異世界きたので現実逃避します
は、初めてだから……その…優しく…して…(///
春という季節は、心のどこかに期待や不安を抱えてしまう季節であると、
わたしは勝手ながら思っている。
春とは始まりの季節であり、日常に様々な変化が生じる。
そんな季節だ。
新しい学校、新しいクラス、新しい仕事。
新たな生活に胸を躍らせつつも、変わってしまった日常に不安に感じずにはいられない。
道行く人々の顔は様々だ。
緊張に顔を強張らせたり、
輝かしい未来に期待を寄せていたり、
熱意と自信にあふれていたりと多種多様である。
だが誰もが春の始まりを感じさせるエッセンスであり、
今まさに開花せんとしている蕾なのだろうとわたしは思う。
近い未来に、彼らは皆大輪の花を咲かすのだろうと思うと、
春は希望を感じさせる季節なのだなぁ〜とわたしはしみじみしてしまう。
「………なぁ」
それにうららかな日差しを浴びるのがこんなに気持ちの良いものだとは思ってもいなかった。
わたしは長いこと部屋に篭りっきりだったので、このような気分は新鮮であった。
やはりこもるのは良くないとわたしは思う。
せっかく四季のある国に生まれたのだから、春の陽気を味あわなければ損というものだ。
春の日差しを全身に浴びながら昼寝というのもなかなか良いかもしれない。
かすかに香る春の匂いと、
そよ風になびく草の音に抱かれて、
わたしの身体を包み込むように、暖かな春の陽気がわたしを夢の世界へと誘ってくれる。
うむ、想像してみるだけで気持ちよさそうだ。機会があれば試してみるのもいいかもしれない。
「……なぁ……おい!」
やはり四季は良いとわたしは思う。
期待と不安の春。
情熱と涙の夏。
郷愁と情緒の秋。
後悔と安寧の冬。
これをそのまま人の人生に置き換えれば
これほど素晴らしい人生設計はないだろうとわたしは思う。
自然がそうあるのだから、
人間もまたそうあるのが正しい姿なのかもしれないとわたしは感慨深く頷く。
そうだ、とあるハートのキングも”人類も自然の一部!!”と豪語していたではないか。
本当の幸せは、真理は栄枯盛衰、明鏡止水の心にあるのではないか。
もしかしたらわたしは世界の真理を垣間見てしまったのではないだろうか。
だとするとものすごい発見だ、ノーベル平和賞ものである。
帰ったらレポートにまとめてみようか。
「聞いてんのかテメェ!?」
……ハァ〜、とわたしは肩を竦めて大袈裟にため息をついてみせた。
それはもう大袈裟に。
こんなに春うららな季節なのだから、
そこまで声を荒げるものではないとわたしは彼女を諌める。
そう言ってわたしが隣の彼女を見ると、
額に青筋を浮かべ、目は釣りあがって刃物のように切れている彼女の顔があった。
おまけに歯をむき出しにして”ガルル…”、と唸り、
今にも泡吹きながら噛み付いてきそうな雰囲気だった。
まるで狂犬だ。
彼女と出会って約10年、ここにきて新たな一面を見てしまった。
春の魔力に当てられたのだろうか。
とりあえず写メ撮っておこう。
わたしはバレないようにスマホを取り出し、画面も見ずにシャッターを切った。
慣れたものである。わたしの盗撮スキルもいよいよ英霊級に達しているかもしれない。
「おい、今撮った写真すぐに消せ。オロスゾ」
彼女の名前は”比呂衣 なじみ”。
今時珍しいツンデレ幼馴染属性を持っているが、それだけである。
それ以外はすこぶる普通だ。
セミロングの黒髪。
大きくも小さくもない胸。
家庭も普通の一般家庭で、
思春期に入って不良になってしまった、
迷える子羊の一匹である。
「ブン殴るぞテメェ…!」
先程言ったように、わたし達は幼馴染である。
お互いに知らないことはないと言い切れるほどの幼馴染で、
ベランダからお互いの部屋を行き来するくらいの幼馴染で、
わたしが毎朝彼女を起こしてあげるくらいにはテンプレ幼馴染である。
彼女は絶滅危惧種に指定した方がいのではないだろうか?
彼女は直ちに国に保護されてしかるべき存在である。
ん?なぜ頭を押さえているのだろう?具合でもわるいのだろうか?
「……はぁ…」
まあいい、続けよう。
わたしは、なじみを普通の女の子で幼馴染だと思っていた。
思っていたのだが……。
わたしは少し悲しい気持ちになった。
裏切られた気分である。
どうやら気の置けない親友と思っていたのはわたしの勘違いだったようだ。
一体どうしてだろうか??
