111 神の不在
テゴ村のサージさんから聞いたセイノス教の神話を纏めてみた。題して、
「蟻さんの、よくわかる神話講座!」
どんどんパフパフ!
まず初めに神と無がありました。
しばらくの間神は虚無っていましたがやがて唐突に閃きました。
「そうだ。世界作ろう」
というわけで神様は色々作りました。天とか地とかその辺に適当に作ったけど物足りなかったので動物を作りました。
ちなみにここでいう動物とは魔物も含めた動物で、この国では動物と魔物をあまり区別しないみたいだ。宗教的な意味合いが加わると厳密に区別するようだけど。
そして神様が初めに作った世界はどこまでも広がり、誰もが神の愛に包まれ安らかに眠っていました。
しかし、そこで悪魔が安らかに眠る魔物たちにこう囁きました。
「ヘイ、ユー! いつまで眠ってんだYo! 神様なんか無視して気ままにやろうぜ!」
真に受けた魔物たちは神様が大事にしていた宝石である貴石を盗み、好き勝手に悪事を成すことを覚えてしましました。
正直悪魔の言うことも一理なくはない気がするけどね。だって作られたからって創造主に従う義理はないし。ただいるだけで尊敬されるなんて間違いだとも思うけどな。
そんな個人的な感想はともかくとして神様は焦りました。
「こら何とかせなあかん」
というわけで神様パワーを使って、魔物たちを球の世界に閉じ込めることにしました。
神様は貴石を回収しなければなりませんでしたが、すでに悪魔の意思によって貴石は汚れて悪石になってしまっていたので、
「うわ! ばっちい! えんがちょ! 俺こんな汚いもん触りたくないから他のだれかに回収させよ!」
そこで神様はもっとも美しく、賢く、強い生き物を作りました。そう、人間です。それらはもっとも高貴な宝石である銀から作られました。……どうも銀を宝石の一種だと認識しているのかな? ダイヤよりも銀の方が貴重という価値観みたいだ。
「お前ら頑張って悪石回収してこい。砕いたらええからな。頑張っとったら死んでも楽園で幸せに暮らせるで。悪石全部回収したら生きとる奴も魔物もぜーんぶ救ったるから安心しいや」
そう言って神様は人間を送り出した。
しかし、信じて送り出した人間は自分たちの使命を忘れてしまいました。即落ち2コマです。そのせいで銀は白っぽいクオーツにランクダウンしました。
「おいこら、お前ら何忘れとんねん!」
そこで激おこぷんぷん丸な一人の人間は使命を思い出すように人々に説きました。ですが、
「はあ? 馬鹿じゃねーの? 俺らそんなこと言われた覚えねーし」
人々の視線は冷たい物でした。ぶっちゃけオレも同意見です。
しかしその人間は諦めず、人々に教えを説いて回りました。その人こそが救世主です。
さらに、人々は皆質素に暮らすべきであり、物質的な幸福に囚われてはいけない、みんな仲良くするとべりぐー、いつかみんな救われる! などの妄言の数々を繰り出しました。
馬鹿馬鹿しい論理を真に受けて、徐々に使命を思い出した信者も増えてきましたがそこでまたまじヤバな出来事がありました。
西から悪魔の力を手に入れた魔物が現れました。彼らは悪魔の力によって作られた「武器」を持っていました。槍、弓など悪魔によって汚れた武器の力はすさまじく、それによって傷つけられた人間もまた悪魔に憑りつかれてしまいました。
それは金色の髪と、長い耳をしており、まさに悪魔そのものという外見でした。それの名前を呼ぶことさえ禁じられており、いかなる名前だったのかはわかりません。
その名前を呼んではいけない魔物は悪魔パワーで再び人間の使命を忘れさせました。その魔物の首領は、
「姉ちゃんええ体してまんなー」
と言いながら毎晩毎晩女をとっかえひっかえしていたようです。うらやましいとか思った奴は廊下で立っていなさい。やっぱ男がトップに立ったらダメだな! という考えはこの辺からきているようです。
そして世界は悪魔の力に包まれた。だが、希望は潰えていなかった。……潰えればよかったのに。
神の啓示を受けた、後に賢皇と呼ばれる初代教皇が救世主の末裔たる銀色の乙女を見つけたのです。それこそが初代国王である銀王だ! などなど力説しました。
ちなみに救世主が銀色の髪だった記述は全くないのでどこをどう考えたら血がつながってることになるのかわかりません。
そして賢皇と銀王は二人で仲間を集め、名前を呼んではいけない魔物をぶち殺し始めました。
ある時は悪魔の力で呪われた人々を助け、ある時は病める人々を癒し、またある時は顔面から銀色の超光線(信じなくてもいいけど原文まま)を出して使命を思い出させました。
そしてある魔物の首領を打ち倒すことに成功しました。逃げ出したり、投降した魔物もいましたがもちろん何らかかの奸計邪智であることは疑いようがないので全員ぶち殺しました。
そして平和な時代が訪れました。そんな時代でも銀王は使命を果たすため魔物をぶち殺し続けました。……それ平和っていうのか?
