15 神は世の全てを照らしたもう
何故こうなった。いったい何度この言葉を呟いたかわからない。百舌鳥はもともと散らかっていた部屋を更に散らかしながら必死に調査を続けていた。
事故にあった人間は五人。百舌鳥が裁定を行ったのは4人。今回の事故は明らかに異世界管理局の管轄である以上全員を転生させなければならない。基本的に転生を開始できるのは管理局の支部長以上が直接裁定を行った生物のみ。天界の法において転生させるべき生物を転生させないことは重罪であり、それゆえに様々な危機管理が行われている。
「いや、向こうの世界、確かツボルクだったか。そこの管理局が転生を行った可能性も……。地球から送られた転生中の生物は5人……全て地球支部による裁定が行われているだと!」
今現在転生中である生物は5人。つまりこの状況は百舌鳥が直接顔を合わせたにもかかわらず全く記憶に残っていない人物がいる、としか考えられない。
「そんなことがありえるはずがない!」
怒号とともに机に拳を叩きつけるがそんなことで事態が好転するわけもない。何らかの失敗があったことは疑いようもないが、それが何だったのか原因も犯人も見当がつかない。
「ツボルクの支部に連絡をとるか? いや、そんなことをすればこっちの失態が明らかになる。あんな田舎世界の支部長に弱みを見せるわけにはいかないな」
建前の上では管理局の支部長は全て同じ階級である。が、実際の格付けとしては管理する世界の知的生命体の数や質、文明の発達程度が指標になっていた。ツボルクと地球では文明のレベルに大きな差があり、百舌鳥としては格下の相手に下げる頭などない、そう考えていた。
「だがこのままだと、俺の評価が下がる。何とかしなければ……」
ありとあらゆるものがそうであるように、上に登りつめるのは途方もない時間と努力が必要だが、下へと落ちるのはほんの一瞬である。万が一にも百舌鳥が裁定を行っていない生物がツボルクの均衡を乱すことがあれば最悪「消滅」させられることもありうる。更に恐ろしいのは転生者があの秘密に気づくことだが……その可能性は極小であるはずだ。
「ん………、均衡を乱せば?ならこのままなら何も問題はないのか?だが五人目の転生先が特定できない。ホモサピエンスと大きく異なる生物に転生すればそれは天界の法に触れる。……いや、それすらもすぐに五人目がいなくなれば問題は発覚しない」
百舌鳥にとってそれはまさしく天啓だった。だれかにとっては悪魔の囁きだっただろうが。
「あの世界の環境は地球よりも厳しいからな。貧弱無能な地球人が転生したところでほぼ間違いなくあっさり死ぬ。だけど万が一ってこともありえるか」
原因の究明など後回しだ。大事なのは自分自身の身の安全を保障すること。素早く懐からスマホを取り出し、部下に連絡を取る。
「もしもーし。翡翠くん? さっきの転生者達は全員能力付与できる状態にしておけない? 転生完了してないからできるよね。リソースがきつい? そこをなんとかしてよ。じゃ、お願い」
ふー、と一息ついてスマホを懐にしまう。彼は今久々に充実した空気を味わっていた。
五人目の転生者がさっさと死ねばよし。万が一生き延びた場合でも他の転生者を差し向ければいい。天界の法に触れるので彼自身が直接生物を殺害することはできないが、これならいつでも五人目を始末できる。
「いやー、やっぱ俺って天才だわー」
上機嫌な笑い声は誰に聞かれることもなく、いつまでも部屋に響いていた。
異世界管理局とは異世界を管理運営する組織である。故に数十億個以上ある命のうちの一つがどのような末路を迎えようが気にも留めない。
だからこそ彼らは恐れている。
ただの一個人が世界を変える力となることを。