56 鬼根来対尾崎蓮也
「殺害現場に、私の腕時計が落ちていたというのですか……?」
「そうです。失礼ですが、あなたはこの腕時計を昨日も身につけておられましたよね?」
根来は、今にも飛びかかってきそうな雰囲気を醸し出していた。
「ええ」
「その腕時計が、どうして、三途の川の中から見つかるというのです」
根来は静かな口調だが、尾崎蓮也はまるで虎に舐め回されているような心地である。
「さ、さあ、ただ私は彼岸寺に置いてきたものだと思っていまして……」
「腕時計を外すようなことが……?」
根来の不審げな口調に、尾崎はしっかりと頷く。
「アレルギー体質なので、腕時計を外すことはよくあります。ですから、まさかそんな……」
「腕時計を外したのは、いつです?」
根来は、尾崎との距離が遠いと思って、一歩ばかり詰める。尾崎は思わず、もう一歩引き退る。
「口寄せの直後でしょうか。たぶん、そのくらいだと思いますが……」
「なるほど。では、お聞きしましょう。その時に外した腕時計がどうして三途の川の底から見たかったのです?」
「分かりません。犯人の陰謀かも……」
尾崎は冷や汗をかきながら、根来に追い詰められる。粉河も祐介も、これ以上の尋問はまずいと思った。というよりも、すでに常軌を逸した尋問だが……。
「根来さん。私が変わりましょう。その腕時計がなくなっていることに気づいたのはいつ頃ですか?」
粉河は助け舟を出した。根来への助け舟というよりも、尾崎蓮也への助け舟という形になった。
「自宅に帰ってからです」
「昨日の事情聴取でそのことを何故話さなかったのですか?」
「それは……」
尾崎は、困ったように言葉に詰まった後、
「事件とは関係ないと思ったからです」
「分かりました……」
根来は、不動明王のように顔をしかめながら目を瞑って、黙っていたが、再び眼をぐいと見開くと、
「くどいようですが、昨日、あなたは殺害現場である三途の川には近付いていないのですね?」
「はい。近付いていません……」
根来は、その答えに満足したらしく、深く頷いた。
こうして、尾崎蓮也との対決を終えて、根来は満足げに尾崎蓮也の自宅をあとにした。覆面パトカーに乗ると、羽黒を五色荘に送ることになった。
「間違いない。やつは焦っていた。まるで何かに怯えているようだった。アリバイがなく、男性で、殺害現場の川の底から腕時計が見つかっている。証拠は十分だろう」
「根来さん。確かに、状況は尾崎さんに不利なようですが、まだ確定的なところまではいっていないように思います」
羽黒祐介は、根来に再び釘を刺すことになった。
「まだ言っているのか、いいか、アリバイがなく、男性で、殺害現場の川の底から腕時計が見つかったのは、尾崎蓮也以外にいないんだ。あいつが犯人と見て、ほぼ間違いないだろう」
「いいえ。腕時計ならば、誰にでも盗むことはできました。あの場にいた人間ならばね。誰かが、彼に罪をなすりつけようとして腕時計を盗んだのではないでしょうか?」
根来は、そんなはずはないと首を大きく横に振ると、
「あの場に犯人がいたというなら尚更……アリバイがない人物はそういないんだ。条件が揃うのは、やつと絢子さんと月菜さんぐらいだ。しかし、絢子さんと月菜さんは女性だ」
「そうですね。しかし、僕には、このアリバイが偽装されたものだという気がしてなりません。ひとつ、五色荘でこのことについてしっかりと話し合いませんか?」
「アリバイについてか? いいだろう。犯人がやつしかいないということを証明してやるよ」
根来は、闘志を燃やしていた。他の人間に犯行が不可能であることを証明すれば、もはや尾崎蓮也犯人説は疑いようのないものとなる。
……こうして、羽黒祐介と根来拾三によるアリバイ問答が始まろうとしていた。




