51 拾三とすみれの電話
高川という人の死が何を意味しているのか、すみれには到底、知りようもなかった。
しかし、すみれは珈琲を一口飲んで考える。同じ頃、自殺した歴史学者がいたとして、それが御巫遠山の娘の死とどう関係しているのか?
今回の特別展の取材と結びつけて、この高川という学者の家族に取材ができないだろうか。
すみれは、携帯をそっと取り出して、ボタンを押した。高川という学者が何者なのか、調べる。
東京の天正院大学の歴史学教授……。江戸時代の農村の文化・民俗史を研究していた。しかし、八年前に自殺。
それが、ネットに出ていた情報だった。それ以上のことはよくわからない。この時、すみれが五色村殺人事件の関係者のことをもっとよく把握していたならば、大きな驚きを感じたことだろう。
すみれは、珈琲が半分ほど残っているのを見て、ミルクを注ぎ込むと、また一口味わった。
ふたつの道がある。ひとつは、高川氏の家族に直接会いにゆくという道、もうひとつはこの天正院大学に赴くという道である。
すみれは、根来家の血が騒ぐのを感じた。考えてみれば、どちらにしても、家族と会うのが先という選択肢はないだろう。住所もわからず、電話番号も知らないのだから、連絡がつかないのだから。だから、まずはこの天正院大学に行くしかないのだ。
天正院大学は、上野から程近い駅にあるという。しかし、何も知らない自分が行っても、話にならないだろう。父に連絡をして、過去と現在の事件についての基本的な情報を教えてもらおう。
すみれは、珈琲を飲み干して、料金を払い、喫茶店を出ると、木の陰に立って、父、根来拾三に電話をかけた。
『俺だ』
「お父さん? 私、ちょっと今、大丈夫?」
『誰だ、お前は……』
「ちょっと、娘の声を忘れたの?」
『おお! すみれか! どうした。お父さんは元気だぞ。心配するな』
「あのさ、そんなことよりも、今ね、私、上野に来ているの」
『取材だろ。大変だな。そうか。上野か。それなら、ちょっと買ってきてほしいケーキがあるんだが……』
「嫌だよ。今日、群馬に帰るわけじゃないんだから……。そんなことよりも、博物館の取材をしたら、高川さんって学者さんが亡くなった話を聞いたんだけどさ……」
『高川さん? 誰だ、そいつは』
「だから学者さんだって。その人がね、自殺したらしいの、八年前に」
『八年前……?』
「それが、もしかしら、御巫さんところの事件と関係があるんじゃないかと思って……」
『そうか。それは大変だ。しかし、高川さんなんて名前は、捜査線上に浮かんでこなかったけどなぁ。うん。関係ないんじゃないのか。御巫家と関係のある人物なのか?』
「あまり関係のない人物らしいよ。でもね、江戸時代の農村の文化とか民俗とかを研究している人で、御巫遠山先生と同じ研究分野らしくて……」
『そうか。じゃあ、まったく関係ないということもないな。しかし、まあ、なんとも関連が弱いなぁ』
「だからさ、私が適当に調べとくよ」
『さすが、俺の娘だ。しかし、まぁ、無駄骨だと思うが、お前は一度言い出したら絶対に引かないからな。俺みたいだ。わかった。だけど、無理はするなよ。それとなく、遠山とのつながりを聞くぐらいでいいんだぞ』
「やだな。私は取材の天才よ? まあ、何か面白いことが分かったら、すぐに連絡するね」
『そうか。分かった。……それにしても、こっちも大変だよ。あれから、村民に聞き込みもしたけど、何の進展もないんだ。アリバイがないことで言えば、歴史学者の尾崎蓮也が怪しいがな』
本当にべらべらといらないことを喋る刑事である。
「それでさ、事件に関する情報を、後で送っておいてくれない?」
『わかった。だけど、本当に無茶だけはするなよ……』




