというものは色々あるけれど水を汲み上げることで有名なのは汲み上げポンプかな。
昭和のドラマとかで手で押したり引いたりして井戸水をくみ上げる様子を見たことがある人も多いはずだ。
最初はこれを風車に繋いで自動的に水をくみ上げるようにするつもりだったけど若干複雑な機構になってしまいそうなのがネックだった。
そこでもっと単純な装置を色々試行錯誤した結果ロープポンプにいきついた。
このロープポンプは簡単に作れて自作したり、発展途上国の援助の一環として作られることもあるそうだ。
では作り方を説明しよう。
地面を掘って井戸を確保します。
動力、この場合風車を用意します。
風車の回転力を伝えるギアを用意します。
地下水にまで届くパイプを用意します。
水に強い糸を用意します。
スポンジゴムのように柔らかく水を通さない物を用意します。
これで必要なものは揃う。
後はそれらを組み合わせるだけだ。
「ようし、それじゃあ糸にスポンジゴムを括りつけていけ」
「「「はーい」」」
働き蟻たちは地味な作業を嫌がらない。これはモノづくりにとってとても大事な素養だ。
すぐに糸に等間隔にスポンジゴムが括りつけられた不思議なロープが誕生した。
「これで本当に水が手に入るのですか?」
ティウも半信半疑の様子を隠さない。
「心配すんな。試作機はちゃんと上手くいってた。この揚水風車はオレたちの技術の粋を集めて作られたからな」
水車でノウハウを学んだ歯車。
風車の素材はアメーバのプラスチックで強化したガラス繊維や炭素繊維。ちなみにこれは現代の地球でも風車の素材として使われているらしい。
糸やゴムは蜘蛛糸とアメーバを組み合わせて作った強化ゴム。
蟻の穴掘り力と器用さ。
このどれか一つでも欠けていれば納得のいく出来にはならなかった。……若干アメーバに負担がかかっているかもしれないけど気にしないようにしよう。
「よしそれじゃあ糸を下に落とせ」
蜘蛛が魔法で糸を操ってパイプに通しながら地下に落とす。パイプは地下の水が溜まっている部分に通じており、水につかるように糸を通してそこから地上に戻す。
そして糸を風車に繋がった歯車につなげる。
「準備完了。それじゃあ風車のストッパーをはずせ」
風車はそよぐ風にあおられてゆっくり、やがて力強く動き出し、蛇口から水があふれだした。
ロープポンプイメージ図
「お、おお!」
ティウにとっては予想以上に驚愕の光景だったらしい。それくらい水を確保するのは難しいのか。
「し、しかし、いったいどうやって地下に水があることがわかったのですか?」
「ん? 難しくないぞ? この辺りに多肉植物があるだろ? あの種類の植物はものすごく地下に根を張る植物らしくてな。その辺を海老に調べさせたんだよ」
恐ろしいことに十メートル以上長く根を伸ばす植物もあった。乾燥地帯の植物の生命力には目を見張る。
「……感服いたしましたよ。確かにあなたは真実を語っていた」
偉く感慨深そうに語るティウ。頑張った甲斐があるというものだ。




