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176 なんやかんやで舞い降りた

 スパイ促成養成学校を作りながらも別の作戦も進める。というよりスパイ潜入の事前準備かな。何事も準備が大事。

 具体的にはカブトとクワガタをぶちのめす。


「よし! 一斉射撃のちに敵の様子を見てから追うか逃げるかきちんと判断しろ! 深追いは厳禁だ! 傷一つつければそれで十分だからな!」

 改良されたグラスボウの威力は距離次第ならカブクワの甲殻を貫通できる。そして傷一つさえつければ毒で弱らせる、場合によっては殺せる。辛生姜じゃなく、別の毒だ。

 さて、そんな毒がどこにあったのか。実はオレたちの体の中にあった。つーか体の外かな。例によって汚い話で恐縮だけど、オレたちのフンだ。

 ばっちいばっちいと言う声が聞こえるぞ? ははは。

 いや別に嫌がらせがしたい……わけではあるけどそれだけじゃない。実は戦国時代などにおいて矢に糞尿を塗りたくるのはごくありふれた戦術だ。

 当然ながら糞尿とはとてつもないほど微生物の棲み処だ。それゆえに傷口から糞尿が入ればそれだけで破傷風や敗血症などの危険性がある。しかし魔物は体内の微生物をコントロールする能力が非常に高い。だからこういう病気にはなりにくい……はずだった。

 しかしそれを打破する方法もまた存在する。つまり糞尿に棲息する微生物の成長を加速させればいい。これなら魔物の免疫システムさえも破壊できるほどの極悪微生物兵器の完成だ。いやいや我ながら実にえげつない戦術を思いつくもんだ。ただこれやると肉が食えないんだよね。焼いたらいけるかなあ。

 ちなみに今のところラプトルの糞尿に蜘蛛の血液を垂らすと一番致死率が高い。やっぱり肉食動物だからかな? とはいえカブクワも黙ってばっかりじゃない。群れを成して反撃してくる。


 木々をすり抜ける蟻と木々をなぎ倒すカブクワ。どちらが速いのかは考えるまでもない。

 が、それでもあきらめない。追い付けられるかなど関係ない。奴らは仲間を撃った。これからも犠牲を増やされるならここで仕留める。きっとそう思っているのだろう。

 ま、そんなの関係ないけどね!

 進行方向の横合いからまたしても矢が降り注ぐ。

 もちろん伏兵だ。戦いの基本は不意打ち。特に敵を攻撃しようとしている時、どんな生物も無防備になる。意識の外からの攻撃は誰も避けられない。それにこいつらは硬い甲殻に覆われているせいなのか防御するという意識が薄い。面白いように単純な伏兵戦術に引っかかってくれる。

 しかしそれでも足を止めない。が、彼か彼女を待っていたのは土中に作られた巣だった。

 カブトの魔法は角付近の物を吹き飛ばす魔法。クワガタはヤシガニと似たような魔法だけど物を掴んだりできるほど繊細なコントロールを可能にしているようだ。時間さえあればもしかしたら地面を掘ったり崩したりできるかもしれない。もちろんそんな暇を与えるつもりはない。

 ぽーんと何かを巣の中から外へと投げる。

 ぴかっと光ってムワっと臭いが広がる。

 間抜けな擬音だけど効果は絶大だ。

 今までの恨みつらみをきれいさっぱり忘れてカブクワは逃走、いや敗走を開始する。マグネシウム閃光弾と抽出したハッカ油モドキだ。ミントみたいな雑草があったのでリービッヒ冷却器で作ってみた。ハッカ油は昆虫に効くらしいのでビビらせるくらいはできるかと思って作ってみたけど正解だった。難点はオレたちにも効くことだけどな! ま、そこは我慢してもらうしかない。

 さあそれじゃあ追撃開始だ。

「千尋」

「うむ」

 もうごちゃごちゃ指示は出さない。

 予定通りの行動をとるだけなら名前を呼ぶだけで充分。それどころかオレが指示するよりも千尋に自由にやらせる方がいい。大きくなったもんだ。

 木々の隙間に張られた糸がカブクワの行く手を阻む。恐るべきは巨体のカブクワでさえからめとる糸の強靭さか。

 しかしここで予想外の行動に出た。クワガタが糸を切断した。どうやらクワガタの魔法は挟むだけじゃなく何かを切ることもできるようだ。

 とはいえこの程度の予想外なら慌てるまでもない。

「突撃します。構いませんね?」

「もちろん。現場判断でやっていい行動だよ翼。いちいちオレに指示を仰がなくていい」

「御意」

 明らかに視界に入っていない場所から突然翼率いるラプトルが風のように涼やかに襲いかかる。瞬時に一匹のカブクワを仕留めたかと思うとすぐさま木の陰に消えていく。この迅速な作戦行動もラプトルの優れた空間認識力のなせる業だろう。

 その後も道を物理的に踏み外さないように適度に攻撃を加えていく。目的地へと誘導する。

 つまりオレはこいつらを樹海蟻の巣へと誘導している。前にやったヤシガニ一本釣りの応用だ。敵対者同士をぶつけてお互いを弱らせる。さらにその隙をついてスパイを潜入させればベスト。

 こう聞くと容易い相手に感じるかもしれないけどこの戦術に至るまでなかなか苦労した。踏みつぶされたり、へし折られたり……大変だったよ。

 戦っているうちにわかってきたけどカブクワは群れることはできても集団行動はできない。ドードーや豚羊と同じだ。一旦混乱したり負傷したりするとすぐに暴走する。ラプトルのように整然と戦うことはできない。この辺りは草食動物の性質なのかもね。

