66 粉河、悩む
このようにして、またしても五色村は夜となった。
この日は粉河も、五色荘に泊まることになった。なんだって、粉河までもが五色荘に泊まるのか。それは要するに第三の殺人が予告されているからである。
粉河は、あの口寄せを信じているわけではない。けれども、現実にこうして二人もの人物が、あの口寄せの内容にそっくりな形で殺されているのだ。
だとしたら、第三の殺人も起こりうるということだ。いや、間違いなく、起こると考えても良いだろう。
ところで、今度の殺人、つまり絢子殺しでは、アリバイをもっている容疑者は一人もいなかったということであった。
粉河は、一人で事件について考えながら、例のゲームコーナーに向かった。ゲームコーナーには碁盤がある。粉河は碁盤をテーブルの上に出すと、碁笥から碁石をつまんで、パチリと打った。
現場に残された碁盤は、犯人が仕組んだものだった。尾崎蓮也の指紋が付いた碁石が並べられていたのだ。あたかも、そこに尾崎蓮也がいて、絢子と対局をしたかのような状況だった。
振り返ってみれば、第一の殺人現場である三途の川の中には、尾崎蓮也の腕時計が落ちていた。
そして、彼は唯一、アリバイのない男性だったのだ。
しかし、今や彼以外にも犯行が可能だったことが分かった。それが善次だ。
日菜と月菜が入れ替わっていたことが事実なら、最後に日菜を目撃された時刻も十五分早くなる。つまり、殺害時刻もそれだけ伸びるのだ。その殺害時刻が十五分間、長くなったことによって、善次のアリバイが崩れたのだ。
根来警部が、善次を疑ったのは正しい。その考え方は鋭い。しかし、粉河は全面的に賛成できない。
なぜならば、もし、月菜が言ったことが本当ならば、入れ替わりを提案したのは日菜であって、月菜と日菜が入れ替わったことに犯人は関与していない。関与していない偶発的な出来事を、犯人がトリックに利用できるはずがないのである。
その時、粉河の頭をよぎったことがひとつ。もしかしたら、日菜の行動の裏に犯人がいるのではないか。日菜は記憶が戻った振りをしただけで、本当は記憶なんて戻っていないのではないか。
日菜が、犯人の思惑通りに演じさせられていただけという可能性は……?
それは月菜には分からない話だ。気付かなかったとしても不自然ではない。
もうひとつ、今回、重要であったのは、月菜がこのことを喋らなかったのは、兄を犯人と思い込んだからだった。
いるはずもない部屋に月菜が寝ていたと証言した兄を殺人犯と疑っていたのだ。ところが、本当は兄は殺人犯ではなく、窃盗犯だった。
兄が窃盗犯と知れた瞬間に月菜は呪縛から逃れて真実を語り出した。
これらは全て、偶発的な出来事に過ぎない。兄が円空仏を盗んだことも、いるはずもない部屋に月菜が寝ていたと兄が証言したことも、兄を殺人犯と思い込んだことも、月菜がそれを語るまいと思ったことも。
仮に犯人がこの双子のすり替えによってアリバイを手にしたのだとしても、月菜が真実を語ればたちどころに崩れてしまう程度のアリバイに過ぎないのだ。
しかし、現に容疑者のアリバイは成立していた。それは月菜が真実を喋らなかったからだ。それは偶然に過ぎないのだ。また、月菜が真実を語るのは最初から時間の問題だったのではないか。
だとしたら、犯人はなぜ月菜の口を塞がなかったのだろう。
なぜ、第二の事件で殺されたのは、月菜ではなくて絢子さんだったのだろう……。
粉河は、考えても分からなかった。
盤上の碁石を手のひらで集めると、パラパラと碁笥に戻した。




