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第一章 トール 幕間



          * 幕間 *



「お待たせしました」

 夕暮れが近づいてきた頃合い、洞窟の入り口近くで座ってた俺に森から出て来たトールが声をかけてきた。

 小一時間ほど出かけていた彼女が肩に担いでいるのは、シカ。

「すぐに捌いてしまいますので、もう少しお待ちを」

「うっ、うん……」

 すでに動いていないシカは、それほど大きくないからまだ成長中の子鹿なんだろう。首に大きく入っている傷は血の跡が残るだけで、新たな血は流れ出ていない。血抜きも済んでいるようだ。

 シカを地面において洞窟に入っていったトールは、棍棒の代わりに革を何枚かとナイフを手に戻ってくる。石のナイフとかじゃなく、ちゃんと手入れをしているらしい、錆びひとつない金属製のナイフ。

 革を敷物にして、毛皮にナイフを突き立て切れ目を入れたかと思ったら、トールはそれを剥ぎ、内臓を取り出す。一度洞窟の中の湧き水で全体を洗ってきてから、肉を切り分け始めた。

 動物を目の前で捌くなんてグロテスクな光景だけども、トールの素早く、鮮やかな手捌きに俺はむしろ見入ってしまっていた。

「どうぞ、タクト。足りなければたくさんありますから、言ってください」

 そう言って渡されたのは、肉。

 切り分けたばかりの、シカの生肉だ。

「え……」

 割と大きな塊には少し血がついていて、鮮やかな赤色をしている。生々しいほどに生の肉だ。

 顔を上げて見ると、トールは気にした様子もなく俺に渡したのと同じような生肉を口に運んでいる。美味しそうという感じはしないけど。

「どうかしましたか? シカ、嫌いでしたか?」

「いや、そうじゃなくて、シカなんて食べたことないけど……。あの、煮たりとか焼いたりとか、調理は?」

「調理?」

「ほら、細菌とか寄生虫を防ぐために加熱したり、美味しく食べるために味つけしたりとか……」

「えっと……」

 本気でわからないかのように、ぷっくりした柔らかそうな唇にちょびっと血をつけたトールは、肉のひと切れを飲み込み終えてから首を傾げる。

「――トールにとって、食事って何?」

「食事は食事です。お腹が空いていては動けなくなりますし、怪我の治りも遅くなります。腹を満たさなければ生きてはいけません」

「美味しいものを食べよう、とか思ったことない?」

「美味しいもの、ですか……。あっ、木の実や果物は好きですよ? 甘いものは大好きです。ですがそれらはいつも採れるものではないですからね。それになにより、力をつけるためには肉を食べるのが一番です」

「そうか」

「はい」

「火とか使ったり、しない?」

「オルグのときは常にひとりだったのでわかりませんが、トロールのときは寒い日は湯を沸かして飲んだり、身体を温めるのに火を焚いていた憶えはありますね」

 俺の前に脚を崩して座り、新たな肉を切り出してるトールは、きょとんとした顔をしている。

 ――そうか。トロールってそういう種族だったかっ。

 石器時代とかならともかく、刺身とかの生料理はいいとして、人間なら食事は調理して食べるものだと思ってたけど、考え違いだった。

 トールは元々トロールだったんだ。森とか山に住むという自然生活を営むトロールが、人間と同じように調理をして食事を摂るものだ、と無意識に考えていたのが間違いだった。

 見た目には背の高い人間でも、トールは人間じゃなかった。

 ――この世界の人間は、大丈夫だろうか。

 町をつくっているという人間族。

 しかしその人間も、俺が想像してるような人間なのかどうか、まだわからなかった。

 不安が胸の中を過ぎる。

「えぇっと、生肉はちょっと、苦手だから、火で炙ったり焼いたりとか、できる?」

「それはできますが……。少し待っていてくださいね。火をおこす準備をしてきます」

「うん、ゴメン。お願い」

 受け取った生肉を返して、不思議そうな顔をして近くの声だとかを拾いながら森の中に入っていったトールを見送る。

 訂正する。

 トールとここでふたりで生活してもいい、なんてのは間違いだった。

「贅沢までは言わない。でも俺はもう少し人間的な生活がしたいっ!」

 トールの姿が見えなくなった後、俺は微かに星が瞬き始めた空を仰ぎ、そんな言葉を漏らしていた。

 なお、塩すらないただ焼いただけの鹿肉は、肉々しさが強いだけで、決して美味しいものではなかった。




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