戦い続けた銀王は一つ遺言を残しました。
「うちの家系から救世主が復活して、うちらを導いてくれるから大事にしてや」
セイノス教について言いたいことは色々あるけどまずこれだけは大声で叫びたい。
「金髪で耳長ってエルフじゃねえかぁぁぁぁぁ! 何絶滅させてんだあああああ! てめえらも絶滅させんぞおおおおおお!」
エルフがファンタジー世界にいんのは指輪からのお約束だろうが! ここがファンタジー世界かどうか怪しいけどそれでも魔法があるのに! な・ん・でエルフがいないんだよ!
ここにはまじでファンタジーっぽい生き物がいないのかなあ。ゴブリンも結局ネズミだったし、全部地球にいた生き物の形質と似てるし……今更期待できないなあ。
でも他にも色々わかった。
この国の文明の違和感、道具が妙に発達していない理由はエルフが武器を多少発達させていたからみたいだ。エルフと敵対していたので武器を使う生物全部悪い、という思考回路だな。どうも何かに傷をつける道具、例えば鍬なんかも禁止されているみたいだ。
多分エルフは銃火器みたいに魔法よりも圧倒的に性能がいい武器を持っていなかったんだろう。だから負けた。
もしかしたら宗教的に武器を禁止して、一般人が武器を開発しないようにしたのかもしれない。例えばもし地球で火薬が開発されなければ今でも弓矢で戦争をしていたかもしれない。
道具のレベルを無理矢理下げて国民が反乱した場合に備えていたとか。地球の戦争なら武器の性能が影響を与えるけど、魔法同士の戦いなら数が多い方が圧倒的に有利だ。なにしろ魔法は個々人によって性能差が少ないしな。体格とかで大体の威力は判断できるし。
次は転生者がいたのかどうかだな。第一候補は賢皇だな。後は銀王か。救世主も一応候補。もしそうなら多分中国人の転生者だ。
ただもしも中国人の転生者だったとしたら、一神教を広めた理由がやっぱりわからない。
何しろセイノス教は転生者を完全に否定している。
セイノス教には転生の概念がない。もしも転生者だったとバレたら自分で自分の首を絞めることになるんだけどなあ。しかし、救世主の復活を転生者の転生だと解釈すれば……無理があるかなうーん。
ただまあ、このセイノス教とやらはほぼ間違いなく捏造された宗教だ。
さっき言った武器の使用禁止や、魔物との戦いを積極的に行わせるのは明らかに信徒を自分たちに都合のいいように操るための方便だろう。
そもそも一神教自体自然に発生した宗教じゃなく、誰かに作られた……おっとこれ以上はまずいな。敵に回しちゃいけないところを敵に回すかもしれない。
話題変えよ。
ここの言語は中国語をベースにした別言語と考えた方がいい。やっぱり文化的な断絶は大きく、多分現代人と会話しても意思疎通は困難だろう。
例えば膨れ傷、という言葉がある。最初は何かわからなかったけど、どうも火傷のことらしい。
このようにちょいちょい意味が置き換わった言葉があるほか、完全に中国語とは思えない言語群がある。
宗教用語だ。漢字だと当て字のようなものが多く、言葉を聞いても違和感が強い。もしかしたら宗教はこの世界に文明をもたらした人間とは別の人間が作ったのかもしれない。
今更だけど……ここは本当に異世界なのか? 第一点として生物の相似。第二点として文化的接点。あまりにも地球と似すぎている。
しかしそれもまた異世界転生、ないしは転移によって説明はできる。
生物の相似は転移した生物が何らかの影響で魔物に進化して、文化は転生者がもたらし、なおかつその文化を魔物にアジャストさせた。……そう考えれば辻褄は合わなくもない。
ただのコピーじゃなくてきっちり独自の物に発展させているのはクワイの凄いところだ。発展させた奴はすごいな。発展させた奴は。
つまり転生の原理がわかれば地球に帰ることも……いや、もしもここが数万年後の地球で転生ではなくタイムトラベルだったとしたら? 中国語があるのもたまたま残っていた書物などから発見された物だったり……やめやめ。考えてもどうしようもない。いずれにしてもオレが知っている知識を完全に超えている。
