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64 恐るべき錯誤

「そこで、私たちは一時すぎに温泉で落ち合うことを決めました。そうして、私は姉に成りすまして、口寄せを待ちました。ところが、姉のあれほど恐ろしい口寄せを目の当たりにして、私はひどく驚いてしまって……。

 しかし、私はあの口寄せを目の当たりにした時、姉の記憶が戻ったのだと直感したんです。

 姉は、この五色村に八年ぶりに訪れて、あの口寄せの場では、あの事件の関係者が勢ぞろいしていたんです。そんな刺激的な機会は、八年間、一度もなかったのですから、良くも悪くも、姉の記憶が戻る条件が揃っていたんです。そして、姉はその状況下で、自ら儀式を行い、激しいトランス状態に陥っていったのです。度重なる刺激によって、姉の記憶が蘇ったとしてもおかしくないと思いました。

 ですから、あの時、姉の口から出た言葉は、母の記憶ではなくて、姉自身の記憶だったと思ったんです。その時、姉が言っている言葉の本当の意味が、私だけには理解できたんです。姉は、御巫菊江と名乗りました。しかし、それはトランス状態に陥る前から、繰り返し念じていた名前でもあります。だから、姉は御巫菊江と名乗ったのでしょう。

 問題はその後でした。姉は「近づく人影、刃物、血が噴き出すところ、我が身に血が降りかかるところ、目の前に立っている人影」について述べました。そして、目の前の人影は女性だったと。しかし、これは母の視点ではなく、八年前の姉の視点なんだと思ったのです。だとしたら、目の前にいた女性の人影とは犯人ではなく、母のことではないかと思ったんです。そして、その母に刃物を刺して、血を浴びたのは、姉自身なのではないか……」

 根来は呆気に取られたようだった。しかし、すぐに冷静になると、

「十一歳の少女ですよ?」

「ええ。それでも、あの岩屋は密室でした。その中には母と姉しかいませんでした。冷たい考えかもしれませんが、母を殺せたのは姉しかいないんです。その姉が、目の前の人影を刺したのだ言っているように私は思いました。さらに、その人影は女性だったと言っていたのです。だから、私は恐ろしい秘密を知ってしまったと、このことを絶対に口外しないと決めました。姉の心の傷の正体を知ったような思いでした」

 祐介は頷いた。


「ところが、一時すぎに温泉で落ち合うという計画自体は生きていました。姉は意識を失いましたが、一時すぎまでには目を覚ますと思っていました。二時間眠っていたと伝えられているところですが、実際には姉も私も、口寄せの後、三十分以上も目覚めないことはほとんどなかったんです。

 それで、私は五色温泉に一人で入ろうとしましたが、入浴料金を払った後で、絢子さんがついてきてしまったんです。これには困りました。姉が先に入浴していたらと思いますと、絢子さんよりも先に私が浴場に入る必要がありました。そして、姉には露天風呂に移動してもらおうと思ったんです。

 私が、浴場に入ると姉はすでに中にいました。ところが、姉の様子がおかしく「私には行くところがある」と言ってきました。「そのことを私に告げるためにここに来たのだ」とそう言うのです。何のことか分かりませんでしたが、私は、絢子さんがここに来ることを告げました。姉はすぐに私を露天風呂の方に移動させました。姉は「私には背中の傷があるから、あなたには演じられない」と言っていました。私は、それもそうだと思いまして、すぐに露天風呂に移動しました。

 それから、窓から少し様子を見ていましたが、姉と絢子さんはしばらくお湯に浸かっていました。その後で、絢子さんが先にあがったのです。そこで私は、再び中へ戻り、姉に話しかけました。

 姉は「絢子さんの前では、私の振りをし続けなさい。私には行くところがあるから」との一点張りでした。私は、姉の気迫に負けて、姉の振りを続けることにして、先に脱衣場へと向かったんです。

 姉は、それからどうなったのか知りません。おそらく、着替えの服を着て、裏口から出て行ったのでしょう。万が一、ふたりのタイミングが合わなかった時のために、姉は替えの服を彼岸寺に持ち込んでいました。それが、姉が亡くなった時に着ていたあの洋服でした。

 考えてみれば、姉は温泉に入ってくる時も、人目に触れず裏口から入って来たのだと思います。私は、姉の振りを続けて、一時四十分には絢子さんと別れました。そして、彼岸寺に向かうと、姉が寝かされていた別室へとやってきました。その引き戸には、紙が挟まっていました。これは姉が部屋を出る時に挟んで行ったもので、引き戸が開かれれば落ちるものでした。紙は引き戸に挟まったままだったので、姉が出て行って後、誰もこの部屋に侵入していないことを知りました。だから、私はこの部屋でずっと眠っていたと、安心して語ることが出来たのです。もし、誰かが部屋に侵入したのなら、その時は、誰も寝ていなかったその理由を語らねばならないのですから」

「なるほど」


「部屋には、姉が脱いだ巫女の装束があり、私はそれを着ました……」

 根来は頷いた。

「よく分かりました。しかし、信也さんはあなたが寝ているところを四度も見たと言っていた……」

「だから、兄が嘘をついていることはすぐに分かったんです。だって、その時、部屋には誰もいなかったんですから。私はそれで、すっかり兄が姉を殺したんだと思ってしまって、誰にもそのことを言えなかったんです。ひとつには、姉が母を殺した事実、そして、その姉を殺したのは兄なのだという事実を隠さなければならないと思ったのですから……」

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