204 スマートオーダー
もちろん高原や砂漠にも魔物はいる。厳しい環境を生き抜いた魔物で、生半な連中じゃないはずだ。
「まずあんまり関係のない砂漠の魔物から説明するぞ。一大勢力を築いているらしいのがリザードマン、要するに二足歩行するトカゲだ。ラクダに乗ってることもあるらしくてレンガなどを使って壁を作る技術もあるらしい」
多分ツノトカゲみたいに乾燥に強いトカゲが二足歩行能力を獲得したんだろう。ラクダは見たまんまラクダだった。もしかしたら何か他の生物も混じっているかもしれないけど詳しくはわからない。
明らかに乾燥地帯に適応しておりなおかつそこそこの技術を持つこいつらと積極的に戦わずに済んだのは僥倖だろう。
「もしやそのリザードマンは高原の魔物と対立しているのですか?」
「そうだよ寧々。複数の魔物と大規模な戦闘が確認されているらしい」
「なるほど。確かに交渉の余地はありそうですね」
これだけでわかるのか。寧々はこの手の利害関係を計算するのが得意なのかもな。
「どういうこと~?」
「簡単なことだよ。組織的に対立しているということは、集団で行動できる社会を確立できているということの証明だ」
「つまり戦争を行える程度の知性は持っているということでしょう。ある程度まとまった集団が二つ以上なければ争いは起きませんから」
寧々さん!? 一体いつの間にそんな皮肉を?
どうも最近寧々にも個性らしき自我が芽生えているような気がする。小春とはまた違う、どことなくシニカルな思考。一体どこでそんな考え方を身に着けたのやら。
「まあそういうわけで高原の魔物はある程度まとまりのある共同体を形成できているはず。どうも高原に進出しようとしているヒトモドキと戦っていたこともあるみたいだし、自分たちの土地を守ろうという意識があるのかもしれない。交渉に臨む価値はあると思う」
去年はカッコウ以外だと高原に足を踏み入れるまでで精いっぱいだったからろくに接触ができていない。
何しろどうにか超えられそうな山を見つけて拠点になる巣を設営した時点でほとんど冬になっていた。偵察に出した蟻は帰ってこられなかった。そのおかげで貴重な高原の魔物の情報をえられたから収支はプラスだったけどね。
「具体的にどうやって交渉するの~?」
「それについてはこれだ」
半円状に並べられた石柱と少し離れたところにある石柱が書かれた絵だ。石柱には幾何学的な模様が入っているものもある。カッコウが見た景色を紙に写した。
っていうかよく描けてるな。まあ確かに図鑑を書くときに絵も描かせてたやつだけど……オレって絵心なくね?
ま、まあ絵が描けなくたって死なないからな。うん役に立つことは結構あるけどまあ大丈夫だ。
「……これは何ですか?」
「よくわからん。けどカッコウは高原のあちこちでこれを見かけたらしい。恐らく高原の魔物の仲間であることを示すシンボルみたいなものじゃないかと思ってる。ひとまずトーテムポールと呼ぶことにした」
「なるほどにゃあ。このトーテムポールを作って仲間のふりをするんだにゃあ?」
琴音の言葉の通りだ。嘘をつくのが苦手な魔物の中で今のところ例外的に嘘を操るアリツカマーゲイはオレの意図を察してくれたらしい。
「そういうこと。交渉はお前らにも加わってもらうぞ?」
「……え?」
「え? じゃない。お前いかないつもりだったのか?」
「そうだにゃあ」
こ、この怠け者出不精。マジでサボるきだったぞ。
「いや、お前らは働かなくていいから。交渉の場にいてくれるだけでもありがたいからついてこい」
「うーん、しょうがないにゃあ。美味い肉を食わせるんにゃよ?」
ほ。
よかった。これでへそを曲げられたら交渉の難易度が段違いに上がる。嘘をつくという地球人類なら当たり前の行為がこんなにも貴重だとはなあ。
「で、高原にいる魔物についても軽く解説しておくぞ」
流石にまだわかっていないことの方が多いけどな。
「まずカッコウたちが高原の探索に手間取った最大の原因は空を飛ぶ魔物が他にもいたからだ。千尋は知っていると思うけど以前見かけた鷲だ。どうもあれが大量にいるらしい」
流石に千尋も渋面を作る。一歩間違えば鷲との戦いで死んでいたからな。
「こいつらの特徴は巨体ながら驚異的な速度で飛行すること。単純だけど、いやだからこそ強い。移動範囲が広くてなおかつ遮蔽物があんまりないから隠れてやり過ごすこともできない。最低でもこいつらとだけは全面戦争するわけにはいかない」
「逆を言えば味方になってくれると心強いというわけですね」
「まあな。そうそううまい話もないかもしれないけど、鷲が高原の見張り役のような役職についている可能性もあるから最初に接触するかもしれないのもこいつだ」
「その鷲と会話は可能なのですか?」
「できる。以前出会った鷲と会話できたから空中でなければ話は会話できる」
女王蟻のテレパシーは地に足がついていないとできない。地面に降りてきてくれさえすれば会話はできる。ただ話が通じるかどうかまではわからないけどな。
「で、次はサソリだ。これはオレも初めて見る魔物だ。特徴的なのはそのしっぽだな。ぱっと見ると蛇のように見える。もしかしたら蛇に擬態させたりしているのかもしれない。ひとまず蛇蝎と呼ぶことにした」
「蛇蝎って強いの~?」
「あんまり戦闘を注視したわけじゃないけどしっぽに刺されたというか噛まれた奴は死んだみたいだ」
「毒?」
「多分な。もしも戦うとしたら近づけないのが一番かな」
ちなみにサソリは地球でもかなり活動範囲の広い生き物だ。湿地帯から砂漠まで生息し、ほぼ全て肉食だったはず。
サソリといえば毒、のイメージが強いかもしれないけど実際にそこまで強力な毒を持っている種類はそう多くない。
……まあ蛇蝎の毒が強いか弱いかは食らってみるまで分からないし、仮に強力な毒じゃなかったとしてもあの巨体だ。一度に注入される毒は相当な量になるはず。毒持ちの生物はどのくらい強力な毒を持っているかだけじゃなくて、毒をどのくらい注入できるかも気にした方がいい。
そもそも出会わないのが一番なんだけどね。
さあそれでは次が今確認できる最後の魔物だ。




