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81 岩屋のトリック

 二人は彼岸寺の前で車から降りなければならなかった。そして、彼岸寺の裏側の野道を歩いて、忌まわしき三途の川を越えた。その先は、緩やかな坂道で、その丘の上に鉄の扉のついた洞穴があった。これが岩屋だというのである。

 祐介は、その扉が壊されたままであることを知って、五色村の習俗は、実はすでに死に絶えていたのだと感じた。

 二人が洞穴内に足を踏み入れると、死の静寂に包まれた薄暗い洞穴の眺めが浮かび上がった。祐介は、壁にあるスイッチを入れた。ランプのような歪んだ明かりが灯った。それは、どこか常軌を逸した、妖しく淫らで狂わしい空間だった。


「ここで、御巫菊江は口寄せをしたんですね」

 祐介は真新しい事実のようにそう呟いたので、すみれは首を傾けた。そんなことは知っていた。私は根来警部の娘なのだ。

「羽黒さん。一体、どんな真相に気づいたんですか?」

「これは、恐ろしい事実です。十六年前、栃木県の村で、御巫遠山は愛人の聡子さんを殺害しました。彼は灰皿を振り上げて、愛人の聡子さんの頭を殴打したんです。そして、その遺体は栃木県の村の沼の底に沈められたんですね。これには高川教授もまた関与しているのです。そして、まさにこれこそ、一連の事件の動機に違いないのです。それを象徴しているのが、第三の殺人です。御巫遠山は、絞殺された後に、灰皿で頭部を殴打されている。死んだ人間に対して、そのような攻撃を仕掛けても、何の意味もないと考えるのが常人の判断です。しかし犯人は、御巫遠山の頭部を灰皿で殴らざるをえなかった。それは、一連の殺人が御巫遠山の愛人、聡子さんが殺されたことに対する復讐だからなのです。灰皿は、復讐の象徴的な意味合いをもっていたのです」


 祐介はそう言うと、憐れなものを見るように岩屋を眺めていた。

「犯人は遠山に復讐をしようとしました。そして、もっとも残忍なやり方を思いついたのです。それは、御巫遠山本人ではなく、遠山が可愛がっている娘の菊江を殺害することです。人間は残される方がつらいとも考えられます。御巫遠山を不幸に落としながらも、彼を生かし続ける。そうすることで、彼は苦しむことになるのです。それが八年前の殺人でした。そして、事実、遠山は学会から離れて、寂しい人生を歩み始めたのです」

「そんなことをした犯人とは誰ですか!」

「それを説明する前に、この密室の謎を考えてみましょう。まさに、この岩屋で起こったことが現在の連続殺人事件につながってくるのです。

 この日、菊江さんはこの岩屋で口寄せをしていました。そして、日菜さんはそこの木箱の中に隠れていました。おそらく、隠れんぼをしながら、こっそりと母親の様子を見ていたのでしょう。そこに犯人がやってきたのです。犯人は、斧を使って、無理矢理、この鉄の扉をこじ開けました。そして実際には、この時に扉の閂は壊されたのです。犯人は、菊江さんに対して、色々と動機を語りました」

「ちょ、ちょっと待ってください。どうして、そんなことが分かるのですか?」


「そのことは後でお話しします。しかし、間違いなく、犯人は菊江さんに動機を語りました。そして、犯人は出刃包丁を振り上げて、菊江さんに刺したのです。それから犯人は」

「それから、どうしたんですか?」

 すみれはどんな意外なトリックを起こったのだろうと目を輝かせた。ところが……。

「犯人は、鉄の扉を閉めて、出て行ったのです。それで、犯人のやったことは終わりです」

「何ですって、それじゃ、密室なんかにならないじゃないですか」

「ええ、ですから端っから密室なんか無かったのです。それを勘違いさせたのは、菊江さん自身の行動でした。菊江さんは即死ではありません。おまけに彼女は、出刃包丁が体に突き刺さったままでした。その場合、包丁が栓になっていて、あまり出血しないんです。それに、分厚い巫女装束を羽織っていますので、血は服の内側に流れるばかりでした。だから、血の跡があまり床から見つからなかったのです。

 彼女は、犯人が逃げて行ったのを見て、鉄の扉の内側にもたれかかったのです。それは何故か。犯人の追撃を免れるために、です。いいですか。扉の閂は、すでに壊されています。だとしたら、死体を発見したという人びとが、扉に閂がかかっていると勘違いしたのは何故なのでしょうか。それは、扉を押しても開かなかったから。だから、閂がかかっていると思ったのです。しかし、扉を抑えていたのは菊江さんの体重だったのです。


 菊江さんは、扉の体当たりを受けて、その振動で目覚めました。そして、彼女は洞穴の奥に立っている日菜さんを見たのです。そして、どうにか起き上がると、日菜の方へと歩いて行ったのです。自分が死にかけている時、娘に会いにいこうと思うのはむしろ自然です。ところが、ここで日菜さんが、とんでもないことを思いついたのです。幼い子供の目にも、母親が死にそうなのは見て取れます。そして、その元凶が、突き刺さったままの出刃包丁だというのも見て取れるのです。

 日菜は、この元凶である出刃包丁を引き抜こうと躍起になったのです。それは小学生でも、自然と思いつくことです。ところが、そのせいで、それまで栓になっていた出刃包丁が引き抜かれて、一気に血が噴き出しまったのです。だからこそ、日菜は血まみれだったのです。菊江さんが失血死したことを考えると、日菜さんは止めを刺してしまったということになります。日菜さんは驚いて、木箱の中に戻ったのでしょう。

 程なくして、菊江さんは死亡。鉄の扉は再度、斧で叩き壊されて、死体発見者が洞穴になだれ込んできました。この時、菊江さんは扉から七メートル先に倒れていました。トリックと言ったら、これぐらいです。まあ、トリックというほどのものでもありませんがね」

 すみれは頷いた。

「これが今の事件と、そんなに関係があるんですか?」

「大有りですよ。なぜならば、口寄せが本当に言わんとしていることは、この岩屋での出来事なのですから……」

 祐介はそう言って、再び頷いた。

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