その9
「同志たちよ、ついにボクたちが待ち望んでいた救世主が現れたよ(ふにふに)」
映像のローゼンクロイツはハルカを高く掲げて、映像を見ている全ての者に偉大なる救世主である神を見せ付けた。
「この、ボクたちの住む世界とは異なった異世界から来た黒猫が、ボクたちの魂を解放して楽園へと導いてくれる(ふあふあ)」
映像が突如ザザーッと乱れ、そしてプツリと消えた。発信者側――つまりローゼンクロイツにトラブルが起きたのだ。
無表情のローゼンクロイツが後ろを振り向くとそこにいたのは!?
「こんばんわクリスちゃん。三ヶ月前の感謝祭以来だな(相変わらず変な格好をしているなこの男は)」
そこにいたのはカーシャだった。
ローゼンクロイツもルーファスもハルカも、誰一人としてカーシャが近づいて来たのに気づかなかったのだ。恐るべしカーシャの忍び足。
「なぜ魔女がここに?(ふにふに)」
ローゼンクロイツはカーシャのことを魔女と呼んでいた。
「それは、この場所がどうしてわかったかという意味か?」
「いくら魔女の女王でもボクの結界は破れないハズだよ(ふーっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。ローゼンクロイツの声音はいつもと違っていた。いつものゆっくりとしていて透き通るような声ではなく、今の彼の声のトーンは少し低めだった。
「ワタシの正体を知る数少ないおまえならわかると思うが?」
「学院時代の魔女とはマナの波動が違う。……もしかしてチカラを取り戻したの? もしそうだったら……少し驚き(ふにふに)」
「そうだ、チカラを取り戻した今のワタシは、この国で一番の魔導士だ。一番はクリスちゃんではなくなった。格が下の魔導士の結界など、ないも同じだ。それにこの場所はハルカの首輪に付けてある特別な鉱物でわかった(クリスちゃんとはいろいろあったが、今なら絶対負けない)」
『いろいろあった』とはどういうことなのか? てゆーか、この人いろんな人といろいろあり過ぎ。
そんな感じで二人が会話を進めているなか、ハルカはある言葉がずっと頭に引っかかって、そのことだけに頭を使っている状態だった。
その言葉とは、『ボクたちの住む世界とは異なった異世界から』というローゼンクロイツの言葉。彼はハルカが異世界から召喚されたことをどこで知ったのだろうか?
「あの、お取り込み中のところ申し訳ないんですけど、ローゼンクロイツさんは何でアタシが異世界から来たこと知ってるんですか?(この人なら勘とか言いそうだけど)」
本当にお取り込み中だった。
プライドの高いローゼンクロイツはカーシャに結界を破られたことが、ショックだったらしい。
「結界が破られるなんて……そんな自分に苦笑(ふ〜)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。そんなローゼンクロイツにカーシャは、びしっとばしっとずばっと人差し指を顔に突きつけた。
「学院時代に負けた運動会の障害物競走、今なら勝てる!」
以前カーシャはローゼンクロイツに障害物競走で負けたことがあった。ただ負けただけならばカーシャも気にしなかっただろうが、二人はレースの前に罰ゲーム付きの賭けをしていて、カーシャはレースに負けたうえに賭けにも負けて、しかもレース中にローゼンクロイツにヒドイ目に遭わされていた。それが今でも尾を引いているのだ。
「……負けず嫌い(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「何だと!?(罰ゲームで受けたワタシの屈辱、今思い出しても笑えない……ふふ)」
そう考えながら心の中で笑っているカーシャ。この人のことはよくわからない。
「あのぉ、お取り込み中申し訳ないんですけど!(何で二人とも気づかないわけ?)」
ハルカは頑張っていた。
「あのぉ、ちょっと、ローゼンクロイツさんに話があるんですけど!(いい加減気づいてよ!)」
気づかないのには理由があった。実は二人ともわざとハルカを無視していた。つまりグルになってからかっているのだ。
「(クリスちゃんとはこういうところで気が合うな……ふふ)」
