part5ダイナミックな通勤
次の朝、寒さで目が覚めた俺は驚きと同時に絶望を味わった。
「何で雪が積もっているんだ」
ホワイトクリスマスと言えば聞こえは良いのだろうが、今からバイトに行く俺としては雪が積もっていると交通網が乱れ、遅刻する可能性があるので最悪の気分だ。
「やはりテレビを買うべきか?」
湯を沸かし、餅をオーブンに入れて焼きながら俺は呟いた。
テレビを見ない俺は天気予報も見ない。
昨日の天気予報では都心で雪が降るだのなんだの言っていたのだろう。
横を見るとセガンがいびきをかいて寝ていた。
「おい、起きろセガン」
「寒い、寒いから起きたくない」
そりゃ寒いだろうな、暖房をつけていない部屋で布団もかぶらずに寝ているんだから。
「起きろ、朝飯を無しにするぞ」
「それは困るのじゃハッックション」
俺の一言ですぐさま跳ね起きたセガンは大きなくしゃみをした。
「この家は暖炉もないのか、寒くて死にそうじゃ」
今時暖炉なんてある家は見た事もない。
「そんなものは無い。ほら、朝飯だ」
俺はオーブンの中から焼けた二つの餅を取り出し、皿に乗せてセガンに渡した。
「これだけか?」
「これだけでもそれなりにエネルギーがあるんだ、この醤油をかけて食べるとうまいぞ」
「そうか、わしは大変な奴の家族になってしまったのう」
「うちは貧乏なんだ、仕方がないんだよ」
「孤軍、なんでそんなに貧乏なんじゃ?」
「親が殺された。だから俺が働いて金を稼ぐしかないんだ。でも、高校生が働いて稼げる金なんてたかが知れている」
「そうか、ならば頑張ってわしも稼ぐしかないな」
「ああ、頑張ってくれ」
「そう言えばなぜこんなに寒いんじゃ?」
「外を見てみろ、雪が降っているんだ」
セガンが外を見るために窓の方に行く。
「おお、確かに雪じゃな」
俺は心の中でセガンに感謝していた。
家族間での日常会話、家族が死んでからと言うもの、俺にはそれが無かった。
セガンが来たことでそれが久しぶりにできるようになった事はとても嬉しいことだ。
「おい、ボーっとしてどうしたんじゃ?」
「ああ、何でもない」
俺は皿の上の餅をほおばってごまかした。
「ところで、空って飛べるか?」
「飛べる。わしの世界では空を飛べることは基本中の基本じゃ」
「じゃあ俺を新宿まで運んでくれないか。そこで働くことのできる場所を教えるから」
今日は恐らく交通網がマヒし、電車が動かないだろう。
しかしバイトに行かないわけには行かないのでセガンに運んでもらうのだ。
「新宿ってどこじゃ?」
「あの二股に分かれた塔があるだろ、その周辺だ」
俺は都庁を指さしながら説明した。
「わかった、あの塔のてっぺんまで行けばいいのじゃな」
「ああ、目立たないように降りるんだ」
本来人が飛ぶことはありえないので目立つとニュースになってしまう。
「今から十分後に出発するぞ」
俺は身支度を整え、弁当を持って外に出た。
「来たか。空を飛ぶからわしの背中に乗ってくれんか」
俺はジャンプしてセガンの肩に手をかけ、背中にしがみついた。
セガンは呪文のようなものを唱え、最後に大声で
「トルネイドフライ」
と、唱えた。
するとセガンの足元に緑色の竜巻が出現し、セガンの体が宙に浮いた。
「す、すごい」
「新宿はあっちじゃな」
セガンの体はかなりの高さまで浮上し、移動を始めた。
「雲の上なら目立たないじゃろう」
雲の上ならばかなり寒いはずだが、寒さを感じないのは何故だろう。
そんな疑問が浮かんだが、そんなことを気にする必要はない。
「少し、いやかなり速くないか?」
どのくらい速いかと言えばさっきまで見えていたアパートが見えなくなっているほど速い。
「わしの飛行速度は国でもかなりのレベルじゃからな」
「速さを競う大会とかはあるのか?」
「ある、わしはその大会で十三位じゃった。他にも武闘大会や水泳大会とかもあるのじゃ」
