秘密の※番外編
R-15とは言いませんが、少しそれに近い描写があるのでご注意ください(^^;;
「……そう言えば、ふとした瞬間に体を庇っているが怪我でもしたのか?」
その一言が、全ての始まりだった。
「…え?」
「…いや、気になっただけだ。大したことがないなら良いが…痛そうな顔をするから気になっていた」
「いえ、大丈夫ですよ。この前の、あの時にちょっと殴られた、というか…大したことはないんですけどね!」
笑顔で手まで振って大丈夫だと言うことを伝えたかったのだが、その手を掴まれて旦那さまが真剣な顔になった。そして、
「……ぁあ?」
キレた。
***
「ぁ…や、ちょっと! ちょ、やっ…旦那さまってば!」
「別にお前に怒ってるわけじゃない。だから安心して見せろ」
キレた旦那さま、口調まで変わってしまったようで私は大変なことになっている。
「絶対嫌です! 安心できませんっ…て、ば…もうやだ…!」
旦那さまがキレてから早くも三十分。ここはベッドの上なんかじゃなくて、リビングの中央。逃げようとする私とその服に手をかけた旦那さまとの必死の攻防戦が繰り広げられている。
旦那さま曰く、俺の女に手を出すな的なそういう独占欲があるんだとか何だとか、よく分からないことを口走っている。
対する私曰く、もう治りかけている傷を旦那さまであろうと人に晒すのは嫌なので断固として脱ぎません、と。
その攻防戦をさらに続けること二十分。
負けたのは私だった。
体力切れと、元々の力の差で旦那さまに後ろから捉えられて連れてこられたのはベッドの上。
既に脱がされた、と言うより剥かれた服は床に投げ捨てられ、キャミソール一枚という何とも頼りない姿で少しでも隠そうと丸まって座ってみた。
「…手、邪魔」
「…邪魔してるから、当然です」
抵抗も虚しく、あっさりと手を掴まれるとキャミソールを半分めくられた。こんな姿、今まで母親以外の誰にも見せたことがないのに。恥ずかしすぎて涙が出そうになる。自分でも顔が真っ赤になっていくのが分かって、いたたまれない。
「…痣になってる」
ずっと指先でその痕をなぞられると、痛みよりくすぐったさの方が勝る。
「…や、くすぐったいです…」
「この傷は?」
「そこ、は…蹴られ、ました」
旦那さまの顔が、一瞬、ほんの一瞬だけ表情がなくなった。
「…大丈夫なので。だから、そろそろ離してもらえたらなぁ〜…なんて?」
「…嫌だ」
「…私も嫌です、これ以上は。恥ずかしくて死んじゃいます」
「人は恥ずかしさでは死なない」
「…っ私は死んじゃいます!」
私の制止も聞かずにしばらく痕を撫でた旦那さまは次に、私をベッドに横たえると押し倒すようにしてその痕に口付けた。
「…っん…」
「…本気で嫌がったら、考える」
旦那さまがそう言って、再び触れるだけの口付けを繰り返す。
旦那さまの言い方はずるい。好きな人にそんな風に言われたら嫌だなんて言えなくなる。
「…嫌じゃ、ない、です」
私はこの言葉を少しだけ後悔した。
そう、この言葉を言質に旦那さまの気がすむまでベッドの上に拘束された。
***
「旦那さま、お昼ご飯を食べませんか?」
気が済んだらしい旦那さまから抜け出した私は、朝からちゃんと準備しておいた昼食をテーブルに並べた。そして旦那さまと並んで二人で食事をとる。
ちらりと盗み見て気づいたことだが、彼は食事の時は基本的に無口になる。元々そんなに喋るタイプではないが、いつもに増して口数が少なくなるので、きっとお気に召していただいていると思って良いのだろう。
「…何か面白いことでも?」
無意識の内に顔に出ていたのか、顔を上げた旦那さまが不思議そうに問う。
「いえ…幸せだな、と思って。こうやって旦那さまとなる人と、二人きりで小さな家に住んでこんな風に普通の日々を送るのが、夢だったんです」