わたしは彼女を見ながら言う。
「………どうしてだよ……」
どうしてもなにもない!とわたしは憤る。
親友と思っていたものに隠し事をされて怒らないものはいない、
とわたしはなじみに詰め寄る。
どうして黙っていたのか、どうして言ってくれなかったんだ、と。
それはそれは悲痛な表情で彼女へと捲したてる。
「ドウシテコウナッタノ………」
恍けないでほしい。
わたしはなじみに真剣な顔で言った。
なぜ人外獣っ娘属性があることを今まで黙っていたのか。
わたしは呆れたように言う。
なじみは開いた口がふさがらないといった顔をしていた。ポカーンというやつだ。
先程わたしに見せたあの凶暴な顔つきは、
とてもではないが同じ人間には見えなかった。
飢えた野獣という表現がぴったりで、人間の顔があのように変化するとは、
とてもではないがありえないとわたしは思う。
というわけで、わたしが出した結論は”なじみは人狼の一族の生き残り”である。
我ながら実に見事な推理(もしくは設定)だとわたしは思う。
この設定でラノベでも書けば大賞を総ナメに出来るだろう。
タイトルは…
「俺の幼馴染が人狼だった件」
とかどうだろうか?やはりありきたりすぎるだろうか?
だが固すぎるタイトルだとラノベ読者に敬遠されてしまう恐れもあるし、
この辺りが丁度いい塩梅だと思うのだが……。
「どうでもいいわ!!」
どうやら選考落ちしてしまったようだ。
自信があっただけに、少し悲しい。
調子に乗っては痛い目を見る、
なじみにそう教えられた気分だ。反省しなければ。
「黙って聞いてりゃ何ダァテメェは!?
幼馴染以外ほとんど嘘じゃねぇか!!あたしの髪は金髪で地毛だし!!
言いたかないけど胸もでけぇし!!グレたのも思春期の所為じゃねェ!!!
しかもなんだ人狼って!?あたしは人間だ!
人を馬鹿にすんのもいい加減にしろよクソヤロウ!!!」
ひどくお冠である。
どうやら設定がお気に召さないらしい。
「テメェが不愉快なんだよ!!頼むから人の話を聞けよ!?
なんでそんな悠長に冗談こいてられるんだ?!状況考えろ!!
もしかしたらあたしらは、
元の世界には帰れないかもしんねぇんだぞ!!」
なじみは異世界転移物をご所望のようだ。
だが、わたしはちょっと遠慮したい気分である。
ジャンルそのものを否定する気はないが、
異世界ファンタジー系は、現在かなりの飽和状態だ。
同じような作品が、そこらじゅうにある中で頭角を表すには、
斬新で異色な設定、ストーリー。
そして、その設定を生かすための文章力が必要である。
少なくともわたしはそう考えている。
小説初投稿なわたしには、若干敷居が高いように感じるのだ。
あと流行りに乗っかったミーハー作者と思われるのが嫌なだけである。
「”なろう”の話は今してねぇんだよ!!わざとか?!わざとだよなぁ!?
テメェわざと現実から目を背けているよな!!
周りを見ろ!受け容れろ!言え!言うんだ!ここが異世界であると!!
さもなくばこの手で貴様を、
夢も見れない体にしてやる!!!」
だんだんなじみのキャラがぶれてきたので、わたしは彼女を揶揄うのを一旦止める。
危うく彼女が一線超えるところであった。
さて、状況を整理しよう。
わたしとなじみは、先程まで◯祥寺の◯◯ロードを歩いていたのが。
気付いたら草原の真ん中に二人で突っ立っていた。
見渡す限りの地平線で建物一つ建ってはいない。
空には星のようなキラキラした物が、帯のように連なって浮かんでいる。
さらに、空は夜のように真っ暗であるにも関わらず、周りは昼間のように明るい。
さらに追い打ちをかけるように、わたしは雲ひとつない空を見渡して見たが、
太陽と月らしきものはかけらも見当たらなかった。
現実では到底ありない光景である。
夢かとも思ったが、わたしが朝から並んでまで買った羊羹の袋と、
なじみが爆買いしたメンチカツの、口いっぱいに広がる肉汁が、
ここが現実であるとわたし達に訴えている。
うむ、美味い。
まぁわたしは、ここまで条件が揃っていて、
「これは夢だ!!」
などとテンプレなセリフを吐くつもりはない。
ここはどう取り繕っても異世界であった。
穏やかな春の季節、わたしとなじみの、
望んでもいない異世界ライフが始まろうとしていた。
「……あたしら、帰れるかなぁ………。」
答えは神のみぞ知るのであった。
はてさて、一体どうすれば現実に戻れるのだろうか。
とりあえずはメンチを食べてから考えるとしよう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
初投稿故、まだまだ稚拙な部分も御座いますが、暖かく見守っていただければ幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。