78 密室の謎
それは八年前の八月の夜更けのことだった。御巫菊江は誰かの霊を降ろそうとしていた。そして、あの陰気な岩屋の中にいたのである。彼女は、黙々と口寄せを行っていた。彼女はどの程度、トランス状態に入っていたのかは想像できない。
そして、どういうわけか知らないが、その岩屋の、木箱の中には娘の日菜が隠れていた。彼女は眠っていたのかもしれない。
菊江は巫女装束の上から刺されて、失血死していた。
死体を発見したのは、今回、五色村の彼岸寺に集まった面々であった。胡麻博士も五色村に訪れていた。しかし、この場に尾崎蓮也はいなかった。
日菜がいないことを心配して探していた人々は、すぐに岩屋から菊江の声が聞こえず、問いかけても返事がないことに気づいた。彼らは、菊江が危険なトランス状態にあると判断して、ドアを開けようとした。
面々は、ドアが開かないことを確認して、体当たりをした。しかし、閂がかかっていることが想像できて、すぐに斧が用意された。斧を叩きつけて、鉄のドアは開かれた。
……岩屋の中で、御巫菊江は、血まみれになって倒れていた。
岩屋の扉は、内側から閂がかかる造りである。しかし、その位置は高く、また硬かった。日菜の握力では開けることができないのだった。そして、複雑な回転を要するので、瀕死の菊江にもこの閂の開け閉めをすることは不可能と考えられた。
また、閂には誰の指紋もついていなかった。菊江も、日菜もこの閂には触っていなかったのである。
つまり、現場は当時、密室状態だったということなのだ。
ただひとつ奇妙なことは、日菜の体に大量の血がこびりついていたことである。それは菊江の血だった。なぜ、日菜は菊江の血を全身に浴びたのだろうか。ここに大きな疑問がある。
大きな疑問は、さらにもう一点ある。現場には、出刃包丁が落ちていた。それは殺人の凶器だ。犯人は凶器を持ち去らなかったのだ。
そして、被害者の倒れていた位置も問題である。被害者は、入り口から七メートルほど離れた洞窟の鏡の前に倒れていた。そして、入り口付近には血はほとんど垂れていなかった。ただ、数滴ばかり血痕が確認されたが、それは犯人が浴びた返り血が床に滴ったものだろうということだった。
日菜は記憶を失っていた。殺人の記憶がそっくり消えていたのである。彼女は記憶が回復しつつあったが、それでも彼女がその時、何を見たのか、日菜自身でさえも分からなかったのである。
彼女が眠っていた木箱には、しめ縄のような結び目のある紐が入っていた。それは、五色村の伝統行事で使用されるものであった。
この紐を使って密室状態にしたのではないか、と推理したのは根来だった。しかし、結局、推理がまとまらずに終わったのだという。
さて、おかしな具合だった。犯人は、返り血を浴びたはずである。この日、法悦和尚は袈裟をまとっていた。胡麻博士は、焦げ茶色の上着にジーンズというひどくみすぼらしい格好だった。尾崎蓮也は黒いズボンと半袖の白いワイシャツ姿だった。善次は、青い色の入ったチェックのシャツ姿だ。里田百合子や絢子もまた色とりどりの服を着ていた。しかし、そうした服には血は付着していなかった。
別の服を着て犯行を行ったのか、それともさらに上から上着を羽織ったのか。誰にも分からなかった。
……いずれにしても、この事件は日菜や月菜の人生に大きな影響を及ぼした。彼女たちは、真の巫女になることになったのである。




