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53 食堂

「高川先生は、そうですね、江戸時代の農村の文化や民俗を調べられていた方ですね。御巫先生も、その道の大家ですから、お二人が八年前に、ほぼ同時に研究の第一線から退かれたことは、学会にとって大きな損失だったのです。……なんと言いますかね。私も非常にショックを受けました」

 三橋教授はそう言って、深いため息をついた。すみれは身を乗り出す。

「ふたりが同時期に、というのは関係はあったのでしょうか?」

「それは、考えすぎですよ。御巫先生と高川先生は、お互いにそんなに大した交流をしていませんでしたね。御巫先生は、娘さんが亡くなられたショックがあったそうです。高川先生は、理由も何も言わずに自殺してしまったし……」

 すみれは頷いた。三橋教授は目をぱちくりさせる。

「今回は、高川先生のことも特集されるのですか?」

「ええ。あの特別展の展示には、高川先生の研究の成果が反映されているとは思いませんか?」

「それは否定できませんね。確かに、仰る通りです。ただ、それはやはり八年前の研究の成果ですからねぇ。今度の特別展の記事ならば、できることならば、最近、活躍している研究者を特集してほしいですね。いえ、こんなことを言っていけないな……」


 三橋教授は、自分で言ったことに嫌悪感を感じたらしく、

「そうですよね。亡くなった高川先生のことを、あなたがせっかく、記事にしようとなさっているのに、私がこんなケチをつけてはいけませんねぇ。すみません。失礼しました」

 と言って、ぺこりとお辞儀をした。

「本当になんで、高川先生は自殺してしまったのでしょうかね……。本当に残念でした」

 すみれは頷くと、先ほどからずっと尋ねたかったことをようやく口にした。

「あの、こちらの大学に、胡麻先生という方はいらっしゃいますか?」

「いますとも。しかし、今日はいませんよ。というよりも、群馬県の五色村に行っているのですが、なんでも殺人事件が起きたとかで、帰ってこれないそうです」

 すみれは頷いた。やはり、あの胡麻博士なのだ。

「殺人事件ですか……」

「そちらの方を調べた方が、よっぽど『サスペンス百景』らしいですけどね」

 三橋教授は、少し苦笑いを浮かべて言った。


「胡麻先生も、その高川先生とお付き合いがあったのですか?」

「そりゃあ、もちろんですとも。だって、同じ大学の教員ですから。よく二人で飲みに行っていましたね」

 ということは、高川俊二という教授が自殺した動機に、胡麻博士はなんらの形で関与していたかもしれないのだ。

 もしかしたら、御巫家の殺人事件と高川俊二の自殺を結びつけるミッシングリンクは、胡麻博士なのかもしれない。

 そう思うと、すみれはあの父を粉砕したような清々しい勝利感を感じた。

(早速、お父さんに報告しよう!)

 すみれは三橋教授に、高川俊二教授の家族に面会したい、というお願いをした。三橋教授は、すぐに電話をしたが、誰も出ないので、連絡がついたらすみれに連絡をするということであった。

 すみれは、三橋教授にお礼を言って、教授室を出ると、ふらふらと食堂の方へと歩いて行った。


 食堂は、だだっ広いところに白いテーブルがずらりと並んでいた。吹き抜けの天井。二階の窓から柔らかい光が差し込んでいた。

 すみれは、食券を買って、カレイの煮付け定食を頼んだ。

 すみれはしばらく、カレイの煮付け定食にがっついていた。ところが、同じ席座っている、シャイそうな男子学生をふと見ると、ふと尋ねてみたいことが湧いてきた。

「ねぇ、君……」

 男子学生はどきりとしたように、すみれを見た。

「なんでしょうか……?」

 美人なお姉さんから突然話しかけられて困ってるんだわ、と勝手に思うと、この男子学生が可愛らしかった。

(そうです。私って、けっこう美人なんです。あのごつい父の娘なのにね……)

 すみれはそう思うと、自分の内側から、自信がみなぎってくるのを実感した。

「君さ、胡麻先生の授業って、受けたことある?」

「は、はい。あります」

「どんな先生なのかな、胡麻先生って……」

「そうですね。胡麻博士は……動物の骨に焼き目をつけたり、タロットカードで占いをしたり、それとスクリーンで心霊映像を流したり……とにかく、変な先生です」

 男子学生は、ちょっと困惑したような口ぶりだった。

「ふうん。そうなんだ。へー。君は胡麻先生のこと、どう思うの?」

「変な先生なんですけど、この先生なら一生ついて行きたいって言うか……なんでしょうね。この人なら命かけてもいいなって思えるような……そんな人ですね」

「そ、そうなんだ……」

 すみれの予想に反して、男子学生の瞳は輝いていた。すみれは困惑したため、会話はそこで無残に途絶えた。意外なことに、胡麻博士は学生に人気があるらしい。

(意外……)

 すみれは、カレイ定食を食べ終えて、話も納得したので、立ち上がった。そして、柔らかい眼差しの大きな瞳を男子学生に向けると、柄でもないのに、ちょっとウインクしてみせた。そして、小ぶりなのに立体的な唇で、爽やかな微笑みをつくった。

 それから、テーブルに置いていた黒のフェドラハットを拾って、その小顔を包み込んでいる、ふんわりとした茶髪のショートカットの上にひょいとかぶせた。

「ありがとうね」

 ところが、男子学生はすみれのそんな仕草にどぎまぎするような様子はなく、ひたすら「胡麻博士……」と呟きながら、愛おしそうに天井の吹き抜けを見上げていた……。

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