今、わかることをどうにかしよう。具体的にはサージさんから聞きださないと。
小春が色々聞き出しつつ、聖典を読むサージさんの体力はすさまじく、ほぼ一日読みっぱなしでも平然としていた。これならオレが色々聞き出しても大丈夫そうだな。
「サージよ。お前に聞きたいことがある」
「神よ! 私の名前を憶えていたことを感謝します」
とりあえず無視。
「これを見ろ。これの役割、作り方を述べよ」
ひらりとサージの前に舞い降りたのは一枚の紙幣。以前狩人から拝借した紙だ。
「紙幣でございます。神が御定めになった。万物の価値を示す芸術品です。北の悪鬼と戦った聖人イリシャイが描かれております」
やっぱりか。どうやらこの紙の作り方は紙幣を作る国公認のチームがあり、そいつらが作っているらしい。浮世絵みたいなもんかな? 多分紙に芸術的価値を付与することで希少価値を持たせてお金として機能させているのかもしれない。
「北の悪鬼について何か知っているか?」
「多くはありません。スイガーと呼ばれる悪魔に憑りつかれているとか。その悪魔はかつて貴族を祟り、家々を焼き払ったと聖典に書かれております」
へえー。へー。へー。
かつての偉人を紙幣に描くのはどこの世界でも変わらないらしい。
んーそれとスイガーの呪い? なんかなんだかこう、既視感? うーんどっかで聞いた話なような。字はどんなだろう?
「スイガーという文字をここに書け」
「は」
そして紙に書かれた文字はこうだ。
崇徳
……何やってんだよ崇徳天皇ぅ! 異世界でも祟り神扱いかよ! おま、お前ぇ! だ、だめだまだ笑うな! サージに怪しまれちゃう! ごめんでもまさかこんなところであんたの名前を聞くとは思わなかったんだ。
まさかとは思うけど本人が転生したんじゃないよな!? どっかの誰かがすとちゃんの逸話を広めただけだよな。流石に自分で自分の悪評を広めたりしないよな。
てか祟りと徳……何を思ってそんな名前を付けたんだ? や、わからんけどさ。こいつらはその辺をどう思ってるんだろ。
「スイガーという言葉の意味は何か知っているか」
「悪魔や人の名には意味ある言葉を用いてはならないと仰せではありませんか」
そうなのか。変わった文化だな。普通名前には何か意味のある言葉を使いたがるもんだと思うけど。名前から意味を類推できないならテレパシーで誰が誰かを判断しづらいかもしれない。
もしかしたらオレが気付いていないだけで他にも地球の偉人の名前が出てきているのかもしれないな。
「次はこれだ」
謎のグミらしき物体。
「グモーヴにございます。神に近づき、勇者に変える神秘の食物です」
食べ物なのかこれ? どうも、キノコの一種らしい。聞いただけじゃどんな効果かよくわからないけど後で試すか。
「では質問に移ろう。この近くで巨大な獣が現れたはずだ。その獣はどうなった?」
みるみる顔を輝かせる。その反応で大体察した。
「お喜びください神よ! あの熊は聖女様が討伐しました!」
ここではラーテルのことを熊と呼ぶみたいだな。
そうか。倒されたのか。
アンニュイな気分にならないと言ったら嘘になる。この数か月奴を倒すことを目標にしていたし。ま、しょうがないな。できればオレが倒したかったけどな。
で、聖女って何? 聞くまでもなく話し出した。
「聖女様は我らもお救いになりました! あの方が神に祈りを捧げると天から光が差し、トカゲどもを浄化しました!」
「……お前はしかとそれを見たのか」
「いえ! 私の叔母がそう言っておりました!」
また聞きかい。超信用できない。恐らく何らかのプロパガンダだな。実際にそんな奴いるわけないだろ。多分ラーテルを倒したのは本当だと思うけど、それを何らかの方法で利用したのかな? ならオレもそれをまねようか。
「私が力を与えた聖女が活躍して私もうれしい」
サージはさらに顔を輝かせる。ちょろいなー。続けて質問だ。
「ではお前は海老が何をしているか知っているか?」
「海老ですか」
急に顔を陰らせる。神から魔物の話が出るのは気に食わないのか?
