218 ヘッドハント
オレたちが無事に初戦を勝ち抜いた最中にもティラミスは進行している。
当然ながらできる限りのデータを集めるためにできる限りの決闘を観戦している。特にこれから戦うことになり、なおかつ強敵であると思われる魔物は逐一チェックしている。
幸運なことにこれから戦うことになる二種類の魔物同士が戦っているらしい。
一つは鎧竜。アンキロサウルスのように固そうな甲皮で覆われた恐竜のような姿だ。
もう一つはハリネズミ。ヤマアラシでもいいかもしれないけど針の付き方とかはどちらかと言うとハリネズミみたいなのでそう呼んでおく。
その戦いは三つ巴戦らしいのでもう一匹魔物が決闘に加わっているけどまあそれは弱い奴らしいので無視していい。
さあそれじゃあリンゴジュースとバター醤油味のコーンを持って観戦しようかなっと。
「紫水、もう終わりそうだよ?」
「うそおん」
えー、ホントにい? 今始まったばっかだったはずだけどなあ。
「で? 何があったんだ?」
「鎧竜がハリネズミの針を物ともせずに頭を叩き潰した」
「端的な説明どうも」
ハリネズミの魔法は針を飛ばして、その針を操る魔法だ。
珍しく飛び道具として使える魔法でそれなりに強そうだと思っていたけど……鎧竜はその上をいくらしい。
残っているもう一匹の別の魔物に向かってゆったりと前進していく。その歩みには勝者の余裕さえ感じる。
昆虫らしき残った魔物は石を転がして応戦しているがまるで効いている様子がない。
鎧のような壁に阻まれて消える。どうやら鎧竜の魔法は防御型のようだ。
最近この手の魔法を見かけることが増えた……ブームなのかね? 何にしても勝敗はもう決したようなものだ。
「……こいつらは何でこんなに戦力差がある奴に戦いを挑んだんだ?」
その問いに答えたのはマーモットだった。
「今戦っている土地は肥沃なのです。そしてハリネズミの方々は鎧竜の方々と食べるものが似ているので争いになりやすいのです」
「ありがと。よくわかったよ」
肥沃、ね。
こいつらにとってはこれでも肥沃なのか。
草に覆われた大地、時折群生している低木。殺風景とまではいかないまでも今までいた場所と比べるとこじんまりとしていて色味に欠ける。
シミのように岩肌が露出した場所がある。
爽やかと言えば聞こえはいいけどその実態は水分の少ない乾いた風。
これで、肥沃。
貧しさとは比べて初めて浮き彫りになるのかもな。
昆虫はまだ何とか逃げ回りながらなんとか応戦しているものの追いつめられるのは時間の問題だろう。
手近な場所に転がせる石が少なくなったせいで、牽制にすらならなくなってきた。
……あれ?
何であの昆虫、石を転がしてるんだ? 別に石を操る魔法なら石を飛ばしてもよくないか?
それにあの昆虫の形……この魔法……もしかして……?
ん? 二人とも動きを止めた?
「どうやら降参宣言が成されたようです」
「ん、まあ妥当な判断だな」
このまま戦っても勝機は薄い。ならさっさとあきらめた方がいいだろう。
偵察には一応なったけど……さて。
「何か気になることが?」
「寧々か。お前も見てたのか?」
「少しだけなら。それで、何か思うところがあったのでは?」
寧々は興味津々といった様子だ。
「ん、まああいつの魔法がちょっとな」
「あいつ? ハリネズミですか? 鎧竜ですか?」
「いや、あの負けた昆虫みたいなやつ」
「あちらが?」
負けた方に注目したことが意外なのかもしれない。
しかしもしもあの昆虫がオレの予想通りで魔法も予想通りなら……例のアレの完成にこぎつけられるかもしれない。
「マーモット。質問だ」
「はい」
「オレたちの群れにこの高原にいる誰かを迎え入れることは可能か?」
「可能です。ライガーの方々はそうして傘下の種族を増やしています」
へー、あいつらそんなことしてるんだ。マーモットが間に入れば会話も可能だから交流できるのかな?
