77 真実への階段
御巫遠山を殺害したのは過ちだった。無論、人殺しという行為のどこにも正しいなどということは求められないのであるが、それでも、犯人にとって、この第三の殺人はまったくの失敗だった。
羽黒祐介が着眼したのは、この憐れな老人の死のどこにも、尾崎蓮也の影がないということだった。あれほど、尾崎蓮也に罪を被せようと躍起になっていた犯人が、なぜこの第三の殺人ではそれを行おうとしなかったのか。
つまり、第一と第二の殺人で、一貫していたことがピタリと途絶えてしまったのである。犯人の心境に大きな変化があったのだ。どんな変化だろうか。
祐介は、現場を丹念に調べた。犯人はどこから侵入したのだろうか。それは、窓からだった。ところか、驚くべきことにそれまで行われてきたようなわざとらしい演出が、現場にほとんど見られないのだった。なるほど、押入れの中に死体を入れて、懐中電灯で光を照らしている。この点だけは、確かに演出的だ。
しかし、どこか無気力で投げやりな殺人だと、祐介は自己の感性において、はっきりと感じ取っていた。
奇妙だったのは、御巫遠山は確かに絞殺ではあったが、後頭部が損傷していたことだ。硬い鈍器のようなものだ。それは庭に捨てられていた灰皿だった。そこには赤黒い血肉がこびりついていた。殴られて気を失ってから、絞殺されたのか。そう考えたが、検死の結果は反対だった。御巫遠山は、絞殺された後に後頭部を打ち付けられたのである。
祐介も根来も、この第三の殺人をどう捉えるかが事件解決の鍵だという風に思っていた。そして、確かに祐介はこの第三の殺人の奇妙な点のいくつかに気づいていた。
祐介は、現場を離れると、八年前の事件についてもっとよく知りたいと根来に言った。
「そりゃいいけどよ。第三の殺人を、もっと調べなくていいのかよ」
「少し思い当たるところがありましてね。それよりも、八年前の事件のことを調べたいんです」
祐介は、そう言うと、根来からもらった資料を鞄から出して、御巫家のソファーに座って読みだした。
祐介は、黙々として読み進めた。そして、その世界に入り込んでゆくのだった。
根来は、窓の外をふと眺めた。欺瞞に満ちた事件もこれで終わりだと思うと、少し悲しくもあった。その悲しみは不健全なものである。だけれど、刑事は、その不健全なる犯罪が起こり、これに反発して奮闘することしか、自己の存在の価値を認めれないのだった。だから、自分はどこかで悲劇を求めているのだ、と思って、途端に自己嫌悪に苛まれるのだ。
それは粉河も同じだった。
「根来さん。ラストスパートですね」
「違う。三連敗だ。いくら犯人を捕まえたって、何も取り返せねえんだから……」
根来は、見せしめをするために犯人を捕まえようとしているのではなかった。そう思われるのが一番嫌だった。そんな心地の悪いことはしたくない。……かと言って、殺人犯というものは牢屋に閉じ込めても、死刑になっても、結局、罪は償えない。失われた命は取り返せないからだ。だから、時々、根来は自分が何をしているのか分からなくなるのだった。
せめて真実の下に事件が完結するようにと思っているだけである。
……祐介は、淡々と読み進めた。八年前の事件の出来事が鮮やかによみがえる。しかし、その時、本当は何が起きたのか彼には知りもなかった。




