134 泥ふんじゃった
道を作る。
コンクリートはない。作ろうと思えば三和土くらい作れなくはないけどここにはもっとお手軽な魔法、<錬土>がある。蟻に転生してラッキーだったな。
粘土質の砂や、固めた石を組み合わせつつ、内側をやや高くして外側に傾斜させて排水溝を作る。水はけをよくしないとすぐに傷むのは全世界共通だ。
参考にしたのはローマのアッピア街道だ。きちんと管理すれば千年単位で使える優れもの。未だに歩けるらしいからな。
カミキリスが木を切り、それを加工するか蟻が食べ、道を蟻が舗装する。水が足りなければ海老が補填して、蜘蛛が糸で物をくっつけたり結んだり、護衛したりする。
ちょっと感動する。複数の魔物を有効活用することを一つの目標にしていたけど、これはかなり理想に近づいているんじゃないか? でもこうなるとドードーや青虫がどうしても浮いてきちゃうなあ。
どっちも草食だし、冬眠前じゃなければそこら辺の雑草を食べられるからエサ代はほぼゼロとはいえ、一日中ゴロゴロさせておくのはもったいない。
ドードーはあまり放置しておくと脱走してしまう可能性があるからな。というか実際に脱走、ではないけれど魔物と遭遇してしまったドードーがパニックに陥って行方不明になったことはある。
青虫の方も毒草を食べられると自分自身に毒を蓄積してしまうかもしれないので単独で放置するのは難しい。
でも四六時中誰かをつきっきりにできるほどの余裕はない。いい方法があればいいんだけどな。
道は巣と巣を繋ぐ高速道路みたいに張り巡らせるのが理想だけど今現在の人手じゃそこまではできない。実験的に試して上手くいけば量産。いつものあれだ。……まあ、こういうのが何の問題もなく上手くいった試しもないけどね。
そんな予想とは裏腹に思いのほか順調に進んでいた。
農作業の余剰人員を割いているだけだけど道らしきものが徐々にできるのを見守っているのは楽しい。とはいえやっぱりそんなすぐできるわけじゃない。
千里の道も一歩より、だ。道を作るには長い努力が必要になる。
……昔の人はこれを魔法無しでやってたんだよなあ。きっついなあ。単純に魔法が特定の作業に対しては高い適性を発揮するっていうのもあるけど、この作業地道だからなあ。本来なら飽きがきてもおかしくない。こっちは不平不満がない蟻をはじめとした魔物だからどうにかなっているけど人間だったらこの時点で破綻してるかもな。
一応休憩とかは適宜与えてるけどね。できるだけ無理をするなと指示するだけでちゃんと休んでくれるのはありがたい。
それでも毎日十二時間以上は絶対に働いてるよな。労働基準法だと一日八時間、週四十時間までだったっけ。
蟻に休日はない。毎日が平日。つまり実質労働時間八十時間オーバー。
ブラック! ブラックですよこいつは。労組に口出しされたら負けるかも。
でもこいつら今のところ自殺だとか過労死だとか一切聞かないんだよな。もちろん蟻と人じゃ精神構造がだいぶ違うし、比べる意味があるのかはわからないけど……少なくとも地球では命の危険にさらされることはないよな。
……異世界での生死をかけたサバイバルよりも精神と健康ダメージが大きい日本の労働環境って一体……
社畜の皆さん、蟻を見習おう。蟻だって休んでいることはあるんだぜ。働かない蟻にも意味はあるって奴だ。何度も言うけどさ。
過労で自殺する人の気持ちはオレにはわからないけどね。正直今のオレには自分が死ぬことより怖いことなんかないし。生きてればいいことあるよの精神だ。具体的にはやたらでかいラーテルに襲われたり、へんてこな魔物を率いたりさ。いいことかなそれ。
うんまあでも、いいことばっかりじゃないけど自殺なんて駄目だよ。死ぬまでオレの為に働いてもらわないと。はっはっは。オレはブラック企業の社長の素質がありそうだな。ま、何事もほどほどにしておいた方がいいな。まじで自殺されるとちょっとショック受ける気がするし。
雨が降る。しとしとと優しいけれど、明らかに陰性の空気を醸し出す空模様。
梅雨があるのかどうかはわからないけど、降水量は結構多いこの地域ではさして珍しくはない。この程度なら作業を中断するまでもないけど、できるだけ休憩を多めに取らせる。雨というのはなかなか体力を消耗させてしまう。まあでも排水溝が問題なく機能していることがわかったのは僥倖だ。
道は順調、しかし有用な鉱物などは見つからない。……ちょっと鉱物探索は一旦停止して農業に専念させようかなあ。早めに冬眠から覚めたとはいえ、まだまだやるべきことは多い。
「紫水」
「おう、どうした三号」
まぎらわしいので女王蟻は番号で呼んである。ま、そのうち名前でも付けるかと思ってはいるけど、めんどくさいからついつい後回しにしちゃうんだよなあ。こういう経験あるよね。
「土の質が違う場所があったみたいです」
おっと、こいつは当たりか?
