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82 口寄せの本当の意味

「月菜さんも語っているように、日菜さんは記憶を復活させるまたとない機会を得たのです。八年ぶりにこの五色村に訪れ、事件当時の関係者と再会し、極度の高揚状態に陥る口寄せを行ったのです。これによって、彼女は多大なる刺激を受けました。そして、あの口寄せの席で、確かに彼女は事件当時の記憶がよみがえったのです。そして、そのことを踏まえて、あの時、彼女が語ったことをもう一度、思い出してみましょう。彼女は、自らを「御巫菊江」と語りました。ここは、ひとつの刷り込みの結果だと思います。彼女は、呪文を唱えて、つまり御巫菊江という名前を何度も口ずさんでいたのですから、そこから彼女が「御巫菊江」だと語ってしまったとしてもおかしくはない。

 問題はその次で、彼女はこう語りました。『……あれは、忘れもしないあの日のことだ……私は……私に歩み寄ってくる人影を見た……その時……包丁が光っているのを見たのだ……そうだ……それから私は血が噴き出すのを見た……そうして血に染まった自らの体を見たのだ……その時、私の目の前に人が立っていた……』

 すみれさん、お分かりでしょう。日菜さんが何を語っていたのか、はっきりと。僕たちは、これを御巫菊江の視点で自らが殺されるところを語っているのだと、つい思いましたが、これは幼き日菜さんが見た光景そのものですよ。あの時、鉄の扉に寄りかかっていた菊江は、目を覚まして、日菜さんの方へ七メートルばかり歩いてきたのです。そして、その菊江の胴体には、まだ出刃包丁が突き刺さっていたのです。それから、日菜はその包丁を引き抜き、血が噴き出すのを見たのです。その時、彼女の目の前に立っていた人影とは誰のことか。菊江のことですよ」

 祐介は、淡々とした口調ではあったが、どこか熱を帯びていた。

「それから、胡麻博士は巫女にこう尋ねました。『それは男か、女か』と、それに対して彼女は『……目の前に立っていたのは女だった……それから……私は暗闇の中に……私は暗闇に包まれた……』と答えました。母親のことを女などと語るのはおかしいですが、それは胡麻博士の質問にストレートに答えたためです。そして、暗闇に包まれたというのを、僕たちは菊江が死んでゆく感覚を語っているのだと思いましたが、日菜は、木箱の中に隠れて、確かに暗闇に包まれたのです。この時の暗闇の印象が、彼女の潜在的な記憶として焼き付いていたのだと思います。

 そして、彼女はしばらくしてから『……八年前の悲しみが……今に罪深きお前たちを殺すことになるだろう! ……八年前の私の気持ちがお前たちに分かるか……八年前の私の気持ちがお前たちに分かるか……! 八年前の悲しみが……今に罪深きお前たちを殺すことになるだろう……今に罪深きお前たちを殺すことになるだろう……これから殺されようとしている……憐れな者ども』と語りました。さらに、この後も同じ言葉が続くのですが、僕たちはこれを我々に投げかけられた言葉だと思いました。しかし、奇妙なのは、この言葉は三つの台詞の繰り返しに過ぎないのです。「八年前の悲しみが……今に罪深きお前たちを殺すことになるだろう」 「八年前の私の気持ちがお前たちに分かるか」「これから殺されようとしている……憐れな者ども」この、三つの台詞が、一字一句間違えずに繰り返されているのです。人間の言葉というのは、このように変化のつかない言葉を機械的に繰り返すということはあまりありません。何かしら、変化がつくものです。だから、これはこの時、日菜さんが考えて語っているのではなく、何か強く印象にこびりついた言い回しを思い出して、繰り返しているのだと思いました。

 そして、この台詞は、事件当時、日菜が目の当たりにした光景、すなわち、犯人と菊江が対面していて、これから刺されようとしている時に、犯人から菊江に投げかけられた三つの台詞だったのではないかと思ったのです。そうして見ると「……八年前の悲しみが……今に罪深きお前たちを殺すことになるだろう」「八年前の私の気持ちがお前たちに分かるか」という台詞の「八年前」というのは、僕たちから見て八年前ではなく、そこからさらに八年前……すなわち、十六年前のことを表しているのだと分かるのです。その時、これから殺されようとしている憐れな者どもとは、菊江のことであり、精神的な死に追い込まれる御巫遠山のことであり、不審な自殺を遂げた高川教授のことでもあるのです。

 そこまでが、ひとつの印象を語っていたのだとしてら、そこから日菜はさらに衝撃的な情景を追想していくことになるのです。『そうだ……三人だ……三人いる……見えるぞ……赤い色……その下に横たわる人影が見える……流れ落ちる……溢れかえる』これは間違いなく、殺人予告ではなく、殺人の追想なのです。過去の出来事を僕たちすっかり未来に起こるものだと錯誤してしまったのです。では、この台詞の三人とは果たして誰なのか。僕は、その時に現場にいた三人のことだと思います。つまり、御巫菊江、犯人、そして日菜本人のことです。

 赤い色とは血の色のことであって、三途の川のアーチ橋のことではありません。流れ落ちたり、溢れかえったりしているのは、水ではなく、血です。三人の中で、誰よりもこの印象が先にきたのは、母親から血が噴き出して死に絶える光景があまりにも印象的だったからでしょう。

 その次の『……見えるぞ……白に……黒の……そして……ご……ご……ご……私には見えるぞ……その人影が……』この言葉は、犯人の外見を表しています。そして「ご」とは何かということが、もっとも問題となるのです。しかし、この説明は少し後回しにします。

 その後の『……そして……息も出来ぬ……紐が絡み付いている……まっすぐな光が見える……最後の人影はどこにも見えない』というのは、日菜自身のことで、木箱に隠れた日菜は実際に息ができないと感じたのでしょう。しかし、首が縛られているとかいうような肉体的な要因ではありません。彼女は、母親が殺されるのを見て、息もつかぬ心境だったのです。その後、紐が絡み付いているのは、木箱の中にあったしめ縄のような結び目のある紐のことです。そして、まっすぐな光とは、木箱の蓋の隙間から入り込む光のことです。そして、最後の人影がどこにも見えないのは、それが自分自身だったからです……」

 祐介はそう言うと、悲劇を物語る木箱を見つめた……。

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