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39 法悦和尚と消えた円空仏

 法悦和尚が現れて、最初に口にした言葉は、

「末法じゃ……」

 であった。

「末法ですか……」

「世も末という意味じゃ。ふん。善人が死に、悪人がはびこるというこの世はなんと虚しいものじゃ。ああ、わしは早く弥陀の浄土へ行きたいものじゃ。……と思いながら、気づけば我ももう八十八歳。まだまだ元気一杯じゃ」

「これは目出度い!」

 根来と粉河は立ち上がって、法悦和尚に軽く合唱をする。

「そうとも、わしは歩く縁起物じゃ。それ、合唱は良いから話を聞きなさい。釈迦が菩提樹の下で悟りを開いてから、二千五百年以上という月日が経った。世はとうに末法なのじゃ。それでも、ほれ見ろ! 今朝もちゃんと日が昇ったではないか。夜には満月が湖にくっきり浮かぶわい……」

「法悦和尚……事件の話なのですが……」


 法悦和尚は、じっと粉河の顔を睨みつけると、

「そうとも。忘れてはおらん。事件が起こったのじゃ。だから、わしは念仏を唱えた。それで、あの娘が浮かばれたのか! わしにはちっとも分からんが、それでも、わしらには念仏しか残されていないのじゃ! 分かるか。このことが! 末法じゃと言っておるのじゃ」

「法悦和尚……問題はそこなのですが、私どもはアリバイを知りたいのです」

 法悦和尚はふんと鼻息荒く、じっと粉河を見つめると、

「わしにはちゃんとアリバイはあるわ。それはそこの根来さんが、居間でようわしのことを見ておったわ。それで、十分じゃろう。それよりも、問題なのは寺から大事な仏がいなくなってしまったということじゃ」

「大事な仏? なんですって……」

 法悦和尚は、不機嫌そうにくしゃみをすると、身を乗り出して、

「よく話を聞くがいい。この五色村には円空さんが彫ったという仏像があるのじゃ。それは、本堂のちいと奥まったところに祀られておる。田舎のことで、防犯カメラもないのじゃが……その仏が、先ほどなくなってしまったのじゃ……」


「そ、それは窃盗ではないですか!」

 あまりのことに、粉河は声を張り上げた。窃盗が起きたとすると、この事件は大きく意味合いが変わってくるとも思われるのである。

「そのエンクーさんの仏像は、高いものなのですか?」

 根来はひょいと顔を近づけて、法悦和尚に尋ねた。

「図書館で学んでこんかい、馬鹿者」

 法悦和尚は、根来の頭を素早くはたいた。根来は髪をこね回りながら、体を戻した。

「すんません」

「わかったらよろしい」

 法悦和尚は、にっこりと微笑んだ。

「それで、いつ、それに気づいたのですか」

「ふん。二時過ぎに信也さんと別れて、一人で本堂をうろついていたら、あっ、こりゃたまげたなぁ、仏さんがいらっしゃりませんだ……」

 その後、事情を聞いたところ、どうやら、間違いなく窃盗が起きたものらしい。これは、日菜が強盗に殺された可能性があるということだろうか。


 法悦和尚が退室した後に、根来と粉河は円空仏について話し合った。

「なんなんだよ、そのエンクーって」

「江戸時代の有名な仏師です。要は、仏像を彫る人ですよ。日本全国をめぐりながら、各地で仏像を彫っていったんですよ」

 根来はしきりに頷き、

「その有名な円空が彫った仏像が、この彼岸寺にあって、誰かが盗んでしまったとそう言うんだな?」

「ええ」

「ということは、盗んだ人物が犯人なのか?」

「どうでしょうね」

 ……なんという奇妙な状況だろうか。円空仏が盗まれたことは、この事件とどういう繋がりがあるのだろうか。

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