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22 巫女たち

 月菜は、ふと鏡に映る自分の顔を見つめていた。あどけなさの残る、その人形のように綺麗な顔つきにはどこか幼き頃に見た母の面影があった。


 月菜は、部屋にこもるとぴったりと引き戸を閉めて、ただ面妖なる空気の中、巫女の装束が掛けられているのを見ていたところである。

 これに着替えたら、もう後戻りはできないだろう。

 そんなことを思っている時に、ふと化粧台の鏡が目に入った。

 ……そこには若い頃の母に似ている自分の姿が映っていた。

 月菜は、ただ機械的に、俗っぽい白色のTシャツを、そっとたくし上げて、首元から一度に脱いでしまうと、今度はデニムのショートパンツに手をかけて下ろした。


 こうなってしまえば自分は無そのものだ。

 俗なるものは何も身につけていなくなり、ただ残された色白な肢体が、なんだか心もとなく空中に放り出されているだけなのだ。

 ……そして、巫女の装束を羽織れば、もはや私は以前の私でなくなり、聖なる存在となるのだ。

 そう思った時、月菜は手のひらに汗をかいていることに気付いた。

 自分はこれから恐ろしいものをこの身に憑依させてしまうのではないか。

 ……母の怨念。

 もしかしたら、そんなものが自分の心身を滅茶苦茶に破壊してしまうかもしれない。そんな恐怖があるのだ。

 月菜は、また機械的に、膝上までの丈の短い襦袢(じゅばん)を手に取ると、それで、自らの色白な肢体を、うっすらと覆い隠した。首に掛け襟をつけてから、白衣をまとう。帯をまわす。そして袴を履いたのだった。

 その時、戸が開いた。姉の日菜が立っていた。日菜もやはり室内へ入ると、ぴったりと引き戸を閉める。まるで息を潜めるように……。

 日菜は、白くて綺麗なワンピースを着ていた。自分と瓜二つのその顔つき、心なしか少し大人びて見えるところがやはり姉だった。

「月菜、もう支度をしたの?」

「うん」

 月菜も心に迷いがあったが、日菜の前でそれを悟られたくはなかった。

 月菜は、何も言わずに姉に背を向けた。日菜はしばらく何も言わずに床に座っていたが、しばらくしてから。

「月菜……」

 その声に月菜が振り返ってみると、日菜は不安を帯びた瞳で、月菜を見上げていた。

「どうしたの、お姉ちゃん……」

「月菜……。今日は、私に口寄せさせてくれないかな」

 その言葉に月菜は耳を疑った。

「お姉ちゃん。何を言っているの? お姉ちゃんには、この口寄せは荷が重すぎるよ」

「確かにそうかもしれない。でも、私、口寄せをしなちゃいけない気がするんだ……」

「お姉ちゃん、でも……」

「お願い。私を止めないで!」


 月菜はその言葉に、ただ茫然としてしまった。

 それから、日菜はもう何を言っても聞かない揺るぎなさで、巫女の装束に着替える為に、白いワンピースを少し乱暴な手つきで、足元から脱ぎ捨ててしまったのだった。

 その時になって、月菜は、(あら)わになった日菜の素肌を見た。日菜の白くなめらかな背中は美しかったが、それだけではなかった。同時に、見る人に異様な衝撃を与えるものなのであった。

 それを単純に美しいと表現することができないのは、そこに大きな傷跡がくっきりと浮かび上がっていたからであった。

 ……それが日菜の背中で、異様なコントラストとなって美しく輝いていた。

 日菜は、薄い襦袢をまとって、その背中をうっすらと隠すと、その上から白衣を着た。そして、袴を履こうとして、突然、気が遠くなったようにふらりとよろけて、床にしゃがみ込んでしまったのだった。


 月菜は慌てて、その姉を抱きかかえた。

 やっぱり姉には無理なのだろうか。しかし、日菜はふと月菜を不安の映った大きな瞳で見つめると、

「お願い。私を止めないで……」

 と呟いたのだった……。

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