「(ふっ)」
確信犯だった。二人の息はぴったりだ。
「あのぉ〜!(いい加減にしてよ!)」
「……飽きたね(ふにふに)」
「……そうだな、ハルカをからかうのも飽きたから、このくらいにするか(有意義な時間だった)」
「わざとやってたんですか?(この二人、最強タッグだ!)」
ハルカ的ショックだった。でも、ハルカはめげずにやっと質問した。
「ローゼンクロイツさんは、アタシが異世界から来たこと何で知ってるんですか?」
「……勘(ふあふあ)」
「(やっぱし!)」
「……ウソ(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「本当はエルザ元帥に白状された……自白(ふっ)。事件がもみ消されていることに気づいたボクは、その犯人がエルザ元帥であることを突き止めて吐かせたたら、ルーファスとハルカの名前が出てきてね……因果関係(ふにふに)」
この話を聞いたルーファスは少し慌てていた。なんせ、いろんな罪が国務執行官にバレてしまっていたのだから。
「あ、あのさぁ、私たちがしたこと、ローゼンクロイツと私の中なら当然見逃してくれるよね?」
「……交渉(ふにふに)」
「……交渉ってどんな?(交渉したくないベスト三の中にローゼンクロイツは入るんだけどな)」
ちなみにルーファスの交渉したくないベスト三は、カーシャ、ファウスト、ローゼンクロイツである。この三人の順序は誰が一番というわけではない、できれば誰ともルーファスは交渉をしたくない。
「……ハルカを神としてこの世界に君臨させるお手伝い(ふにふに)」
「もっと楽なのない?(神として君臨って……)」
ビビッとハルカは超名案が頭に浮かんだ。
「ルーファス! ローゼンクロイツさんに言うとおりにして!」
「なんでさ?(神として君臨なんて無理だよ)」
「アタシが元の世界に帰る条件は?」
ハルカはルーファスに大魔王ルシファーという超ビックな悪魔の代わりに召喚されてしまった。そして、ルーファスが大魔王にさせようとしたこと、それは、『世界征服』だった。世界征服さえ成し遂げればハルカは元の世界に帰れるはずなのだ。
妖々たる邪悪な笑みを浮かべるカーシャ。とっても悪いことを考えているのは明々白々で皆さんご存知、お見通しだ!
「ワタシもハルカが元の世界に帰る手伝いをしよう(……世界制服……ふふ)」
手伝いをすると言いながらもカーシャの目的は世界制服にある。何を隠そうカーシャは古の時代に世界制服に失敗しているのだ。
ローゼンクロイツとカーシャは何時の間にか結託して、固い握手をしているではないか――。しかも、ハルカまでもその輪に入っている。この場でついていけてないのはルーファスだけだった。
「あのさ〜、ハルカを神として君臨させるってどうやるの?(カーシャとローゼンクロイツが組んだら何でもアリって感じだけど……)」
「ボクの辞書に不可能の文字はないよ(ふあふあ)。これから本部に行く、そこで作戦について話し合おう(ふにふに)」
今ハルカたちがいるのは薔薇十字団の臨時支部だった。どおりで人がいないはずだ。
突然、ペンタグラムの瞳が天を〈視た〉。
「……来るよ(ふーっ)」
全員がローゼンクロイツにつられるようにして上を見上げた。
轟音と共に天井が崩れ落ち、辺りに砂煙が充満した。
服の裾を口と鼻に当てながら砂煙が静まるのを待っていたカーシャが見たものは、魔導吸収法衣を着た国の特殊部隊だった。特殊部隊の数はざっと二〇名。
「ふふ、教祖サマを捕まえに精鋭が来たようだな。どうするクリスちゃん?」
「……魔女が結界破ったから(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。つまり非はカーシャにあると言いたいのだ。
カーシャは何を言い返そうとしたが、今はそれどころではなかった。特殊部隊は手に持った杖状の魔力増幅器にマナを溜めている。
「ハルカを守れ!」
険しい表情をするカーシャがそう叫んだ次の瞬間には、エネルギー弾の猛襲が特殊部隊から放たれていた。
三人の魔導士たちは瞬時に魔法壁を張ることができたが、ハルカは?
