85 真実との駆け引き
「尾崎蓮也が、日菜さんを殺そうと思い立ったのは、まさに口寄せの席において、口寄せの内容を聞いた時のことでした。彼はそれが全て、八年前の出来事を語っているのだと理解したのです。そして、その巫女が月菜さんではなく日菜さんであること、彼女の記憶がよみがえったことも全て理解できました。そして、口寄せの中で自分の外見が語られていることも分かり、いよいよ、彼は日菜さんを抹殺しなければならなくなったのです。
彼は咄嗟に、日菜さんを殺す計画を立てました。しかし同時に、現場にさまざまな演出を施すことにより、そこにある種の効果を持たせることにしたのです。
それは何よりも周囲の人間に、口寄せの内容が、過去の殺人の記憶であり真実が語られているということから目をそらさせ、別な解釈を与えることでした。
それは第一に、口寄せは、過去の記憶を語っているのではなく、未来の殺人予告を語っているのだと信じ込ませること。第二に、口寄せの内容を、過去の記憶ではなく、見立て殺人に思わせること。第三に霊媒殺人と思わせて、巫女である月菜さんに容疑をかけることでした。第四に月菜さんの発言にのっとった殺人を行うことにより、月菜さんに容疑をかけることでした。
尾崎蓮也は、彼岸寺付近で日菜さんを探していたのでしょう。日菜さんは、月菜さんに温泉で会うと、自分には行く場所があると言って出かけたのです。そのまま、予備の服に着替えて、岩屋へと向かいました。自分の記憶が本当に現実のものなのか確認をするために。ところが、その途中で尾崎蓮也と遭遇したのです。そして、二人は橋の上まで行きました。尾崎蓮也が見立て殺人のことを思いついたのは、この時なのかもしれません。そして、日菜さんは絞殺されて、川に突き落とされたのです」
すみれはその時のことを想像して、息を呑んだ。
「ところが、尾崎蓮也はここで腕時計を川の中に落とすという大失態を犯してしまいます。おまけに、彼のみが容疑者の中でアリバイのない男性ということで、容疑をかけられてしまったのです。しかし、彼は日菜さんと月菜さんがすり替わっていたことを知っていましたから、月菜さんがそのことを証言するだろうと思って、安心していました。そうすれば、死亡推定時刻は拡がり、善次にも犯行が可能となるのです。
ところが、月菜さんはなかなか双子のすり替えについては証言しませんでした。彼は、このことにいきり立ったことでしょう。そこで彼は、月菜さんに心理的圧迫を加える意図で、第二の殺人を起こしました。こうすることで、双子のすり替えに温泉で居合わせて、唯一、その変化に気づける第三者であった絢子さんも永久に口を塞いでしまったのです。途端に、真実を知るものは自分しかいないということと、絢子さんが殺されたショックの二つが、月菜さんに真実を喋ることを促したのです。さらに偶然にも、兄の信也さんが窃盗を行ったことが露見して、月菜さんは真実を喋ることになりました。
そもそも、彼にとってみれば、何よりも大事なのは第二の殺人でした。彼は、はじめから口寄せの中で、自分の外見に触れられている箇所に、別な解釈を加えたかったのです。そして、見立て殺人を行うとしたら、そのためには、誰を殺すのが適切かと考えた末に、このような月菜への心理的圧迫の効果を狙って、絢子さんを殺害することにしたのです。
そして、彼は月菜さんが双子のすり替えについて証言したことに安心し、善次にも犯行が可能ということが分かったところで、締めくくりとして、第三の殺人を行うことにしました。それこそ、口寄せの内容に別な解釈を施す作業の締めくくりであり、完成を意味していました。その適任者は、御巫遠山で、彼を殺せば、自分の動機を知るものも抹殺されて、真実は永久に葬り去られるのと同時に、八年間に及んで精神的な死、すなわち崩壊的な状態にある遠山に、肉体的な死を加えて、全てを完結させるつもりだったのです。
この第三の殺人では、彼はもはや自分自身に容疑をなすりつけるようなことはしなくても良かったのです。ただ、容疑を被せられているというイメージを安全保障として、自然と容疑者から抜け出そうとしていたのです。
この第三の殺人を通して、犯人は、全ての事実を闇に葬るつもりだったにも関わらず、既に死んでいる遠山の後頭部を灰皿で殴るという、いささか不合理な行動に出ました。ここから、灰皿に対する犯人のこだわりが露見したとしても、犯人は、灰皿で後頭部を殴るという行為を行わないではいられませんでした。それは、遠山の死によって、全てを闇に葬り去られることは、尾崎蓮也の動機である聡子さんの死の、あの忌まわしさすらも全て、忘れ去ることと同じように思えたからでしょう」
……祐介はそう喋り終えると、すみれの反応を待った。すみれはじっと考え込んでいるようだった。




