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15 日菜の気持ち

 彼岸寺の一室に、日菜と月菜が座っていた。

 縁側の先の石庭は、赤く焼けてきた空に色を染められて、濃い影が差していた。

 日菜はあどけない顔つきを持ち上げて、月菜にひどく曖昧で悲しげな微笑みを送った。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 月菜は少し驚いて尋ねた。

「うん……」

 日菜はぎこちなくうつむいた。

「何か思っていることがあったら言ってね」

「違うんだ。そんなことじゃなくてね。私はお母さんのことをあまり覚えていないから、やっぱり月菜が口寄せをした方がいいよね」

 その日菜の言葉に、月菜は乗り出すと、

「お姉ちゃん。どうしたの? 急に……」

 日菜は、それ以上何も言わなかった。月菜は日菜を見つめていたが、その真意は分からなかった。


 日菜と月菜は似たような境遇だが、記憶の有無だけが、あまりにもかけ離れた心を作り出していた。だから、月菜は日菜が抱えているものの全てを理解することはできない。

 逆に言えば、日菜には自分に理解できないような複雑な気持ちがあることを、月菜はちゃんと了解していた。

 日菜はもしかしたら、この口寄せという重荷を月菜に押し付けている自分のことが嫌だったのかもしれない。それは考えていた。

 しかし日菜が、自分が母の口寄せをしたいと思っていることなど、月菜には想像もつかなかった。

 なぜなら、日菜は事件当時、殺害現場に居合わせたというトラウマがあるはずなのだから。

 日菜はこのトラウマから逃れようとする反面、心のどこかで、あの日のあの時に立ち戻ろうとする強迫的な観念があるのかもしれない。

 しかし、日菜が母の霊を口寄せすることは、月菜にはとても残酷なものに思えて、とても了承することができないのだった。


「口寄せは私がするから、お姉ちゃんは安心して」

「そう……そうだよね」

 日菜は立ち上がると、夕日を眺めた。真っ赤に染まってゆく景色。

「綺麗だね、ここからの景色は。人生もこんなに綺麗なら良いのに……」

 日菜はそう言って、悲しげに笑うと、その部屋を後にした。

 月菜は、体育座りのように膝を抱えると、柔らかい頬を膝に擦り寄せた。そして、ぼんやりと赤い空を眺めた。

 なんだか、月菜には日菜がいつになく皮肉っぽくなっているように思えた。


 そこに禿頭に白い顎髭を生やした和尚が廊下を歩いてきた。日菜がいないのを見ると、月菜に、

「日菜はどこへ行ったのかね」

「どこか遠くへ行ってしまったわ」

「遠く?」

「私のたどり着けないどこかずっと遠くに……」

 その言葉に和尚は、

「日菜はずっとここにいるじゃないか。月菜が気づいていないだけで……」

 その言葉に、なんだか、無性に月菜は悲しくなった。

 いつの間にか、日菜は遠くへ行ってしまったのだと思っていた。でも、その距離を作り出していたのは、自分なんじゃないか、そんな気持ちになったのだった。


 ……それでも、やっぱり月菜には、日菜がどこか遠くへ行ってしまったように思えるのだった。

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