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23 口寄せ

「おい、そろそろ、彼岸寺へ向かうぞ」

「ええ……」

 根来と祐介はそう言って、立ち上がった。時刻は十一時を過ぎていた。


 月菜の支度も済んだということだったので、一同は御巫家の屋敷から彼岸寺へと移動することになった。根来と祐介は同じ車で移動した。

 彼岸寺に着くと、信也が二人を口寄せの為に拵えられたという薄暗い部屋へと案内した。そこはまるで暗室のように、あまり光の届かぬ陰気な板の間なのだった。蝋燭の灯りが揺らめいていて、それがなんだか妙な心地にさせるのであった。

 その薄暗い中に、よく知らない人間たちが半円を描くようにしてしゃがみ込んでいた。

「皆さん。羽黒さんと根来さんが到着されました」

 根来の顔を見て、面食らった人間もいるようで、少しざわついた。


 祐介が正座して、まわりの人間の顔を見ると、まず、禿頭に白髭を生やした法悦(ほうえつ)和尚はが目についた。彼はこの彼岸寺の住職なのだが、今日の儀式では主役ではない。だからやることは大してない。そんなことをどう思っているのかよく分からないが、少し気難しそうに黙っていた。

 その横に佇んでいる、目鼻立通った醤油顔の若い僧侶が哲海(てっかい)である。法悦の孫で、彼岸寺の跡取りなのだ。根来の耳うちによれば、八年前も「シャイなイケメン坊主」ということで通っていたらしい。彼はシャイが祟って今でも独り身なのであった。

 お寺の人間といったらこれぐらいのもので、お堂が広い割に閑散としている理由はこれなのだった。

 さらに左手には、ちょっとしたプロレスラーみたいにがたいが良い癖に、腹まわりが太っている角刈りの中年男が座っていた。この人が叔父の善次なのですと信也がそっと祐介に耳うちをした。

 その善次の隣に座っているのがその娘の絢子で、歳は三十前後というところだろう。彼女は、一見すると、とても品のある女性なのだった。

 右手には、信也の祖父の門下生だったという三十代ぐらいの黒縁眼鏡の好男子、尾崎蓮也(れんや)も正座していた。彼は上品に黒髪をポマードで固めていた。それがアカデミックで知的な印象を与えた。彼は歴史学者なのだという。

 そして、祐介の右隣に座っている白いワンピースの少女は、日菜なのだろうと祐介は思った。

 その少女は祐介をちょっと見ると、また視線を遠くに外した。


 そこに胡麻博士と教え子の里田百合子(さとだゆりこ)が、明らかに場違いな明るさでズカズカと部屋に立ち入ってきたのである。

「ああ、ここですね、ここですね……。ほら、百合子くんはそこに座りなさい」

「いえ、先生からお先に、好きなところに」

「すまんね。うん? ここにいる人間は十一人か、ふむ、奇数とは縁起が良いなぁ。しかし、月菜さんが加われば十二人で偶数になるのか……」

 こんな時も、胡麻博士はしきりに縁起を担いでいた。いや、こんな時だからこそかもしれない。

 これだけの人数を一度に見せられて、祐介は少し頭がくらくらしたが、すぐに誰が誰なのかわかってくるだろうという気持ちもあった。

 ……そうこうしている内に、その時刻が迫ってきていた。


「羽黒さん。あなたは間もなく、恐ろしいものを目撃する……」

 胡麻博士は、その確信に満ちた言葉でぼそりと呟いた。

 祐介はその言葉に、なんだか、ゾクッと身の毛がよだった。そして、その言葉の意味を考えている間に、正午という時刻がもうそこまで差し迫ってきていたのである。

 恐ろしく冷たい静寂が、薄暗い板の間を包み込んでいた。誰も物言わぬ中で、己の心拍だけが我が身の内側で響いていた。まさにその時……。

 薄暗い板の間の戸がそっと開いて、美しい巫女が姿を現した。

(月菜だ……)

 その巫女は音も立てずに、部屋の中央へと進んでいった。

 祐介はふと、まわりの人間の顔を眺めた。皆、巫女の姿を食い入るように見つめている。祐介はそれからもう一度、巫女の方に視線を戻した。

 巫女は、部屋の真ん中に静かに正座すると、美しい瞳を見開いて、蝋燭の揺らめく灯りのその内側を見つめているのだった……。


 巫女の手には数珠が握られていた。そして、巫女はふっと目を閉じると、数珠を手の中で擦り合わせて、音を響かせながら、実に変てこな、唄のようなお経のような呪文をその口から唱え始めたのである。

 一体、何を唱えているのか、祐介にはその言葉がはっきりとは聞き取れなかった。しかし、その唄声は異様なアクセントとリズムと抑揚をもって、この薄暗い部屋の中に響いているのである。

 そうして、巫女の上半身は、その唱えている唄のリズムに合わせて、ずっと揺れ動いているのだ。

(不思議だ。見ているこちらまで、変な気分になってくる……)

 祐介は、なんだか、くらくらと眩暈がしてくるようだった。それはまるで酒に酔っ払ったような変てこな気分だった。

 見れば、蝋燭の揺らめく灯りが、空間を大きく捻じ曲げているようだ!

 その時、巫女の唄声は大きくなり激しくなり続けて、呼吸はいよいよ荒々しく苦しげになり、巫女の顔面は赤く染まり始めたのである。

 ……まるで血を吐きそうだ。

 そして、巫女は、全身を細かく震えさせて、つまりはひどい痙攣を起こして、何度も何度も苦しげに宙をもがき続けていた。

 その時である。巫女は、突然、立ち上がると、苦しげで醜い声を上げながら、部屋を舞い踊るとも暴れまわるともつかぬ様子でもがき続けているのである。

(なにか恐ろしいことが起こっている……)

 巫女はしばらく、飛び跳ねたり、奇声を発したりしながら、さらに激しさを増し続けて、部屋の中で踊り狂った。

 それが最高潮に達した時、ふっと巫女の表情が和らいだかと思うと、そのまま、床に倒れ込んでしまった。

 ……巫女は、気を失ってしまったのだ。

「きたぞ……」

 胡麻博士はそう言うと、立ち上がって、巫女に近づいていった……。

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