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168 ディスカッション

 今回の目的は二つ。議論してもらうこと。そして茜に自信をつけてもらうこと。

 前者は親睦を深めて円滑な連携をとれるようにしてもらうこと。後者は豚羊にも積極的にオレたちの活動に参加してもらうこと。特に戦闘。あいつらは本気を出せば結構強いけど戦ってくれない。戦力を遊ばせている余裕はないけど自発的に参加させるための啓蒙活動かな。

 さっきまでのように活発に会話してくれると嬉しいんだけどな。


「質問よろしいかしら」

「どうぞ」

「ここで培養していたのはカビかしら?」

「カビもだな。他にも色々あるけどここでは主にカビを培養していた」

「では、この暖炉と鍋は湿度を保つために使われていたのではないかしら」

 ほう流石瑞江。水に関することならかなり鋭い。

「カビは湿度が高い所に生えるでしょう? なら培養する場合湿度、あとは温度も重要になるのではないかしら」

「正解。なら後に作った部屋にそれらの器具が少ない理由は?」

「ワタクシの子供を働かせたのでしょう。人使いが荒いこと」

 はっはっは。ばれたか。

 湿度を上げる一番手っ取り早い方法はお湯を沸かすことだ。しかし海老の魔法があれば空気中の水分を調整することができる。<水操作>まじで万能すぎる。というかそもそも最初からそのくらい気付いておけってことだけどさ。

 ちょっとそんな視線で見つめないでもらえませんかね瑞江さん。一応本人たちの許可はとったぞ?


「王。この瓶は何ですか?」

「アルコール。シードルから蒸留した奴だな」

 ちなみに翼のテレパシーは瑞江が茜に翻訳中。

「蒸留?」

「混合された液体から特定の液体を取得する方法の一つだよ」

「つまりシードルにアルコールが含まれているのですね?」

「その通り」

 少し考え込んだ翼はやがて口を開いた。多分こいつは重要なことに気付きつつある。

「アルコールとは毒なのですか?」

「広義においてはそうかもしれないな」

 多分アメーバ戦の影響でそんな考えに至ったんだろう。

「王。もしや微生物とは至る所に存在するのではありませんか?」

 ……その結論に達するとはな。やっぱり魔物の知性はオレの想像を超えてくる。目に見えない物を認識できるエコーロケーションを操るゆえだろうか。が、その話を今するのはちょっとまずい。

 まだ微生物が生物であると茜に知られるのは困る。この辺はテレパシーの翻訳能力の繊細な部分だけど、どうもオレが微生物という言葉をテレパシーで話すと小さい物、のような翻訳になるらしく、微生物という言葉を聞いてもそれを生物だと認識しないらしい。

 少なくとも微生物という概念をきちんと理解するまでは。

「瑞江。今から翼とする会話は茜には話すな」

「? ええ、構いませんわ」

「ありがと。翼、お前の言う通り微生物はありとあらゆる場所に存在する。空気中、水中、オレたちの体の中にもな。どうしてそう思う?」

「目に見えないということでしたので。我らのあずかり知らぬところで現れるのかと思った次第です」

「なるほど。アルコールをどう使うと思う?」

「先ほどの培養についてのお話から特定の微生物だけを殺す毒のようなものかと。それから生かしたい微生物を培養するのではないでしょうか」

「ホントに優秀だなお前」

 思わず感心してしまう。こんなに理解力がある生徒なら教師が教えることなんてたいしてない。

「ありがとうございます」

「ただその解答だと不正解だ。ただまあこれはオレの言い方が悪いというか言葉が足りなかったかもな。例外はあるけど微生物を培養する実験の場合は単離しておくのが普通だ」

「単離?」

「微生物を一種類にしておくことだな。あ、微生物が何種類もいるってことは知ってるか?」

「予想はしていました。以前七海に納豆をどうやって作るか聞いたところ納豆菌なる物の働きと聞いておりましたので。その時は意味が分かりませんでしたが今ならわかります」

 七海も良い働きしてるなあ。

「ま、そういうわけで一種類しか微生物がいないからな。必然的に他の微生物を繁殖させない処置は必要ない」

 それでも繁殖させたくない微生物が増殖することはある。いわゆるコンタミネーションだ。

 シャーレとかで微生物を培養しているとよく発生するのがカビだ。

 カビだあああああ。

 ふううううう。

 貴様カービイイイイ。いい加減にしろカビ!!!!! 

 何度もお前の顔は見たくねえんだよ! 親の顔と同じくらい見たくねえよ! 

 世の中にはブルーチーズっていうカビを目に見えるくらい増やすチーズもあるけど何考えてんだ!? 食わず嫌いなのは認めるけど生理的に無理! 

