１７２ クリスクロス
「つまり妾達の糸や海老の水に触れただけで魔法が使えなくなるのだな？」
千尋に謎生物の魔法の概要を説明する。自分の魔法を無効化されたことが気に入らないらしく、未だに不機嫌を隠そうとしない。
「そうだな。糸の性質そのものは変わってないから魔法の結果とかは無効化できないみたいだ」
「全くもって無礼千万。今すぐに殺すべきではないのか？」
「駄目だ。ちゃんと生かしておけ。それにお前ならこんな奴簡単に倒せるだろ？」
「当然だ。この程度の敵はどうとでもなる」
適度に機嫌をとっておけば千尋はちゃんと働いてくれる。ありがたいね全く。
それにしてもこの謎生物の魔法だけど……
ぶっちゃけ魔法無効化って弱くね？
や、ラノベとか漫画だと主人公の定番能力だけどさ、無効化ってほんと役に立たなくねーか？ オレも無効化能力について憧れがなかったわけじゃないからなあ。うーん、さっきまで謎生物のことボコボコに非難してたから引っ込みがつかない。ちょっと性能について考察してみようか。
まず遠距離攻撃ができないくせにそれらへの防御手段がない。これが一番致命的。弓矢みたいに単純な兵器でも余裕で倒せる。近づいても相手の方が単純に強ければあっさり負ける。肉体を強化したり移動能力を上げるタイプの魔法にも弱そうだ。そんでもってあらかじめ仕掛けられた罠や道具には全くの無力。蜘蛛糸トラップや、蟻の鎧なんかがこれに該当する。
……まじで弱点だらけだな。じゃあそれらの弱点をどうやってカバーするか。
んー。ラノベとかだと他の仲間と協力したりするのが一般的かな。後は身体能力がとんでもなく高いとか。
オレならそうだな、数の暴力で押し切るか科学兵器で武装するとか？
この謎生物だとそこそこ硬いくらいで動きは鈍い。数もそんなに多くない。頭もあんまりよくなさそう。テレパシーも無効化してるとしたら他の魔物との共闘も難しい。
無効化能力が弱いっていうよりこの世界のルールに順応してないって感じかなあ。
オレが今まで苦戦した魔物は、魔物の肉体としての特性、魔法の性能、天候や地形などの環境要因、それらががっちり噛み合っていた魔物だった気がする。もちろん本当にずば抜けて強い奴はそんなもんぶち抜いてきたけどさ。
なるほど。無効化ってのは結局相手の有利を消すだけで自分が有利になる要素が全くない。だから魔法以外の攻撃方法やそもそも素の実力が強ければ余裕で対処できる。
魔物の魔法の本質は生存競争を生き延びる、すなわち環境に適応する性質であって戦いに勝利する力ではない。もしかしたらオレが見つけてないだけで隠れたりすることが得意な魔法を持った魔物もいるかもしれない。つまり強い魔法＝優秀な魔法じゃない。
何度も話したけど魔法は相性や環境に左右されるから最適な魔法は相手や状況によって変わる。
つまり魔法が戦闘力の大部分を担っているヒトモドキ、さらには銀髪ならどうだ？ 魔法を完全に無効化できればそれこそ無力な一般人になり下がる。
ようやく光明が見えてきたんじゃないか？ こいつを増やして銀髪やヒトモドキにぶつければそれなりに効果的かもしれない。問題は銀髪の魔法を無効化できるか。それを予想するには無効化と銀髪の魔法の原理を知らないといけないけど……？
というかそもそも銀髪の魔法は何なんだ？ 何であの威力が出せるわけ？ エネルギー保存の法則はいくら何でも無視していないはずだ。ていうか無視してたらオレじゃ理解できない。
ひとまずエネルギーをどこから出しているかということを考えよう。普通の基礎代謝では絶対に追いつかない。他のヒトモドキのエネルギーを吸収してるとか？ それでも足りないぞ多分。太陽光を吸収するとか、どこかからエネルギーを引っ張ってこないといけない。膨大なエネルギーか。地球だと火力、水力、風力、原子力……。
い、いやいや。いくら何でもないよな？ 自力で核融合反応を起こせる生物とかどこのＧだよ。あ、でもそれならほっといたら被爆して死ぬかも。だったらいいなあ。
「しかしこやつ重いな」
千尋がぶー垂れてる。そりゃ一ｔくらいはあるだろうからな。数十人で協力してようやくけん引できる。ぼこぼこにしたからかあまり暴れなくなっているのはありがたい。いやまあむしろこれでよく生きてるなってくらい血だらけだけどな。
「む？ どうやらまた海から同じ敵が来るようだのう」
お、また謎生物が来たか。捕らえた方がいいか？ ただこいつが大喰らいだった場合現在の海岸付近の巣じゃ養えない。ま、ひとまずスルーかな。
「よし向かってきたら殺していいけど、来なかったら……」
「「王！」」
ラプトルたちが一斉に警戒の声を上げるただ事じゃない予感がする。
「何かあったか？」
「海から何か聞こえます！」
海から？ 蟻の耳には何も聞こえない。しかしラプトルたちには何かが聞こえている。つまりこれは超音波……エコーロケーションによる探知であるはず。海の生物でエコーロケーション……嫌な予感しかしない。
「全員砂浜から離れろ！ 敵が来るぞ」
