48 星空
夜空の星を見上げていたのは、絢子ばかりではない。その自宅と横並びになっている、御巫家の本家の一室でくつろいでる月菜もまた、アームチェアに腰掛けたまま、夜空の星を見上げていたのである。
……お姉ちゃんは死んでしまった。
そればかりではなかった。月菜の胸を締め付けているのは、姉が死んだことばかりではなかった。
……もしかしたら、自分はとんでもない事実を知ってしまったのかもしれない。
月菜は、立ち上がると、信也のもとへと走った。信也は、居間にいたが、驚いて月菜を見つめた。
「どうした。月菜……」
「もしかしたら……お兄さん、お兄さん。もしかしたら、お姉ちゃんは……」
そう言いかけて、月菜は何か恐ろしくなったように床にしゃがみ込んだ。
「何だ、どうしたんだ。月菜。何か知っているのか……」
「恐ろしいこと……とても言えない……」
月菜は、弾かれたように、その場を飛び出して、自室に駆け込むと、勢いよくドアを閉じたのだった。
信也は、日菜の死のせいで、月菜が激しいショックを受けたのだと思った。
そのまま、信也は、月菜の元へは行かずに、祖父の書斎へと向かった。アームチェアに腰掛けた老人が、ぼんやりと夜空を見つめていた。
彼は御巫遠山だった。娘の菊江が不幸な死を遂げてからというもの、全てを失ってしまった憐れな男だった。
昼間のうちに刑事が訪問し、事情聴取は済ませていた。彼は孫の死によって、またも抜け殻のように、黙々と煙草を吸い続けるだけになっていた。それで、やつれた心を癒していた。
「信也。月菜がどうしたんだ……」
「少し神経が参っているようです。少しの間、ひとりにさせてあげようと思います……」
「それがいいだろう。私もね、驚いているよ。日菜が殺されるなんてな……。だけど、どこか心の底で、私はほっとしているんだ……」
「ほっとしている……?」
「菊江の呪いが事実なら、あの子の魂は存在することになるんだ。虚無ではなかったんだ。本当にあの子の呪いがあったのなら……」
「お、お祖父様、それは……あまりにも日菜の死を軽視している……!」
弾かれたように信也は立ち上がると、思わず遠山の胸ぐらを掴んだ。
しかし、遠山の反応はなかった。生気のないしょぼくれた眼差しで、相変わらず、夜空を眺めていた。口元には微笑が浮かんでいた。
それはあまりにも憐れなことのように思われた。この男には、もはや菊江のことしか頭にないのだ。だから、呪いでもなんでも、菊江の面影があった方が嬉しいのだろう。
「菊江の魂はどこにあるのだ。戻ってきてくれたのか。私は悲しい。菊江。また私に話しかけておくれ……」
遠山は、そう言うとアームチェアの中に小さくなった。
信也は諦めて、その書斎を離れて、屋敷を飛び出すと、彼もやはり夜空を見上げた。
「母さんの魂がどこにあるかって……?」
彼は呟いた。
「そんなこと知るものか。いまだにあの岩屋の中にとどまり続けているんじゃないか。でも、あの母さんが日菜を殺すわけがないだろ……」
そう言って、口をつぐんだ。
見上げた夜空には、星が輝いていた。あの事件以来、長い沈黙を守り続けている人々、疑いが人の心を壊し続けていた。そんな五色村ではあったけれど、この星空ばかりはいつだって綺麗なのだった……。