ハルカは無事だった。ルーファスがその手にしっかりと抱きかかえている。だが、しかし、ルーファスの右肩は衣服が焼け焦げ肌が炎症していた。
「ルーファスだいじょぶ?(アタシのために……)」
抱きかかえられたハルカは焼けた肌を目の前にして鎮痛な表情をした。
「……結構痛い」
正直な感想だった。
ルーファスの肩の治療をしようとカーシャが走り寄ろうとしたその時だった。カーシャの後ろにいたローゼンクロイツが口に手を当てた。
「は、は、はっくしゅん!」
大きなくしゃみとともに辺りが静まり返った。この場にいたハルカ以外の全員が口を半開きにして次に起こる事態に恐怖したのだ。ローゼンクロイツを知る者であれば誰もが知っている最悪の事態。
ローゼンクロイツの頭にかわいらしいねこ耳が生えていた。妖怪か!?
「カーシャ逃げよう!(ホントにヤバイ)」
ローゼンクロイツの変化を見たルーファスは素っ頓狂な大声で叫んだ。
失笑するカーシャ。
「言われるまでもない、ローゼンクロイツの猫返りは危険極まりない」
「え、何? ローゼンクロイツさんに何が起こってるの!?」
ハルカには何が起きようとしているのか全く検討もつかない。未だにこの世界の出来事及び、わけのわからない人々の理解には苦しんでいるのだ。
ローゼンクロイツの『猫返り』とは、一種の発作のようなものである。いつ起こるともわからないその発作を起こすと、ローゼンクロイツの身体は猫人へと変化し、ねこ耳としっぽが生える。
猫人と化したローゼンクロイツはいろんな意味で最強である。
「……ふあふぁ〜」
猫返りをしてしまったローゼンクロイツには人間の言葉が通じない。通じるのは猫語のみだ(たぶん)。しかも、トランス状態で意味不明な破壊活動を行う。
「……ふっ」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。次の瞬間ローゼンクロイツの身体から大量なねこしゃん人形が飛び出した。しかも、ねこしゃんは止まることなく放出され続けている。
ねこしゃんを目の当たりにしたカーシャは思わず叫んだ。ネコが好きだから叫んだのではない、恐怖から叫んだのだ。
「しまった、今回はねこしゃん大行進か!(この前はたしかしっぽふにふにだったな……ふふ、ラヴリィだ)」
『ねこしゃん大行進』とはカーシャが名づけた猫返り時のローゼンクロイツの魔法で、ローゼンクロイツの身体から放出された大量のネコのお人形さんたちが二足歩行で走り回り、何かにぶつかると『にゃ〜ん』とかわらしく鳴いて大爆発を起こすという無差別攻撃魔法である。
ちなみに猫返り時のローゼンクロイツの魔法にはこの他にも『しっぽふにふに』という魔法などもある。
二足歩行のねこしゃん人形がランダムに走り回り爆発を起こしていく。爆発が爆発を呼ぶ最悪な状況だ。
特殊部隊員は着ている法衣で辛うじて身を守っているが、その法衣でも幾重もの爆発でボロボロになっていく。
ボロボロになっていくのは法衣だけではなかった。壁が崩れていく――明らかにここはもう危ない、崩れるのも時間の問題だ。
大爆発を足元に感じながら、ルーファスたちは一目散に逃げていた。今は特殊部隊が空けた穴をレビテーションで登っている途中だ。
出口を猛スピードで出ようとしたルーファスたちの前に、蜘蛛の巣のようなネットが広がった。
「罠か!(ついてない)」
そうルーファスが叫んだ次の瞬間にはネットに突っ込み、単純なまでにあっさりと捕らえられてしまった。
このネットは魔導士に魔法を使えなくさせて、ただの人にしてしまう優れもので、一般人は手に入れることができない貴重なマジックアイテムだ。
逃げ道で待ち伏せなど基本中の基本。そんな手に引っかかるなんて迂闊。
「自分自身に幻滅だ(……ふふ、情けない)」
って感じだった。
為す術もなくなってしまった『ただの人』二人とネコ一匹はネットに絡まったまま連行されて行ってしまった。
となると思いきや、ハルカは上空から飛来して来る三つ人影を見た。
その影は地上に降りるや否やここにいた特殊部隊員を肉弾戦でバッサバッサと倒していくではないか!?