三号は鉱物探索担当。直接現場付近に行って調査する、労働監督みたいなもん。意外に細かい作業や指示が得意なので重宝している。ちなみに一号は情報を纏める。二号は蟻以外の魔物と交渉したりする。そのほかにも担当を決めて育てている最中だ。
三号が言うには意外と近場の山で妙に土が盛り上がっている部分があったのでそれを掘らせるとあら不思議! ぶよぶよした土があったらしい。……ぶよぶよって何?
要するに柔らかい土みたいだけど……うーん、鉱物じゃなさそうだな。何だこれ?
なんか生物のは……だ……?
やべえ。猛烈に嫌な予感がする。
「よーし、全員離れろ! そいつは怪しすぎる!」
しかし、その警告は遅かった。
今まで山の一部だと思っていたそれは揺れ、いつしか崩れ始めた。そこからはユーモラスな、しかし巨大なとぐろを巻いた魔物が現れた。
「蛇……いや違う!?」
外見では蛇のようにも見える。しかし、ひれやひげらしきものがあることから、これは……魚だ!
「ハイギョか!? 何でこんなところにいるんだよ!? あ、くそ、こいつ冬眠してたのか!? いやそれにしたって川からどんだけ距離が離れてると思ってるんだ!?」
ハイギョの中には泥や粘液などからカプセルのような保護膜を作り、乾期でも陸上で耐えることができる種類がいる。肺魚と呼ばれるように、鰓ではなく、陸上生物のように肺で呼吸する。理由はよくわからないけど山の近くで休眠状態になっていたらしい。
そして、異常なのはその巨体。縦の長さだけならもしかしたらラーテル以上かもしれない。つまりそれだけに魔法も強力だということだ。
蟻達はいちいち指示を飛ばすまでもなく逃走を開始する。
弓で武装していた蟻だけは矢を放つ。
それは確かにハイギョの体に当たった……が、赤い血は流れずに、どろりと茶色の液体が流れてすぐに穴をふさいだ。茶色の魔光が発生していることからアレがハイギョの魔法だろう。泥を鎧のように纏っている。
「土……いや、泥か? まずいなこの魔法、明らかに蟻と相性が悪い」
ハイギョの魔法は土か泥を操るどちらかというとデバネズミに近い魔法みたいだ。魔法には優先順位のようなものがあり、同じ物質に作用した場合優先順位が高い魔法のみ効果を発揮する。そして多分ハイギョの魔法の方が蟻の魔法よりも優先順位が高い。
優先順位の関係で奴が操っている土には蟻の魔法を使えない。しかも相手はかなりの巨体。……これはまずい。なにが不味いってオレの近くにいることだ。もしかしたらこいつがオレの巣を襲うこともありうるんじゃ……。
しかし、逡巡している暇はない。ハイギョはぶんぶんとひれを動かし、暴れまわっている。
巨体だけにただ暴れるだけでも十分に脅威だ。すると今度はゴロゴロと転がり始めた。くそ、まさか巨体で押しつぶすつもりか!? 幸いにも誰一人としてけがはなかったけど、あんなのに押しつぶされたら間違いなく死ぬ。
今度は地面から噴水のように泥をはね上げる。こっちの視界を奪うつもりか!? 確かに泥が目に入るなんて想像したくねえ!
「ガアアアアアアア――――!!!!」
うるせえ! テレパシーで叫ぶんじゃねえ! こいつとは会話できるみたいだけど意思疎通はできるのか!?
っと、今度はまた暴れだした!
……? ?
何でそんな何もないところで暴れてるんだ?
さっきからパワフルだけどあんまり有効じゃない攻撃ばっかり繰り出して、それをオレが過剰に反応してるだけのような。攻撃がぬるすぎる。何故?
ハイギョは雨が降ると休眠から覚めると聞いたことがある。
……んー。こいつはあれだな。オレたちが掘った穴から入った水のせいで目が覚めたのか?
あれえ? さっきとは別の方面で嫌な予感がするぞ? まさかとは思うけどこいつ……
「ふわあああああああああ、あ~あ~、あっ」
うわあい大きなあくびだなあ。ゾウさんだって一飲みじゃないかなあ。はっはっは。
「寝ぼけてるだけかよおおおおおおお!」




