46 胡麻博士との対局
五色荘に帰ってきた二人は、二階の廊下の突き当たりの空間に拵えてあるゲームコーナーでくつろぐことにした。
その狭いゲームコーナーには、古くなった茶色のマッサージチェアと、スロットの台が二台、そしてブラウン管のテレビが置かれていた。さらに、囲碁、将棋、そして人生をテーマにしたボードゲーム、トランプが積み上げられている。ブラウン管のテレビの下の棚には、灰色のゲーム機が置かれていた。
祐介と根来は暇つぶしに、このゲーム機にゲームソフトを差した。こうして、二人はしばらくの間、交代で、テレビの中の赤い男を動かしていたが、その度に散歩好きの栗に破れた。
テレビゲームを諦めた二人は、代わりに囲碁を打ち始めたが、根来は九子の置き石のハンディーキャップを受けているにも関わらず、二度に渡って、祐介と持碁になった。
祐介にわざと持碁にされていることに気づいて、根来は腹が立って、囲碁も中止になった。
「よく考えたら、こんなことをしている場合じゃねえな……」
そこに、胡麻博士が現れた。手には瓶ビールが握りしめられている。彼は神妙な顔をして、祐介をじっと睨みつけると、
「羽黒さん。あなたは相当、囲碁がお得意と見える。どうです。私と勝負しませぬか」
と言った。
「いえ、そんなに得意ではありませんので、僕はそろそろ部屋に戻ります」
面倒臭くなって、祐介は部屋に戻ろうとした。
「またれい! そんなことを仰いますな。私もあなたと同じで、囲碁と麻雀に目のない男です。ちなみに将棋も少々させる。どれ、対局願おうか……」
胡麻博士は、ディフェンスをするような、あるいは相撲取りのような体勢で、通せんぼをした。
「これは参りましたね。良いでしょう。時間もありませんから手加減はしません。一気に勝負をつけましょう」
祐介は、やむなく胡麻博士と対局をすることとなった。
胡麻博士は、ポケットからおみくじを一枚取りだすと、
「勝負事……叶うべし」
と読み上げて、ふふふと不敵な笑みを浮かべた。
この勝負は、序盤から接戦となった。祐介が勝ちを急いだからであった。
胡麻博士は、地道な手筋で打ち続けて、右辺に堅固な厚い地を築いてゆき、優勢であるかのように思われた。
ところが、中盤の祐介の一手によって、瞬く間に胡麻博士の地は侵略にさらされた。
複雑な局面に転換してゆき、たちまち、盤上のいたるところが戦場と化した。
根来にはまったく理解のできなくなったところで、胡麻博士は次の一手を打とうとして、打てなくなった。
「こ、こんな馬鹿な……参った。参ったぞ。アッパレな男だ。羽黒、祐介……」
胡麻博士は、苦しげに呟いた。それから、おみくじを取り出して、恨めしそうに見つめながら、すごすごと自室に帰っていった。
「胡麻博士は、てっきり、奇をてらったような、突拍子のない性格かと思っていましたが、案外、地道で常識的な性格なのかもしれませんね。打ち方からそんな印象を受けました……」
「そんなわけないだろ。あの先生が常識的な性格だなんて……」
「あの人も一見偏ってはいますが、伝統的な民俗学を踏襲しているだけですから、根は真面目なのかもしれません」
本当だろうか、根来は首をひねって、苦笑をした……。




