227 積み重なる骸
「どうかしましたか?」
おっと。いかんいかん。まだ会話の途中だった。
ごまかすわけじゃないけど黙り込むのはよろしくない。
「それにしても連中は毎回どのくらいの数でやって来るんだ? あ、数ってわかるか?」
「はい。数は我々も理解しております」
へえ意外。今まで数の概念を理解していた魔物はそんなに多くなかった。
色々手間が省けて助かるけどこいつらの知能は侮れそうにないな。
「おおよそ、二十万から三十万、でしょうか。あくまでも概算ですが」
「に、二十万!? そんなに!? ちなみにそれが何年くらいでやって来るんだ?」
「おおよそ四、五年ほどに一度来ますね。もっと早い時もありますし、信憑性はありませんが数百年前には二百万を超えていたという記録もあります」
「…………」
言葉も出ない。
流石に想像を超える数だ。ものすごく単純に一年に五万匹死亡すると仮定した場合この千年で五千万匹のヒトモドキが死亡したことになる。
ちょっと想像を超えていた。犠牲者の数も膨大だけど何より恐ろしいのがそこまで戦死者を重ねながらも平然と国家として成り立っている。
つまり年間五万人という数字は何ら国家運営に影響を及ぼしていないことになる。
夥しいほどの骸がこの大地に、あるいはこいつらの腹の中に眠っているわけだ。不意に寒気が突き抜けるが、それをなかったことにした。この程度で身がすくんでいたら時間が足りなくなりそうだ。
ヒトモドキの国、クワイはかなり広い。多分現代の中国に匹敵する。
古代中国の最大人口は大体5000万人くらいだと聞いたことがある。もしもクワイにそれだけの人口があったとしたら? 今までの探索などの成果、人口密度や村や町の分布状況を考えると少なく見積もっても二千万はいる。農耕民族の場合農民を兵士として駆り出せるのは人口の数パーセントくらいらしい。
ヒトモドキが大体五年くらいで戦える年齢になると仮定した場合……なんてこった、ありえない数字じゃない。
多分ヒトモドキはここ以外でも多数の魔物と戦っているはずだ。
平均すれば年に十万人くらい死んでいてもおかしくない。
しかし。
しかしだ。
それ以上に新しく育てればいい。増やせばいい。多すぎない程度に、養いきれる程度に。
年に十万人。一日に三百人以上死亡しているという数字は許容範囲内のようだ。
イザナギさんの日に千人殺すペースにはちょっと追い付かないけど週休三日ほどにしてもらえればイザナギさんよりよっぽど働き者じゃあないか。それだけ犠牲を出して何がしたいのやら。
ああ、救いだっけ。魔物を殺しまくれば救われるんだっけ。ホントにそんなもんあると思ってるのかね? 馬鹿馬鹿しい。こっちはいい迷惑だっての。
「お前らよく連中に勝ち続けてるな」
心からの感嘆の言葉を送る。
エミシの人口はせいぜい二百万くらい。ちょっと情報を交換したり、食料を分け合ったりする魔物も含めてそれだから、純粋に自分たちの支配領域にいて、きちんと法律を守っている奴はもっと少ない。一年あれば倍にできる自信はあるけどそれでもまだまだ届かない。
アンティ同盟の人口がどんなもんかわからないけどそのでたらめな数のヒトモドキに対して互角以上に戦い続けているようだ。
「我らなりの戦い方があります。どのような戦術だと思われますか?」
ふむ。
もしもオレがアンティ同盟の指揮官だったらどういう戦術を用いるだろうか。
「後退しつつ敵を高原深くに進行させて敵を兵糧攻めにする。弱ったところを反転迎撃かな。補給線を叩くのもありだな」
アンティ同盟の利点は地の利がこちらにあること。何より草を食べられる魔物が多いこと。鎧竜やカンガルーは草を食べられるから日々の食事には困らない。
ヒトモドキはそこら辺の雑草だけだと栄養が足りない。大軍になればなるほど食料の確保には苦労するはずだ。
「流石です。我らもおおむねそのように戦っております」
イエーイ当たり! ただ、一つ気になることがある。
「あの遊牧民、家畜や騎馬を飼って暮らしている連中はその戦術じゃ勝てないんじゃないのか?」
遊牧民は遊牧スタイルで暮らしているはず。草を食べる家畜からチーズや肉そのものを食べて食いつなぐ暮らし。それならある程度この高原の環境に対応できるはず。
そして機動力の高さによって捕捉しづらく、家畜にそこら辺の雑草を食べさせれば多少の食料は自力で確保できる。つまり遊牧民に補給は必要ない。普段の暮らしに必要な物は現地で賄うことができる……はずだ。
「確かに厄介です。あれらはライガーの方々と共に暮らしていた方々を連れ去り、無理矢理奴隷としたようです」
どっかから家畜を持ち込んだんじゃなくてここにいた魔物を家畜化したのか。ていうかライガーもある意味草食動物を支配してるんじゃ……?