 だとしても真正面から平地で殴り合えば間違いなく負ける。単純な強さは向こうの方が明らかに上だからな。だからこそゲリラ戦だ。忍び寄り、撃ち、去る。

 それを繰り返して混乱させて相手を敗走させる。撤退戦が一番難しいなんて言うけどまさにその通り。後ろを向いて逃げる相手程殺しやすいもんもない。殿を残したりする戦術眼もないみたいだしな。

 ラプトルなどとは違って工夫したり対策の対策みたいなものを練ってこないからパターンにはめる戦術をずっと続けることができる。

 撤退させた後は蜘蛛糸トラップとラプトルの奇襲で逃走経路を誘導する。じりじりと敵同士が激突するであろう時は迫っている。


 そして恒例(?)の魔物解体タイムだ。いやホント魔物に出会う度にやってるけどね。食べ物とか知るには一番手っ取り早いし。解体して速攻でわかったことが一つ。

 カブトムシはオスしかいない。そしてクワガタムシはメスしかいない。これが意味するところは一つ。

 こいつら同じ生物なんじゃね? や、正直内臓の構造はほとんど一緒だと思う。もちろん雌雄の差はあるけど。オスかメスかどうかで見た目や魔法などがかなり大きく変わる生き物のようだ。カブトムシとクワガタムシの群れだからカブクワなんて言ってたけどもうこいつらの名前カブクワでいいな。

 さらに胃の内容物も大体一致。地球と同様に樹液などを食べる他、樹の幹や枝を丸ごと捕食するようだ。全体的に見ると幼い個体は柔らかい新芽や樹液を食べることが多い。

 もしかしたらカブクワの魔法は敵と戦うよりも樹を切り倒したりして幼体に樹液などを与えるためなのかもしれない。

 ちなみに幼虫がいるのかどうかは不明。もしかしたら変態しない魔物なのかな? 何にせよ家族単位で行動することも多いようだ。


「意外ですな。こやつらは思いのほかまとまって行動しているとは」

 以前にも何度かカブクワと戦ったことがある翼だけどその生態には詳しくないようだ。ま、ただ殺すだけならそんなことを知る必要もないか。

「何だ? 家族や子供は殺しにくいか?」

「獲物にいちいち同情していては切りがありませんからそのようなことはありませんよ。少しばかり哀れだとは思いますが

「哀れ? 何で?」

「家族が殺されたというのに仇をとれないことでしょうか」

「仇討ちねえ? お前らにはそんな風習があるのか?」

「はい。家族、特に産まれる前の子を殺された者は仇を討たなくては良き輪廻を巡れないといわれております」

「お前ら輪廻転生を信じているのか?」

「ええ。今世の行いが良ければ来世でも我らの一族に産まれることができるのです」

「ふーん……ちなみに聞きたいんだけどお前らの転生って死後にこの世界で生まれかわるっていう解釈でいいのか?」

「ええ。その通りです」

 今まで転生するという宗教を信じていた奴はいなかった。実際に転生した身としては気にならないわけじゃない。ただ話を聞く限りだと異世界に転生するという話はないらしい。やっぱり神様なんざいないね。

「それにしても、お前らにも信仰している宗教があったんだな。何で今まではなさなかったんだ?」

「もめごとのタネになるかと」

「……違いない」

 適切すぎて何も言えない。宗教は人を纏めるには適切なシステムだけどそれだけに異なる宗教集団とは喧嘩する未来しか見えない。というか実際にそうなってるし。

「お前たちが何かを信仰することに対しては何も言わないよ。ただし」

「命令に逆らうことは許さない、ですか?」

「ある程度は大目に見るけどな」

 ヒトモドキや以前の蜘蛛みたいに襲いかかる理由にされたりしなければ別に構わない。翼たちはその辺りの加減がわかっていそうなので大丈夫かな。宗教は嫌いだけど闇雲になくせばいいというものでもないだろう。

 さてそれじゃあ本格的に潜入させようか。


 予定通りカブクワは樹海蟻と戦端を開き、予想以上の混乱が広がっている。これ以上の好機はないな。

「千尋。潜入させたか?」

「うむ。妾から送り出した者らは問題ない」

 潜入ルートは一網打尽にされることを防ぐために複数用意した。ただ潜入するだけじゃなくて会話なりなんなりして情報を聞き出すためには侵入者がいると疑われること自体がアウトだ。千尋からは糸を伝って森から侵入するルート。女王蟻の探知を避けるためにできる限り地に足をつけない方法で潜入する。

 木に触れれば探知されやすくなるけど蜘蛛に協力してもらってできる限り空中で宙づりになるように運ばせた。この方法だと蜘蛛は探知されてしまうから潜入を確認できればすぐに去る。いっそのこと蜘蛛にスパイを攻撃させて樹海蟻に助けさせるという方法も考えたけど今回はやめておく。

 次は川から潜入するルート。女王蟻の探知能力は水中でも効果は発揮しない。語学習得に加えて水泳の練習も行った蟻には苦労を掛けた。

 そして最後は空中から。


「カッコウ。首尾はどうだ」

「コッコー。ご安心を。皆送り届けました」

 カッコウたちを複数匹協力させて蟻を飛ばせる。わかりやすくいうとゲゲ〇の鬼太郎のカラスみたいな感じだ。ぎりぎりまで減量させたとはいえ蟻を運べるのはちょっと驚き。いくら何でも空路は予想できていないはずだ。ただこの方法で潜入させられる蟻は少ない。カッコウは引く手あまただから忙しいんだよね。

 ひとまず潜入は成功した。後は待つしかできない。スパイの演技力には不安があるけど……寝て待つしかないかなあ。


 軍隊の行動というのは迅速にはいかないものだ。同時に全てが予定通りに進むことも少ない。それは何も彼に限ったことではなかった。


次の話から何話か銀髪ちゃんパートに移ります。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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