影の一人がネットの方へ近づいて来る。
その容貌は人間の時のハルカと同い年くらいのお嬢様系で、他の二人もよく見ると同じ感じの女の子だ。
しかもみんな空色のドレスを着ている。どう考えてもローゼンクロイツの仲間か何かとしか思えない。それに付け加えて、なぜか全員ねこ耳を付けている。
ネットの前で足を止めた少女はドレスを少し捲り上げ、足のところに隠してあったナイフを抜くと、ネットを切りルーファスたちを救出した。
「近距離戦闘班隊長アインといいます。みなさんを助けに来ました」
鈴が春の歌を謳うような声だった。次の瞬間カーシャは思った。
「(こいつら女か?)」
見た目、声、どこを取ってもカワイイ女の子っぽいが、ローゼンクロイツの例があるのでなんとも言えない。
特殊部隊員を倒し終えた二人の女の子もこちらに近づいて来て挨拶をはじめた。
「近距離戦闘班のツヴァイといいます」
「同じく近距離戦闘班ドライであります!」
微妙に一人だけしゃべり方が違った。しかもその一人だけがビシッと背筋を伸ばして軍人風の敬礼の挨拶だった。だが、あえて誰もそこには突っ込まない。
聞くまでもないと思って、誰も聞かなかったことに、ハルカが取り合えず代表で聞いてみた。
「あの、あなたたち何ですか? ローゼンクロイツさんと関係ある人?(っていうか関係ありすぎな格好してるけど……)」
アインが一歩前へ出て答えた。
「私たちは薔薇十字団のメンバーでして、ここが襲撃された場合に備えて待機していました(まさかホントに襲撃されるなんて思ってみなかったけど)」
まさか襲撃されてしまったのはカーシャが結界を解いたせいだ。ぜ〜んぶカーシャのせいだ。
「それでは本部にお連れします」
そう言ってアインがハルカを抱きかかえると、ツヴァイはルーファスとカーシャにある衣装を渡した。
「これを着て変装してください。追っ手にバレると大変ですから」
渡された衣装は修道士の物であった。
ケープを羽織り、ドミノと呼ばれる頭巾を被ったルーファスとカーシャは、どこから見ても修道士、何の変哲もない。
完璧な修道士になりすましたルーファスとカーシャは、近距離戦闘班と共に街中を歩いていた。
アインは先程から人々が自分たちに微妙だが注目しているのに気づいた。
「(完璧な修道士の変装が見破られてるのかしら?)」
先程からしつこく言っているが、『修道院』の変装は完璧だ。ただ、空色ドレスの三人娘は異様に目立っていた。中でも猫耳が目立っていると断言できる。
人々の視線を浴びながらハルカたちは花屋さんの前に来た。色とりどりの花がいっぱい置いてあり、その花々に囲まれた花のように美しい女性店長がいた。
ハルカを抱きかかえたままアインは花屋の店長と話しはじめた。
「薔薇を一万本いただけませんか?」
「白にしますか、赤にしますか?」
「知るかんなもん、バッキャロー!」
突然人が変わったように怒り出したアインだったが、女店長は怒ることなく応じた。
「どうぞ、こちらへお入りください」
一部始終を近くで見ていたハルカは何なんだかわからなかった。
「(何今の? アインさんにあんなこと言われて怒ってないのかな? 実は内心でははらわた煮えくり返っていて、お店の奥に連れ込まれて、あ〜んなことやこ〜んなことされるんじゃ!?))」
ハルカは善からぬことをいっぱい想像したようだが、今の実は合言葉だったりする。
女店長に続いてぞろぞろとハルカたちはお店の中に入って行った。
お店の中は外から見た時より広い。異様に広い、やけに広い、広すぎる。
部屋がたくさんあり、廊下もかなり入り組んでいる。迷路のようだ。