「…そうか。…俺も君と過ごせている今が、一番幸せだ」
サラリとこういったことを言ってしまう旦那さまは少し注意してもらいたいものだが、その言葉一つでこんなにも幸せに感じてしまうのだから、私は単純なのだ。
食事の片付けまで終えると、ソファの上で旦那さまにもたれかかるようにまどろんだ。
外の日差しは暖かくて、お腹もいっぱいになってちょうど眠気が襲ってきた。
うとうとしては目を覚ますのを繰り返していたら、旦那さまの大きくて安心する手に引き寄せられた。
「…寝ていろ。君は頑張りすぎだ」
その声はとても優しくて、いつのまにか眠りについていた。
***
目を覚まして飛び起きると、薄手の毛布が掛けられていて、外はもう星がきらめいていた。旦那さまの姿が見当たらなかったので外に出ると、剣を振っていた。
その姿は、いつも見る優しい姿とはまた違ってすごく凛々しかった。
しばらく後ろから見ていたが、気配に気づいたらしい旦那さまが振り返った。
「…起きたのか」
「はい。毛布、ありがとうございました。旦那さまは…訓練中でしたか?」
「いや、大丈夫だ。そういえば言ってなかったな。特殊部隊から異動になって、騎士団に所属になったんだ。…だから、もう君と過ごせる」
「…長い間、お疲れ様でした。こんなこと言っていいのかな。…でも、私、素直に嬉しいんです。さっきも言ったみたいに、"普通"になれたことが、こんなに幸せに思うなんて。旦那さまが、ずっと頑張ってくださっていたのは知っています。でも好きな人と、離れて暮らすのは寂しかった。だから、こうして一緒にいて、何も隠さなくていいことが嬉しい」
自分で言いだしておきながら、少し恥ずかしくて照れ隠しに笑ってみせると背の高い旦那さまに抱きしめられた。
いつもより、少しだけ強く。
「これからは…ちゃんと、守るから。だからずっと俺の側で笑っていてほしい」
「…もちろんです。私はどんな時も、何があっても旦那さまの味方でいます。だからこちらこそ、側に置いてくださいね」
きらめく空の下で交わした誓いを、私はきっと生涯忘れないだろう。
***
「…さっきは聞くのを忘れていたが、あの痕以外は何もされてないな?」
リビングでの一時、旦那さまからの不意打ちのそんな言葉に、一瞬考え込んだ。
そして旦那さまはといえば、その隙を見逃すはずもなく。距離を詰めると私が逃げるのを防ぐためか、いや、それ以外に理由などないのだろうけど、壁まで追い詰められた。
「…決して怒らない。何をされた?」
その声は完全に冷え切っていて、先ほどまでのキレた時の旦那さまに戻ってしまっている。
「…少しだけ、触れられました」
そう言って、指で唇をなぞると旦那さまの目がスッと細められて、私がしたのと同じように旦那さまの指が唇の上を滑る。
「…こんな風に? それとも、口付け?」
寝起きの声と少し似た、少し掠れた声が耳元で私を捉えて逃がさないように囁く。
「…口付け」
「……そうか」
少しだけ無言が続いて、見つめ合って、唇をなぞっていた指が頬に添えられて、戸惑う暇もないほど一瞬だった。
気づいたときには旦那さまの顔が間近にあって、目を閉じることも忘れた。
長く感じられたその時間も感じていたよりあっという間だったようで、何もなかったかのように離れた旦那さまが私の頭をぽんぽんと撫でて寝室の方へと入っていった。
私は力が抜けてその場にへなへなと座り込むと、真っ赤にした顔を隠すように両手で覆った。
私の旦那さまは本当に侮れない人だ。
まだまだ知らない旦那さまの顔が、ありそうだ。
そんな予感を秘めながら過ごしたとある夜。
次は二人が結婚したきっかけを書こうかな〜と思ってます。やっと二人の名前も出せるんじゃないかな。