「あれはいかにマディールされたとはいえ魔物です。家に上げるなど不愉快なのですが……」
「家に上げているのか?」
「なぜそのようなことをお聞きに? マディールしているのですから、神は全てのマディールした魔物を動かしているはずでは?」
どうも、マディールについてちょっと思い違いをしていた。マディールとは魔物に知恵を与える行為のようなものかと思ったけど、実際には神様がラジコンみたいに魔物を操るイメージらしい。
徹底的に魔物に知恵があるとはみなさないのか。
「わかっているがお前の口から聞きたい」
「は……。海老は我らの家を水で掃除します」
「それは床などもか?」
「はい」
「では他には?」
「畑が乾いていれば水をやります」
「……それだけか?」
「はい。他には食器なども洗いますし、不浄を片付けるのも仕事です」
不浄……要は排泄物だな。……それだけ? ホントに?
……もしかして海老が紙を作っていることを知らないのか? 魔物をひたすら遠ざけている? いや、魔物について何も知ろうとしないのか。魔物には何の知識もない、という建前を貫くためにはそもそも接点をできるだけ少なくするのが一番なのかもな。もちろん海老から紙を受け取っている奴は誰かいるはずだけど、そいつが誰か、生きているかどうかすらわからない。
でも海老に掃除させるのは効率的だな。あいつの魔法は汚れとかも落とす……? なんか嫌な予感がする。
「それはこの村以外でも行われるのか?」
「はい」
えーと、もし<水操作>による掃除がありとあらゆる場所で行われているとする。何が問だ……あ。
ああ。
あああああ!
硝石! 硝石が採れねええええ!
硝石のもとになる硝酸を採る方法の一つに、民家や家畜小屋の土を採取して硝酸を煮詰める方法があるが、硝酸は水に溶けやすい。日常的に水掃除をしていれば硝酸は多分まともに残らない。
くそう。化学的に超重要な硝酸を手軽にゲットできる方法が潰えてしまった。時間をかけるしかないかなあ。
あ、サージが怪しそうにこちらを見ている。
なんか考えさせないために質問しよう。
「では最後の質問だ。クワイ以外にはどのような国がある?」
「? 国とは一体何でしょうか」
え゛。いやいや国って単語がわからんってそんなのありか?
「人々が暮らす集合体だ。クワイ以外にもあるだろう?」
「クワイ以外に人間が住まう場所があるはずはないでしょう?」
――――あかん。思考停止してまいそう。
まさか、この世界、少なくともクワイが認識できる限り、クワイ以外にヒトモドキが暮らしている国がない? こいつらなら魔物の共同体を決して国とは認めないだろし……。
つまり、最悪の場合この世界のヒトモドキは全てクワイに征服されている? なんてこった。すでに世界征服済みかよ。それ不味くね? クワイ人が全てセイノス教を信仰しているなら、事実上ヒトモドキと交渉することは不可能に近い。何このムリゲー。こうなったらヒトモドキ以外の魔物と交渉するしかないかな。
「どうかなされましたか?」
「いや、何でもない。これからお前は聖典を写せ。適宜質問されるだろうが、それらにも全て答えるように」
「は」
ほんの、ほんのわずかに疑問をもった声音だったがオレがそれに気づくことはなかった。
hikoyuki様よりレビューを頂きました。
ありがとうございます。これからも頑張ります。