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86 逮捕

 それから祐介とすみれは、すっかり日の暮れた田んぼの中、御巫家へと車を走らせた。根来警部は、祐介とすみれが並んで部屋に入ってくるのを見ると、少しばかりショックを受けたような顔をしていた。そんな馬鹿な勘違いには付き合ってられないと、祐介はすぐに、例の推理を根来警部に伝えた。根来はしばし呆然とした様子であったが、彼はすぐさま尾崎蓮也を逮捕しなければならないと思い直した。

「しかし、どうする? 証拠がないぞ……」

「それについてですが、彼は事件が終わった今、ある場所に向かうことでしょう……その行動によって露見するかもしれません……」

「ある場所?」

「とにかく、尾崎蓮也を張り込んでおいて、彼が動き出したら尾行するんです」

 祐介は、そんなことを言った。根来にはこの意味がはっきりとは分からなかった。しかし、祐介の言う通り、根来は尾崎蓮也を監視することにした。

 当の尾崎蓮也は自宅から動かない。ところが、深夜になってから、尾崎蓮也は自宅の裏口から出て、自動車でどこかへ向かった。粉河がこれに気付き、すぐさま根来に連絡を入れた。

 このようにして、尾行が始まった。尾崎蓮也は、どうやら栃木県方面へと向かっているようだった。

 根来警部と祐介、そして粉河の乗った自動車は、尾崎蓮也の自動車を追いかけた。ところが、ある山道で車を完全に見失ってしまった。

 根来警部は悔しげに呟いた。

「悪魔は逃げ失せたか……」

 ところが、祐介はそんなに残念に思っていなかった。

 尾崎蓮也は果たして、どこへ行ったのか。祐介には一つだけ心当たりがあった。


 後々になって、尾崎蓮也の母親の名は尾崎聡子ということが分かった。そして、父親は分からなかった。しかしながら、尾崎蓮也の父親が、御巫遠山だということは明らかだった。

 彼は、姉を殺し、姪を殺し、父親をも殺したのだ。そして、彼が全てを終えた今、向かった先はどこなのか。それは、栃木県の母の実家がある村ではないだろうか。そして、そこには母聡子が沈められた沼があるのだった。

 尾崎蓮也は、高川の日記を読んでいた。それは、この後に高川夫人の証言で明らかになった。彼は今、その沼に訪れているのではないかと思った。彼は母のために復讐を続けたのだ。最後には、すがるような思いで母の元へとひた走ったのではないか。


 祐介たちは車を走らせて、栃木県のその村へ急いだ。そして、車を降りると、沼へと通じる森の中へと入って行った。全てが終わりを告げたように森はしんとしていた。

 その森の中に、例の底なし沼があった。そこには誰の姿もなかった。

「勘違いじゃないのか?」

 根来警部はぼそりとそんなことを言ったが、祐介には揺るぎない直感があった。しばらく待っていると、闇の彼方に、懐中電灯の明かりが煌めいた。それをじっと見ると、だんだんと尾崎蓮也の姿が現れてきたのだ。尾崎蓮也は、根来たちに気付かずに、沼を無言で見つめていると、思い直したように、しゃがんで紙袋を開いた。そこから、血のこびりついた灰皿を取り出した。蓮也はそれを、沼に沈めようとしていたのだ。

「かかれ!」

 根来警部は大声を張り上げると、暗闇の中から尾崎蓮也に飛び込んでいった。不意を突かれた尾崎蓮也は、灰皿を放り投げると、一目散に闇の中へと走り去っていった。根来警部も、その闇の中へと走り込んで行ったが、途端に何も見えない真っ暗闇であった。

 祐介は、血のこびりついた灰皿を拾い上げると、

「復讐が成功したことを告げにきたのだ……」

 と憐れむように呟いた……。


 尾崎蓮也は、ひたすら闇を駆けていた。そして、木の根に躓いて、転んでしまった。尾崎蓮也は、痛みに喘ぐと、途端に悲しみが降りかかってきた。

「なぜ、なぜ……」

 蓮也は、自分の情けなさに泣いた。自分のやってきたことは何だったのだ。こんなことで全てが終わってしまうのか。あの灰皿は、警察の手に渡ってしまった。もう一巻の終わりだ。

 それから蓮也は、泣き疲れた赤子のように仰向けになって、暗闇の空に星が瞬くのをじっと見つめた。ああ、母はあんなところにいたのか。

 その時、蓮也は自殺をする決意をした。自分もあそこにいる星になろうと。そして、ふらふらと立ち上がると飛び降りる崖まで歩いていくことにした。膝はガクガクと揺れた。そうして、苦しいため息をつくと、その後で吸い込んだ空気には土のカビ臭い匂いがした。

 尾崎蓮也は、だんだんと眩暈に襲われた。もう駄目だ。……その時、懐中電灯の眩い光が顔面を包んだ。母だ。そう思った蓮也は、一歩踏み出したが、それが根来と粉河の懐中電灯の明かりと気づいて、慌てて逃げ出そうとした。しかし、すぐさま尾崎蓮也は根来と粉河に腕を取られて身動きが取れなくなった。

 ……尾崎蓮也は叫んだ。

「死なせてくれ!」

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