長い廊下をずいぶんと進み女店長の足がドアの前で止まった。
「このドアの先です」
頭を下げた女店長にアインは礼を言うと、ドアの中に入って行った。他の者もそれに続く。
ドアの中は明らかに花屋の店内ではなかった。ここが薔薇十字団本部だ。
薔薇十字団の本部であることをアインに告げられ一行は本部内を観光案内風に案内された。
まず、最初に連れて来られたのは何かの製作所らしき場所。
ここには作業着を着たたくましい男たちが、なにやら大きなブロンズ象を磨き上げていた。
ブロンズ象は明らかにネコの形をしていて、その大きさは横に五メートルほど、高さは土台も合わせると一〇メートルはあるブロンズ象だった。
思わずハルカはネコつながりということで親近感を覚えた。
「アインさん、あのブロンズ像は何なんですか?」
「あれはハルカ様のブロンズ像で、五〇ほど製作して各国の主要都市に送りつける予定です」
「あれってアタシなの!?(てゆーか、送りつけるってどういうこと)」
アインは両手を合わせると理想を夢見て遠い目をした。少しイッてる。
「ハルカ様が世界を統治された暁には、あのブロンズ象が世界各国に……(あぁ、ねこねこファンタジィ〜)」
アインは少し危ない世界に浸っていた。今触ると感染しそうだ。
ツヴァイとドライはなぜかここで声を合わせて掛け声をあげる。
「「ねこねこファンタジィ〜!」」
三人娘は少し危ない世界に入っていた。帰還できないかもしれないほどに重症のような気がする。
ローゼンクロイツの猫返りといい、この近距離戦闘班のねこ耳三人娘たちといい、ハルカを神として崇めようとしていることいい、もしや、薔薇十字団ってネコを崇める新興宗教なのか!?
ハルカとルーファスは、ここを出る頃には催眠療法に引っかかって高額商品を買わされていそうな気分になった。
次に案内されたのは、民間人から集った戦闘隊員の訓練場だった。ここでハルカは凄まじい光景を目の当たりにすることとなった。
訓練場にいる人たちは、なぜかみんなネコのきぐるみを着て、それが三〇〇人ほどもいる。ふざけているとしか思えない光景だった。……ふざけているのかもしれない。
ハルカはこの訓練のことには触れないでおこうと思ったが、ルーファスは聞きたくて聞きたくてしょうがなかった。
「(どうしようかな、聞きたいけど触れない方がいいような……)あの、この訓練って何ですか? というより、なぜネコ何ですか?」
ルーファスはついに禁断の扉を開けてしまった感じだ。
質問に答えてくれたのはドライだった。
「ここに集ってくれた者たちは家庭を持った一般人であります。ですから顔を隠すためにきぐるみを着ているのでありますっ!(敬礼!)」
以前ネコのきぐるみを着て国立博物館に侵入したことのあるルーファスは、なるほどとひとり納得した。
だが、この後誰もが予想だにしなかった展開が!
ツヴァイはネコのきぐるみ軍団の前に立った。
「ねこねこファンタジィ〜!」
と言って、ぽぁぽぁ〜とした感じで拳を高く上げた。するとネコのきぐるみ軍団も同じように拳を高く上げて叫んだ。
「ねこねこファンタジ〜!」
こちらの声は低く唸るような声でちょっと男臭かった。むしろ恐い。むしろ熱い?
唖然としてしまっているハルカとルーファスを後目に、カーシャはツヴァイを押しのけてネコのきぐるみ軍団の前に堂々と立った。
「ねこねこファンタジ〜!(……意味のわからん言葉だ。でも、おもしろい……ふふ)」
カーシャが拳を上げて抑揚のない声で合言葉を叫ぶとやっぱり来た。
「ねこねこファンタジ〜!」
また低く唸るような声が返って来た。やはり恐い、不気味だ、変態だ。むしろ萌えなのか!?
