68 胡麻博士との決闘
根来と祐介が部屋を訪ねると、胡麻博士はひとりでベイゴマを廻していた。和室には、よく分からないアフリカの人形などが並んでいる。床には、面子が散らばっていた。
「あの、何をしているんですか?」
「ベイゴマをまわしているんですよ。何、君たちはベイゴマも知らないのですかな。困ったもんだな」
胡麻博士は、少し不機嫌そうだった。
「胡麻博士って、天正院大学の教授なんでしょう?」
根来は一歩踏み出して言った。胡麻博士は、何を当たり前のことを、とでも言わんばかりの呆れた表情を浮かべる。
「そうですよ」
「高川先生、ご存知ですか?」
胡麻博士はその言葉に、ピクリと眉毛を振動させると、まじまじと根来の顔を見つめて、ゆっくりと、
「存じている」
と答えた。
「そうですか。ちょっとそのことで、お話を伺いたいのですが……」
胡麻博士は、緊張した様子で、はあっとため息をついてから、
「高川先生が何か?」
と尋ねた。
「高川先生が自殺なさったそうですね。そのことについて、何か知っていますか」
「いや、いやぁ、それはねぇ……」
胡麻博士はごにょごにょと何か呟いて、明らかに挙動不審となり、そわそわとし始めた。そして、おもむろに面子を片付け始めたのだった。
「あの、何をしているのですか?」
「片付けているのですよ。そろそろ眠るので。あなた方も部屋に戻りなさい」
「いえ、何を言っとるんですか」
根来は、明らかに不審に思ったらしく、帰らずに畳に座り込んだ。
「何をしているんですかな?」
「高川先生のことをお聞きせんと、こちらも帰れませんな」
これには、胡麻博士も腹が立ったらしく、拾い上げた面子をちゃぶ台にぶちまけると、根来の正面に座り込んだ。
「そうですか。それなら、なんでも聞いたらよろしい。しかし、私は本当に何も知らんのです」
二人はしばらく睨み合いを続けていたが、根来は重々しい口を開いた。
「高川先生が亡くなられたのは八年前のことですな」
「確かに」
「御巫菊江が亡くなったのも八年前です」
「確かに」
「高川先生はどうして亡くなられたかご存知ですか?」
「知らないとしか答えられませんな」
胡麻博士は、不機嫌そうにぶうと唇を鳴らすと、根来に背中を向けて、体育座りをした。
「何をしているのですか」
「私は何も答えん。これは拒絶の意思表示です」
「捜査に協力せんというのですか」
「こんな捜査は権力の乱用だ。警察のやり方に断固反対する!」
その強気な言葉に反して、胡麻博士の背中は、無性に侘しさを漂わせていた。
「横暴だ! 警察なんて日本の恥だ!」
「何を。人が真剣に捜査をしているのに……」
「ふん。帰ってもらおう」
「よし、俺は帰るぞ!」
根来は、怒って立ち去ろうとすると、胡麻博士は振り返って、唸り声を上げながら、猛烈な勢いで背中に掴みかかってきた。
「なに、こいつ……」
根来は驚いて、胡麻博士を足払いした。胡麻博士は宙を舞って、畳の上を転げ回ったが、すぐに起き上がって廊下に飛び出した。
「おのれ、やつが犯人だったのか!おい、羽黒、俺はやつを捕まえる。粉河を呼んできてくれ」
「何を言っているんですか。根来さん。あんなのは犯人の反応ではありませんよ」
「話している暇はない!」
根来はそう叫ぶと、和室の窓を開けて、窓枠から飛び出した。ところが、そこは二階だった。根来は、五色荘の裏側の田んぼの水の中に飛び降りてしまった。水しぶきが跳ね飛ぶ。
しかし、根来は泥だらけになりながらも、どうにか這い上がって、店先へと回り込んだ。
そして、五色荘から飛び出してきた胡麻博士に、根来は思い切り掴みかかった。二人はしばらくの間、激しい格闘になった。
想像以上に胡麻博士は手強かった。しかし、すぐに根来が胡麻博士を背負い投げして、そのまま、組み伏せてしまった。
「参った。実に参った!」
「逃がさんぞ!」
「参った。実に参った。我ながらよく戦ったと思いましたがね。ちょっと失礼」
胡麻博士は、息を整えながら、眼鏡を拾って掛け直すと、
「敵ながら天晴れだ、という言葉を知っていますか?」
と尋ねてきた。
「知っていますよ」
「それが今の私の気持ちです」
「はあ」
根来は、困惑した様子で頷いた。
「話す気になりました」
「……やっぱり、あなたが犯人だったのですか?」
「何を言っとるんですか。けしからん。そんな話はしておりません。さあ、私の部屋に戻りましょう。その前にちゃんと風呂に入ってきなさいね」
胡麻博士は鼻歌を歌いながら、五色荘へと戻っていった……。




