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84 証拠について

「僕たちが尾崎蓮也を疑わしくないと思ってしまったのは、この犯罪があまりにも彼におあつらえ向きで、彼以外に容疑者がいないことが明白であったからでした。アリバイのない男性は彼しかおらず、第一の殺害現場からは腕時計、第二の殺害現場からは指紋のついた碁石が見つかりました。そのため、彼は犯人に罪を被せられているのだと信じ込んでしまったのです。そして、彼以外にも犯行が可能であることや、腕時計が偽りの証拠であること、指紋のついた碁石が不自然であることを証明した時、あたかも、僕たちは真実に一歩近づいたような快感を受けたものでした。

 ところが、僕は第三の殺人においては、犯人が尾崎蓮也に容疑をなすりつけるようなことを何もしていないことに気づいて、きわめて不自然だと思いました。そこで、僕は犯人は尾崎蓮也に罪を被せたいなど、はじめから思っていなかったのではないかと思いだしたのです。

 振り返ってみれば、第一の殺人で、彼のみが容疑者の中でアリバイのない男性となったのは、犯人の意図ではなく、単なる偶然にすぎないのです。なぜならば、あれほどまでに大勢の人間の行動を操作することは、犯人とて不可能なのですから。

 そして、第一の殺人で、尾崎蓮也の腕時計が川の底から見つかったのも、犯人の意図ではなく、偶然にすぎないのです。犯人が尾崎蓮也の腕時計を現場に残して、彼に罪を被せようと思っていたのであれば、なぜもっと分かりやすい場所に残さなかったのでしょうか。川の底では、果たして、見つけられるかも分からないところです。もっと、大胆に橋の上に置けば良かったのです。そこには、見せびらかそうとする感覚が非常に希薄だったのです。

 それに尾崎蓮也が家に帰宅するまで、腕時計がなくなったことに気づかなかったというのも、いささか、不自然な話だと思いました。

 それに、人間がつけている腕時計を、それも橋の上ではなく、川の底に落とすということは、きわめて不自然なシナリオです。犯人は、なぜこんなリアリティーのないシナリオにしようと思ったのでしょうか。僕は、これは犯人のシナリオではなく、本当に起こった偶然だからこそ、リアリティーという外見に欠けていたのだと思いました。つまり、事実は小説より奇なりの言葉の通り、これがシナリオとして不自然であるだけに、小説ではなく、事実だったのだろうと思ったのです。

 尾崎蓮也は、死体に傷をつけないということを意識して、殺害直前に腕時計を外したのです。これはまさに文化財を扱う人間の行動としては自然なものです。そして、彼は日菜さんとの格闘の末に、足で時計を川の底に蹴り落としてしまったのです。

 しかし、第二の殺人においては、あからさまな形で碁盤が置かれ、そこには尾崎蓮也の指紋が残った碁石が並んでいました。これは明らかに犯人の意図によるものです。指紋のつき方が、中指のものがないのが不自然だということになって、いよいよ尾崎蓮也は犯人に罪を被せられているという話になったのです。ところが僕は、これをかえって不自然だと思いました。碁石が盗まれたということですが、問題なのは親指と人差し指の指紋しか残っていない碁石を、どうやってこれほどの数集めたのかということです。言うなれば、それは中指の指紋がない碁石です。それは、碁石を洗った時だとも考えられますが、それでも多くの石をまとめて洗う際には、手のひらにまとめて乗せて碁笥に戻すでしょうから、一石一石に親指と人差し指の指紋だけ、くっきりと残るわけにはいかないものです。ですから、この親指と人差し指の指紋だけついた碁石というのは、不自然な証拠におあつらえ向きであるだけに、かえって不自然だったのです。

 僕は、この碁石は怪しまれたいが為にわざと怪しくした証拠だと思いました。そして、それは第三の殺人で、尾崎蓮也が殺したと思わせる証拠が何も残されていないことによって、いよいよ、明確になったのです。

 彼はそれまで何を待っていたのでしょうか。彼は、自分を容疑者に仕立て上げながらも、その疑惑を逃れるそのタイミングを待っていました。それは月菜さんが、日菜さんとすり替わっていたと証言することを待っていたのでしょう。これによって、善次のアリバイが崩れ、彼にも犯行が可能となり、自分は唯一のアリバイのない男性という容疑から、免れられることを予測していたのです。しかし、月菜さんはさまざまな勘違いによって、なかなかこのことを人に話そうとしなかったのです。

 そこで、月菜さんに心理的圧迫を加えるために行ったのが、第二の殺人です」

 祐介はそこでふうと一息つくと、すみれの瞳をじっと見て、

「ちょっと疲れましたか?」

「いいから、早く次を話してください」

 祐介は、予想外に積極的な返答にやれやれと思いながら、また真剣に話し始めた。

「それでは、犯人の視点で、この事件がどのようなものだったのか、お話しするとしましょう……」

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