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70 羽黒祐介の妹

 祐介は再び、夢の中を彷徨っていた。しかし、それはもはや幻想的なものではなかった。暑い夏の日差しの中に、その小さな町に妹と二人でいるのだ。妹が走り出して、それを止めようとして自分も走りだす。それから、御巫菊江が出てきて、自分と会話しているという流れは、実体があるかのようにリアルであった。

 祐介はその時、小学生のようであった。しかし、すでに高学年で、もしかしたら、既に中学生になっていたのかもしれない。妹は、まだ、小学生になったばかりのように見えた。

 もちろん、顔はのっぺらぼうでよく分からなかったが、なんだか、それは勝手に了解されているところで、自分は自分であり、妹は妹であるという実感があった。

 その内に、祐介は、それからだんだんと息苦しくなってきた。たまらなくなって目を覚ました。


 既に、朝日が差し込んでいた。柔らかい日差しの中で、天井がはっきりと見えた。そして、苦しくなっている腹の辺りを探ると、根来の二本の重い足が乗っかっていた。金剛力士の足のように筋肉が隆々として太く、踵や外果の骨が飛び出していてごつかった。

 祐介は、根来の足を持ち上げて、どうにかその圧迫から逃れた。布団から起き上がって、しばらく、あたりを眺めていたが、そうだと思いついて、妹に電話をかけることにした。

 しばらく、コール音が耳元で響いた後に、妹の眠そうな声が聞こえた。妹は、いつも昼頃まで眠っているのだ。

「おはよう」

『はい……起きてます』

「今、目覚めたところだろ」

『ふが……』

 祐介は苦笑いした。妹は絵描きなのだ。秩父の奥にアトリエを構えていて、そこで動物と暮らしている。いつものんびりしていて、ちょっと風変わりな妹だが、美術学校が肌が合わず退学して、田舎に籠って、こういう生活になってからまだあまり日も経っていないのだった。

 羽黒未空(みく)という。未だ空ではないという不思議な名前だが、ちゃんと仏教的な意味合いがあるらしい。


 祐介は、その夢について話した。自分がはっきり覚えていないことを、夢の中で小学校の低学年だった未空が覚えているはずもないと思ったが、聞かないよりはましだと思った。

「覚えてる?」

『うーん、それはねぇ、たぶんあれだと思うよ』

「あれ?」

『ふが……』

「あれって何のこと……」

『……遊びに行ったんだよ。覚えてない? さいたま市の叔父さん家に……そこで、近くの郷土資料館に遊びに行ってさ……そしたら、巫女さんが呼ばれてたんだよ。それだと思うよ。へへ……』

 どうも、未空は眠そうであった。

「そこで追いかけっこをしたの?」

『毎日、追いかけっこしてたじゃん』

 そういえば、未空はいつも走り回っていたなと思い返した。

『なんか、面白そうだから、行くわ』

「いや、未空は来なくていいよ。それよりも、その時に御巫菊江さんって巫女さんが来ていたんだね?」

『それは覚えない。名前は分からない。お兄ちゃん、中学生だったんだから、覚えてるでしょ』

 未空は、ふらふらと宙を舞うような口調だった。


 つまり、あれは夢ではなかったんだ。いや、夢には違いないのだが、事実に基づいていたということなんだ。そう考えていると、だんだん記憶が鮮明になってくる。

『近くの図書館で、ココアを飲んだじゃん』

「ああ、あの時? そうか、あの時か……」

 祐介は、近くの図書館の休憩所に妹と座っていて、自販機で紙カップのココアを飲んでいた記憶がある。

 当時、中学生だった祐介は、小学校一年生の未空を連れて、よく遊びに行ったものだった。あれは、さいたま市の親戚の家に遊びに行った時のことだ。

『二度寝するから、電話切るね』

「わかった。ありがとう」

 祐介はそう言って電話を切ると、根来を叩き起こすことにした……。

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