「それはこのティラミス中にもできるのか?」
「はい」
「迎え入れた奴をティラミスに参加させても?」
「構いません」
……それがオッケーならもっと交流が盛んになったり他の種族を代理として出場させたりできそうなもんだけど……いや、あまりそういうことが増えすぎないようにマーモットがコントロールしてるのかもね。
マーモットはこの高原を支配しているわけではないけどアンティ同盟をつつがなく動かすルールの擬人化のような役割を果たしている。こいつらが正常に機能している限り簡単にこの体制を崩すことはできないだろうな。
何となーくだけど、マーモットたちは豚羊の僧侶と同じ匂いがするなあ。腹黒そう。敵に回したくはない。
「それでどうするつもりですか?」
どうするつもりなのかって? そんなもん決まってる。
「ヘッドハントだ。あの昆虫をスカウトするぞ」
何しろ奴らは完敗した直後で傷心中。さらに困窮しているとすればこれほど手駒にしやすい奴もいない。
「それは構いませんが、奴らは何なのですか?」
あ、まずそれを言っておくべきだったな。
「あいつらは多分、フンコロガシだ。スカラベとでも呼んだ方がいいかな」
とぼとぼと歩く数匹のスカラベの前に部下の働き蟻たちが姿を現す。きらりと輝く甲殻も今ではくすんで見える。改めてじっくり眺めるとかなりでかい。地球だと水牛くらいはあるかな?
「やあこんにちは」
朗らかにあいさつ。
「……」
あ、無視された。反応しないまま通り過ぎようとする。
「あーお腹減ったなあ」
わざとらしい言葉に加えて蟻たちに持たせておいた携帯食料を食べさせる。
ピタリと足を止める。何人かは露骨に食料を凝視している。
「ん、どうした?」
「……何でンなことすんだべ?」
田舎者のようなしゃべり方でどんくさそうな印象を受ける。
「いやあ、お腹減ってないかと思ってさ。食べる?」
「施しは受けねえべ」
そう言いながらも食料から目を離さない。素直になればいいのに。
「施すつもりはないよ。ただ……」
一度言葉を切る。ためを作るのは意外に有効な交渉方法の一つだと思う。
「もしもオレの言うことを聞いてくれたら差し上げることもやぶさかではないんだけどなあ」
ピクピクっと体を動かす。
やはり飢えている奴にはこれが効く。
「いらないなら必要ないなあ。食べていいぞ」
「はーい」
おいしそうにむしゃむしゃと食べる働き蟻。演技しているわけでもないだろうけどいい煽りだ。
一番小さいスカラベがふらふらと働き蟻に近づいていく。
「食べるか?」
返答する前に貪りつく。
後はもう止まらなかった。
雪崩を打ってスカラベたちは食い物に飛びついていく。
フンコロガシはその名の通り動物のフンを食べる昆虫だけど、フンコロガシが所属するコガネムシ科はカブトムシやカナブンなんかも含み、主に植物を食べる昆虫だ。
その中に糞を食べる糞虫がある。全体的に魔物は地球の生物よりも幅広い食性を持つからこいつらもそうだろう。
いい食べっぷりだ。よっぽど飢えてたんだろうね。
「さて食べたんだから、働いてもらいたいんだけどなあ」
「何して欲しんだべ?」
まだまだ半信半疑という様子だな。
「ひとまずお前たちの魔法を調べさせてくれ。もしもオレの思っていた通りなら長期雇用にランクアップしてもいい」
「ちょ、長期? こんな飯をずっとくれるっていうんだべか?」
「もちろん! 三食昼寝付きの好待遇! もしも優秀なら、お前たちの家族もその待遇で受け入れてやってもいいぞ?」
家族という言葉を聞くと劇的な反応をする。
「ど、どうしてそれを……?」
別に難しい推測じゃない。
フンコロガシはその名の通り糞を丸めて自分で食べたり糞を幼虫に与える昆虫で幼虫が産まれた後も糞の世話、例えば糞にカビが生えたりしないようにする種類もいる。意外に家庭的なのだ。
こいつらが大なり小なり社会性を持っていることにはそれほど驚かない。
「そんなことはどうでもいいじゃないか。大事なのはお前が食料を得ることができるかどうかだろう? 大丈夫、まずはお試しだけでいいんだ。一度試してみるだけならそんなに苦労はしないんだから」
我ながら詐欺師っぽいなあ。
こういう妙なスキルばっかり上昇してる気がする。
「ほ、本当に食い物をくれるんだべ?」
「オフコース」
「わ、わかったべ。ただ、その前に……」
「お前たちの家族に食料を届ければいいのか?」
「そ、そうだべ! どうかよろしく頼む!」
「よろしい。樹液とか草とかだけでいいか?」
「できれば糞もあると助かるべ」
糞もやっぱり好きなんかい。
……いまさらだけどオレって糞の話ばっかりしてる気がする。
「おっけ、すぐに届けさせるよ」
ご来光を見たとばかりに顔を輝かせるスカラベたち。
子供に仕送りする労働者みたいだな。ま、そういう連中を上手く取り入れるための国だからな。せいぜい働いてくれよ?




