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211 ヴェ

サブタイトルは誤字ではありません。

 結局ファティたちは関の一室で一泊することになった。単独行動しているのでなるべく早くに本隊と合流しなければならないものの、数日程度の余裕はあるように差配してある。

 もちろん日程の調整などはすべてアグルの仕事になるが彼自身は別段文句もなくいつものことと言わんばかりにこれ以外にも膨大な量の業務を行っていた。実際にいつもやっていることではあるのである意味彼の感覚もマヒしていたが。

「ラクリさん、ありがとうございました」

 昨日より明るい口調で話しかける。

「もったいないお言葉です聖女様」

 ぴしりとした敬礼を返す。彼女から有効な情報はあまり手に入らなかったのでトゥッチェにいる少年が本当に転生者であるかどうかは確信ができなかった。それでもここに来たことは無駄ではなかったと確信している。


「聖女様!」

 たたたっと昨日ラクリと共にいた少年が走り寄る。

「もうご出立ですか?」

「はい。あまりお待たせするわけにもいきませんから」

「あの、もう一度会えますか?」

 無邪気だとさえ感じられるその少年は何者にも汚されぬ輝きを持っているようにも見える。

「ごめんなさい。また会えるかどうかはわかりません」

 自分は仮にも聖女などと呼ばれている。だから気まぐれで出歩ける身分ではないし、誰かを助けるために奔走しなければならない。

「そうですか……ごめんなさい、わがままを言いました」

「いえ、その気持ちはすごくうれしいです。あなたも元気でいてください」

「はい! いっぱい頑張って聖女様のようになれるように頑張ります」

 まぶしい笑顔を弾けさせる。

(そっか。きっと大丈夫だ。私だけなら無理かもしれない。私が生きている間は誰もが手を取り合って笑顔でいられる世界にはたどり着けないかもしれない。でも、こうやって誰かが私の思いを継いでくれたなら、いつか必ずそんな世界が実現できるはず……ううん、きっとできる)

 軽やかに駆ける少年の後姿を見守っていた。


「聖女様も子供はお好きですか?」

「そうですね。ラクリさん。……も、ですか?」

「はい。ティキーお姉さまも子供がお好きでたまに私たちの家にいる年少の者の面倒を見たりしています」

「あの人も……ええ、子供は可愛いですね」

「聖女様、そろそろお時間です」

 そろそろ出立の時間だ。名残は惜しいけれど遅れるわけにはいかない。

「はい。すぐに行きます」

 自分の後ろにはサリがいる。あの後で話をしたけれど彼女は自分を信じていると言ってくれた。

(信じてくれている人がいる。慕ってくれる人もいる。だから何も心配することなんてない)




 ファティが乗った駕籠を中心とした行列をラクリは眺め続ける。

花の季節(タッシル)はもうすぐよね」

 一人ぽつりとつぶやく。

「私は本来ならまだタッシルに参加してはいけない年齢だけど……あのお二人が喜んでくれるなら、子供を作るべきよね。相手は、ここにいる奴らの誰かでいいわ」

 ただ、二人のためだけを思う、その一心だけでラクリは途轍もなく重大な決断を下した。

 それが彼女の敬愛する二人を喜ばせることだと信じて。




 そしてその行列を見送っていたのは一人だけではない。

「よかったあああ! はあ! 銀髪どっか行ったあ!」

 思わず創作ダンスでも踊りたくなるほどの気持ちのよさだ! やっばかった!

 神輿のような乗り物が高原とは別の方向へ離れていく。あんな乗り物は他に無いようだったから間違いなくアレに銀髪が乗っていると思っていい。

 もうくんなよ!

 いや、ほんとに何であんなところにいたんだ? てっきり高原に進出してくるかと思ったけど……?

 あれかな? 地方巡業して人気を確保しようとしてるとか? 力士かよ。

 それならもうちょい大きな都市で興行した方がいい気がするけどなあ。


「コッコー。あの銀髪を監視しましょうか?」

 魅力的な提案だな。あれの動向は逐一把握しておきたい。だって強すぎるもん。戦ったらゲームオーバー確定とかいうクソゲーすぎる能力の持ち主だ。情報は戦争において勝敗をくっきり分かつ要因になる。だからこそダメだ。

「監視しなくていい。銀髪がどこに行くのかわからないから難しいし、危険だ。それにお前らの存在を知られたくない」

「コッコー」

「それ、肯定の返事か? そうなの? あ、そうなんだ」

 このとぼけた態度とは反対にカッコウの重要性はピカイチだ。特に広範囲の情報収集においてはずば抜けている。そしてもしもカッコウの重要性に気付いたヒトモドキが一人でもいたらどうなるか。徹底的にカッコウを狩るだろう。


「ヴェヴェヴェヴェヴェ」


 いつもいつもカッコウが上空を飛んでいれば疑わない奴はいない。情報収集はできる限りその行動そのものを知られない方がいい。身バレしたスパイなんて何の価値もない。


「ヴェッヴェッヴェ――――!」


 慎重にやればオレが以前ラプトルたちにやられたように何故相手がこっちの情報を握っているのかわからない、という状況を作り出せる。


「ヴェヴェ! ヴェエエ!」


 だからカッコウはまだ出し渋る。


「ヴェ!」


 ……えーっとだ。

 カッコウに限らずオレたちは今情報収集の真っ最中。可能な限りの人員を高原の各所に送り込んで、交渉したりしている。当たり前だけど今まで見たことのない魔物とも出会ったりする。

 もはや説明するまでもないと思うけど……魔物は変な奴が多い。

 はははは。


「ヴェ――――!!!!」


 …………ふううー。

「さっきからヴェーヴェーうるせえんだよカンガル――――! 少しは静かにしやがれ!」

 知っている人もいるかもしれないけどカンガルーはヴェーと鳴く。いやマジで。あんまり鳴かないけどな。鳴くとやかましい。こいつらも同様だ。

 ピタっと静かになる。……前言撤回うるさくないがやかましい。

 イメージしろ。筋肉モリモリのマッチョカンガルーがポージングしながら迫って来るんだぜ? それも複数。

 ひくわ。ドン引くっつーの。この状況でわりと平然としていられる翼がすごい。

「いやはやなかなかの筋肉。戦士として見習いたいものです」

 ……ちなみにラプトルはオレの指導の下、肉体改造に取り組んでいる。筋肉の量や質が上がるにつれて筋肉=強いと考えているようだ。……そのうち筋肉フェチにならないかこいつ。

「で? 何でこんなことになったんだ?」

「それは――」

 翼が何か言おうとしたとき、空が暗くなった。雲だろうか?

 否。

 上空に何かいる。巨大な何かが。

 巨体に見合わない速度で、音もなく舞い降りたそれはまごうことなき鷲だった。

 堂々とした体躯を見せつけ、地面に降りてさえ威厳のある姿を保ち続ける。


「貴様らか? この度のティラミスに新たに参入する信者は?」


 情報収集はなるべくこっそりやった方がいいと言ったけど訂正しよう。

 堂々とぶち当たった方が手っ取り早いこともある。全く、気の休まる暇もないな。

 もしかしたらこれが外交戦略ってやつか? 三者面談ならぬ三者会談、開始しようか。


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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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