何人出たのかわからないのですごいのかいまいちわからない。
「サッカーや野球は無いのか?」
「何じゃそれ、聞いたことも見た事もない」
「今度教えてやるよ。見ていると楽しいぞ」
かなりのスピードで飛行していたセガンの体がいきなり傾いた。
「どうした?うわっ!」
さらに急旋回したので俺はセガンの体から落下してしまった。
「いかん!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
「心配するな、わしが受け止めてやる」
落下し続ける俺をセガンが受け止めた。
「助かった・・・のか?」
「ああ、すまないな。わしがいきなり動いたばっかりに落としてしまった」
「セガン、どうしたんだ?いきなり傾いたり急旋回したりして」
「あそこを見てみるんじゃ」
セガンが指さした方向を見ると緑色の人型の生物がこちらを見ていた。
その生物は手足がとげのようで真っ白な羽が生えている。赤い目はこちらに敵意をむき出しにしていた。
「あれは何だ?」
「あーっと名前は・・・グリーンダートエンジェル。人を殺して養分にする植物モンスターじゃ。ちなみに天使ではない」
昨日言っていたこちらの世界にやって来たモンスターという事か。
「強いのか?そのグリーンなんとかは」
「わしの国の調査によれば毎年こいつに初心者の冒険者が食われているそうじゃ」
「それってそれなりには強いってことじゃないか!大丈夫なのか?」
「しっかりお前が掴まっていれば大丈夫じゃ」
俺はその言葉を聞くとセガンを掴む手の力を強めた。
「キシェエエエエエ」
セガンが動く前にグリーンなんとかが向かってきた。
セガンが後退しながら早口で呪文を唱える。
「バーニングフィスト!」
衝突寸前にセガンが唱えた言葉と共に右の拳が燃えだし、その拳はグリーンなんとかの顔に叩きこまれて殴り飛ばされ空中で燃えながらバラバラになった。
「まあ、こんなもんじゃな」
「あいつ、絶対に戦う相手を間違えたよな」
グリーンなんとかはおそらく俺を狙って襲ってきたのだろうが、その前にセガンが強いという事を見落としていたのだろう。
「さて、では新宿に向かうとするか」
「そうだな、速く行かないと遅刻してしまう」
十分後、セガンは都庁の屋上に降り立った。
「ここからどうやって降りるんだよ」
「あそこに目立たなさそうな場所があるからあそこに降りるのはどうじゃ?」
セガンは新宿中央公園を指さした。
「目立たずに行けるか?」
「わしらの事は誰も見えてはおらんのじゃ。出来損ないの透明化の魔法を使っておるからのう」
「出来損ない?」
「透明化の魔法を使うとかなり大きな音が出る。だから隠密活動には向かないのじゃ」
「それは出来損ないだな」
いくら透明化しても音が出てしまっては音で居場所を見つけられてしまう。
「試しに使ってみるのじゃ」
セガンが呪文を唱えるとセガンの姿が消えた。
しかしそれと同時にレーシングカーに似た大きな音が流れ始めた。
「うるさい!」
俺達が飛行している間この音が流れていたのか。
どうやら魔法の対象者にはこの音は聞こえないようだ。
「どうじゃ、出来損ないじゃろう」
「もういい、速く新宿中央公園に降りるぞ」
俺達は新宿中央公園の中に降り、透明化の魔法を解除した。
「いいか、俺は今からバイトに行く。この道を真っ直ぐ行くと交番と書かれた建物があるからそこでハロウワークはどこですか?と聞け。そうすれば親切な人が場所を教えてくれる。後はハロウワークに入ったら中の人に聞いてくれ」
「わかった。バイトがんばってこい」
「これは弁当だ。おにぎりが二つ入っているから昼に食べろ。アパートの場所はわかるな。十時には帰ってきてくれ」
セガンと別れ、俺は積もった雪をかき分けながらバイト先の喫茶店に向かった。