52 天正院大学
すみれは続いて、天正院大学の受付に電話をかけた。そして、すみれが高川俊二先生のことで、雑誌の取材をしたいと言うと、事務室の人に取り次いでくれた。そして、事情を説明すると、高川俊二と親しかった三橋という教授が、すぐに取材に応じてくれるという話になった。
『そうですか。そうですか。それならね、直接会って話した方がね、ええ、僕と直接会って話した方がいいですからね。だから、すぐにですね、来ていただけると、僕もちゃんと話すことができますから』
三橋教授は、ひどくのんびりした口調でありながら、まくし立てるようにそう言うと、電話を切った。唐突な依頼だったのにも関わらず、三橋教授はのりのりな様子であった。
すみれはなんだか、狐につままれたような気持ちで、山手線に飛び乗った。それから、汚れたビルの間を電車で走って行った。
そして、しばらくした後に、地下鉄に乗り換え、最寄りの駅で降りて、近代的なビルと古本屋が建ち並ぶ喧騒の中を歩いていった。しばらくすると、その天正院大学のおごそかな学舎が見えてきた。
そびえ立つ高層ビルと、それを取り囲む中華風の城壁のような塀、勢いよく水を噴き出す噴水、つたの絡まった古めかしい時計台、そして、和風の建物が並ぶ。
都会の真ん中にあって、これだけの敷地を持つ大学校。
見れば、妙ちきりんな格好をした学生たちが、ふらふらとさまよい歩いたりしている。
「三限つまらないよねぇ。あの先生、出席とんないし。うしっ、講義サボって、カラオケに行こうか!」
「いいねぇ! みんなでサボろうぜ!」
学生たちは口々にそんなことを言うと、さも楽しそうな顔をして、学舎から出て行った。
すみれはさも面白そうに、学舎の中へふらふらと入っていった。
すみれは、ビルのエレベーターに乗って、十階に上がると、三橋の研究室へ向かった。しばらくして、エレベーターは十階に到着し、すみれは歴史学の教授室がずらりと並んだ廊下に出た。
(うわぁ、すごい数だなぁ)
教授室の名札を見ながら歩いて行く。知っている名前はあるだろうか。しかし、すみれは学者の名前などはじめからほとんど知らないのだった。
「あれ?」
ところが、そこにひとつだけ知っている名前があったのである。
……胡麻零士。
すみれは、あまりの驚きに言葉を失った。
胡麻博士の名前は、すみれも根来から聞かされていた。その胡麻博士が、この天正院大学の教授だったのだ。そして、八年前に自殺したという高川俊二先生もこの天正院大学の教授。このつながりは、どう説明つけられるというのだろうか!
勿論、ただの偶然といえば、ただの偶然とも思える程度の話なのである。しかし、そうだとしても、これで、ますます事件との関連性は高まったと言えるだろう。
知的興奮を感じて、すみれは息が荒くなっていたと思い、深呼吸をした。
「あれ? もしかして、先ほどの……」
後ろから声がした。すみれが振り返って見てみると、そこには、ゆで卵のようなふっくらした顔をした、少し頭が禿げている六十歳ぐらいの男性が立っていた。
「根来、さん?」
「あ、根来すみれです。もしや、三橋教授ですか?」
「そ、そうです! わ、私が三橋教授です。よかった、よかった。道に迷っているじゃないかと心配していたんですよ。どうぞ、どうぞ。こっちです。僕の教授室は」
三橋教授は、さも嬉しそうに笑うと、自分の教授室の方へと歩いていった。
「ここですよ。どうぞ、中へ……」
「すいません。失礼いたします」
三橋教授は、にこにこ笑いながら、すみれを中へ通した。
高そうな本の背表紙が並ぶ教授室であった。すみれは、少しあたりを見まわして感心した。三橋教授は、満足げににこにこ笑うと、
「僕も読んでいますよ、『サスペンス百景』。あのね、僕は鉄道ミステリーが好きでしてねぇ。ほら、前回、あれだったでしょう。「東海道新幹線特集」だったでしょう? 一冊丸ごと、東海道新幹線にまつわるミステリーの記事なんだから……あれは本当に面白かった。あれって、東北新幹線特集とか、これからも、ずっと続いていくんですか?」
「さあ、前回、あまり反響もありませんでしたしねぇ……。自然消滅するんじゃないかしら。うん」
三橋教授は、その言葉を聞いて、途端に顔が暗くなった。
「そうですか。やっぱり、そうなんですか。いえ、ちょっとマニアックかなって思ったんですよね。でも、面白いんですけどね。でも、駄目なんですかねぇ。あまりターゲットを絞りすぎても、やっぱりマニアックになっちゃうんですかねぇ。うん。残念……。それで、今回は、博物館の特別展の記事を書くということなんですねぇ? でも、それって、サスペンスとどういう関係があるんですか?」
「まあ、話題として関連付けようと思えば、関連付けられるんですよ。実際、歴史がらみのミステリーもけっこうありますから……」
そんなことはどうでもいいよ、とすみれは思った。それよりも早く、高川の自殺について尋ねたかったのだ。




