元、令嬢
「貴女には、二つの選択肢があります。書類を受け取り、『一身上の都合で』自主退学するか、『自業自得の醜聞を理由に』放校処分を受けるか。どちらになさいますか?」
黒髪の少女は、視線を落とし、軽く唇を噛む。
瞳に浮かぶのは、後悔の色。
平常なら薔薇色に輝く頬は、血の気を失い、結んだ唇だけがただ赤い。
未だ、13才。
皇女学院中等部、1年 東光寺 梓
それが彼女の名前である。
皇位継承権をもつ、東光寺の血筋の姫であり、皇太子の許嫁。
中等部自治会、白百合会の次期筆頭候補。
それも、昨日までの話。
外部入学生の無知に腹を立て、嫌がらせを繰り返した。
ただ、彼女は知らなかっただけなのに。
知るために、学徒となったのに。
始まりは、ただの親切心。
けれど、あまりにも違う常識に、いつしか言葉は強くなり。
大きな瞳に涙をためて、耐える彼女に、残酷な嗜虐心が芽生えてしまった。
無邪気な悪意で彼女を追い詰めた。
自分は手を下さずに、自分に心酔する同級生を動かして、彼女を追い詰めた事もあった。
教師は、気がついても何もしなかったし、それに気がついて更に増長した。
そうして、彼女は学校へ来なくなり。
昨日、すっかり窶れた彼女を連れて、怒りに肩を震わせてカフェテリアへ乗り込んで来たのは、許嫁たる第二皇子で。
証拠の品を梓にぶちまけ、婚約破棄を伝えた。
おまえは、私に相応しくない。
おまえは、人間のクズだ。
おまえは知らないだろうが、彼女は、僕の義妹だ。
おまえは、皇女に対して何をしたのだ?!
聞くに堪えない罵詈雑言は、梓を正気にかえらせて。
そうして、梓は一人になった。
(本当に、醜い)
梓は、自分にこんな感情があったなんて知らなかったし、昨日まで気がつかなかった。
罪を突き付けられて、断罪されて、我に返り。
始めて気がついたのだ。
「学院長、温情に感謝いたしますわ。」
顔をあげ、完璧な淑女の礼をとる。
「恥をしのんで欲を言えば、罪を償い汚名を返上したいのですが、流石にむりでしょう?」
寂しく微笑み、首を傾げる。
無表情で指を組んだ学院の長は、ピクリと眉を震わせ、ゆっくりと首を振る。
「そう、ですわよね。」
溜め息をつき、梓は口を開く。
「長い間お世話になりました。お会いするのも最後かもしれませんが・・・・・お元気で、お体に気を付けてくださいませ、おばあ様」
学院長、東光寺 梓乃は、その言葉に何か声をかけようと口を開き・・・結局、言葉を結ぶことができなかった。
亡き末娘が遺した大切な孫娘。
守る為に、なりふり構わず動く事も出来たかもしれない。
だが、泣きわめき、無様に哀れにすがるでもなく、凛と立つ少女は助けてくれとはけして言わない。
祖母を見つめる瞳に、媚びの色はなく。
ただ、浮かぶのは別れを惜しむ優しい笑み。
(本当に、誰に似たのか。)
梓乃は、表情には出さず胸中で苦笑する。
強情で、誇り高く、賢くて、愚かで。
「それでは、ごきげんよう。」
美しく微笑み、梓は学院長室を後にする。
梓の姿を、同級生は好奇の目で見つめるが、声をかけるものはだれもいない。
社交界の華にもなったであろう、蕾は、自分の毒に冒され、咲く前に落ちたのである。
以後、彼女の名を学院内で聞くことはなかった。
子供は残酷なのですが、責任を自分でとらねばならないのは身分があるものの責務です。
「東光寺 梓」はもう出てきません。