 ブルーチーズはあのカール大帝が大好きだったらしいけどね! 何やってんすか大帝!

 カビ毒の影響なのか腹壊した奴も多いぞ!? しかもオレたち種族が雑多だからどのカビ毒がどの種族に有害なのかわかりにくいんだよ! だからプロセスチーズじゃないと腹壊す確率が上がるっぽいんだよ!

「王?」

「ん、ああ悪い。アルコールは消毒、殺菌用だよ。手を洗ったり加熱できないものに、お前の想像通り微生物を殺すために使うんだ。ただ基本的にアルコールにさらすとほとんどの微生物は死滅する」

「私の解答は的外れでしたか」

「いや違う違う。特定の微生物だけを生かすってのはとても大事な考え方だ。発酵という行為の本質は特定の微生物を増やす行為だからな。そのために色々工夫するんだ」

 例えば塩を加えて、耐塩性を持つ微生物しか増殖させなくさせたりする。温度や湿度もまたしかり。

 それに自力で辿り着くとは……自然発生説を信奉していた連中にこいつの爪の垢でも飲ませた方がいいんじゃないか?


「うむ。二人とも優秀で結構。それじゃあ新しい実験室の設備が短縮されている理由はわかるか?」

 翼も瑞江も顔を見合わせるばかり。うーん。ちょっと難しかったかな? カビが増える条件は予想がついても例の成長加速は……。

「あの。ちょっといいですか?」

「茜? どうかしたのか?」

 期待を隠しつつ尋ねる。

「この、この液体を入れる物は注射器でいいんですよね」

「ああそうだ」

「それならこの注射器で実験が上手くいくようになるんじゃないでしょうか」

「……具体的には?」

「えっと、血を入れると培養が上手くいくとか?」

「もう一声」

「温度や湿度を調整しなくてもいいようになるんじゃないでしょうか」

「大正解!」

 いやあよかった! ちゃんと辿り着いてくれた!

「オレたちの血には生物の成長を加速させる効果があるんだ。ただしそれだけじゃなくて成長を促進、つまり本来なら生育しないはずの環境でも成長させることができる。よくわかったな偉いぞ茜」

 褒められた茜はちょっと照れているようだ。やっぱり問題を解くって楽しいし嬉しいよな。

「さらに言うと血には特定の微生物の成長を促進させる。もしかしたら他の微生物の繁殖を抑制させる効果があるのかもしれない」

「なるほど。それは大幅に手間が省けるのでは?」

「その通り。コストも手間も削減できる」

 温度や湿度をある程度調整しなくてもいいし、チーズなどの場合、減塩などもできる可能性がある。

「よくわかりましたわね茜さん」

 瑞江さあ。オレと態度違いすぎじゃない? 実はお姉さん風吹かせたいだけじゃねーだろーな。

「私の血を採血したことがあったから、それで気付きました」

 そう、茜に限らず様々な魔物から実験の為に採血したことはある。何故ならどの魔物の体液によってどの微生物の成長が加速するか調べるためだ。

 色々と実験するため色んな魔物の体液を徹底的に採取して気付いたことがいくつかある。微生物の成長を加速できるのはその微生物が生息している場所によくいる魔物であることが多い。例えば渋リンの果汁なら果実の果皮に存在することが多い酵母という具合だ。

 それに気付いたオレはある仮説を立てた。

 魔物の体液には成長を加速させる効果があるのではなく、魔物は微生物全般の発生をコントロールする能力が高いのではないかと。

 当然だけどオレたちの体の中にも微生物は存在する。自分の細胞に加えてそれらの微生物を効率よくかつ急激に変化させることで成長を加速しているのではないか。

 それを証明するために一つ実験を行った。

 茜に思いっきり栄養価の高い食べ物を食べさせた。え、何それ羨ましいと思ったそこのあなたは甘すぎる。

 以前少し触れたけど実は反芻動物は栄養価の高い食べ物を食べ過ぎると病気になる。これは体内の微生物が働きすぎた結果ガスがたまってお腹がパンパンになるらしい。

 これを意図的に起こそうとした。が、結果はこの通りピンピンしている。これは微生物の増殖や働きを低下させた証明になるはずだ。

 ふはは! 全国の酪農家さんごめんなさい! 

 このすっげー能力があればチーズやヨーグルトの生産に大きく寄与できるんだけどなあ。帰れそうにないからオレが独占しちゃいますね!

 ま、適合する魔物と微生物の組み合わせを探るのには苦労したけどな。この辺はもう寧々に感謝しかない。後でなんか料理作ってあげよ。

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うちの猫は液体です 新作です。時間があれば読んでみてください。
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