「一応聞いておくけどそのライガーと暮らしていた奴らはライガーに食われたりしないのか?」
「食べますが?」
だからそれが何なんだ? とばかりに首を傾ける。
「質問が悪かった。肉だけじゃなくて乳も飲んだりはするのか?」
「ええ。可能であれば。主食が違う種族同士がお互いを守り、ある時はその身を分け合うのです」
この辺りはやっぱり魔物だ。個よりも全体を第一義とする。全体を腐らせないためには容赦なく枝葉を刈り取る。
ある意味こいつらはオレの国の先を行っている。多種族をアンティという思想によって統一し、必要であれば協力、時には争う。アンティ同盟はそういう集まりのようだ。
「お前らの食料事情は分かったけど、遊牧民にはどうやって対処してるんだ?」
「戦い方は巧みですが数は多くありません。正面から戦っても勝てます」
頼もしい言葉だ。
「でも遊牧民と普通の大軍と協力したり連携されると厳しいんじゃないか?」
「我々もそう思うのですが……どうやら遊牧民という連中は大軍が編成されるとその指揮系統に組み込まれるようなのです」
それはつまり……普段は自由に生活しているけど中央から大軍が送られてきた場合そいつらには逆らえないってことか?
指揮系統の一本化は軍隊の運用の基本だ。その原則に従えば遊牧民の扱いは間違いじゃない。
でもそれはあくまでも原則。必要ならある程度自由に行動させることが必要なこともあるはず。しかし一度例外を認めてしまうとずるずる例外が増えてしまう。上に立つ人間のジレンマだね。よくわかるよ。
「つまりあいつらの戦闘ドクトリンは二種類ある。一つは現地人による少数のその土地ならでは戦い方。もう一つが中央の指示で編成された大軍による数に任せた力押し」
「系統立てて考えるとそうなりますな」
多分これはクワイ全国で適用されている気がする。この国土の広さで一から十まで中央が決めるのは無理だし、全部地方に任せるのは危険な気がする。
「ああそれと、先ほど補給線と言いましたが、奴らはそのようなものを作ったことはありませんよ」
「うえ!? マジで!? 補給線無しでどうやって食料を手に入れてるんだ?」
「簡単ですよ。我々の肉を食らえばよい」
「その手があったか」
途轍もなく単純な解決方法だ。孫子さんも言っている。補給を整えるのがめんどくさいなら現地調達すればいいじゃないと。
地球では戦争しても肉は手に入らない。いや、古代だと馬が死んだりしたら食べていたのかもしれないけど流石にカニバリズムは一般的じゃないはず。
しかしこの世界だと事情は違う。
異種族なんかごまんといる。つまり戦えば戦うほど食料が手に入る。これは推測だけどアンティ同盟でも負傷した味方を別の種族が食べたりすることで戦時中でも飢えをしのげるのかもしれない。戦えば戦うほど兵隊は減るけど食料は増えるのだ。
そういう意味でも必要な時にしか戦わない戦術は正しいのかもしれない。戦わない方が敵の食料事情を逼迫できる。
しかし何というか……クワイの戦い方は博打みたいな戦術だ。大軍で圧倒すれば大勝することはあるはず。でももしも勝てなければ全軍が飢えに苦しむ。
でも、それでいいんだろう。
奴らにとって国民は鏃、民は壁、民は塵。たった数万人死んだところで国が傾かなければ何の問題もない。そうやって生きてきたのだろう。
それは補給線を整えないということからも明らかだ。
当たり前だけど補給線を整えるのには大量の物資が必要だ。それだけ費用を必要とする。戦争が長期化するとそれらは飛躍的に増大する。
そんな手間をかけるくらいなら博打でもなんでもいいからとりあえず適当に戦った方が長期的に見ればお得だと判断しているのかもしれない。
兵は神速を貴ぶ、か。思ったよりちゃんと考えられてるじゃあないか。ある意味考えない方が上手くいくのか?
逆に、もしも遊牧民と大軍の連携と運用や、補給を整える方法をきちんと考え、実践に移すことができたなら……その時こそアンティ同盟の最期かもしれない。
こいつはそれに気付いているのだろうか。