カーシャはカーシャスマイルを浮かべた。
「(……ふふ、おもしろい)ハルカもやってみたらどうだ? 神なのだから、ちょうどいいのではないか?」
「(何でアタシが? こんな恥ずかしいことできるわけないじゃない)」
ハルカを抱きかかえるアインは何かを訴えるような熱い眼差しでハルカを見ている。そして、残りの二人のねこ耳娘もハルカの前にささっと立った。
アイン、ツヴァイ、ドライの順番でハルカに熱いエールを送った。
「ハルカ様ぜひお願いいたします!(ねこねこファンタジ〜をぜひ!)」
「ハルカさまぁ〜!(プリティ〜ボンバーでよろしくお願いします!)」
「自分からもお願いであります!(自分はハルカ様のねこねこファンタジ〜が見たいであります!)」
ハルカに有無を言わせぬままに、アインはハルカを抱きかかえたままネコのきぐるみ軍団の前に立った。
「ハルカ様、どうぞ!」
「(どうぞって言われてもなぁ)」
ここにいるみんながハルカに注目している。しかも、ネコのきぐるみ軍団は顔こそ見えないが、ハルカへの想いはアイドルを追っかけるアブナイ人たちと同じオーラを発しているように思えた。
「(……このネコさんたち恐いよ、言わないとなにされるかわかんないから)……ねこねこファンタジ〜」
「ねこねこファンタジ〜!」
ハルカはかなり控えめに言ったのだが、返って来た声はうねる波のようだった。やっぱ恐い。
ぶるぶるとハルカは激しい悪寒に襲われ、毛が全て立ってしまった。かなりの精神的ダメージを受けて、賠償請求を叩きつけてやりたいくらいだ。
「アインさん、案内はもういいですから、どこかでゆっくり休みたいんですけど?」
「申し訳ありません、気づきませんでした。ですが、あと一箇所だけご案内させていただきたい場所がありますので……」
最後に案内したい場所。
個室のドアの前には『教祖』というプレートが掲げれていた。
部屋の中に入った一同を出迎えたのは、あの人だった。
もちろん部屋で待っていたのはローゼンクロイツだ。彼はハルカたちが建物内を見学している間に急いでここに来て待っていたのだ。つまり、ハルカたちの建物見学はローゼンクロイツの時間稼ぎ。
「遅かったねみんな(ふにふに)」
自分で時間稼ぎさせといて『遅かった』はないと思う。
ハルカたちをローゼンクロイツの部屋に案内したアインたち三人は、足並み揃えて部屋を出て行った。彼女たちは無事任務を果たし終えたのだ。任務に成功したことを感動してドライが大粒の涙を流しながら部屋を出て行ったのをカーシャは見逃さなかった。
「(ドライとかいうやつ……おもしろい……ふふ)」
ドライはカーシャのお気に入りリストにその名前を連ねることになった。実際はそんなのなかったけど、カーシャの中で今できた。つまり、気まぐれ。
空中に突然ホログラム映像が現れた。その映像はホワイトボードのようなもので、ローゼンクロイツが指を動かすと文字が浮かび上がってきた。
「ボクの目的はまずこれ、そして、これ……で」
ローゼンクロイツが宙に描いた文字は次の通りである。
1.アステア王国を乗っ取る。
2.アステア王国を使って世界を乗っ取る。
3.ハルカ神になる。
4.世界が愛と平和に包まれる。
5.ねこねこファンタジィ〜!
最後の5が意味不明だが、それはさて置き、やはりローゼンクロイツは本気でハルカを神に仕立てるつもりなのだ。
「ボクの目的はこんな感じ(ふあふあ)」
生徒が教師に質問する時のようにルーファスは『は〜い』と手を上げた。
「質問がありま〜す」
こちらも負けじと教師の顔つきになってルーファスを指名した。
「なんだねルーファスくん?(ふにゃ)」
「本気で世界征服するつもりなの(……聞くまでもなく本気だと思うけどさ)」
「……わかってないね(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。ちょっとルーファスをバカにしている態度だ。
「征服じゃなくって統治だよ(ふあふあ)」
今度はハルカが『は〜い』と前足を上げた。
「は〜い、質問で〜す」
「なんだねハルカくん?(ふにゃ)」
「どうやって世界征服……じゃなくって世界統治するんですかぁ〜?(明らかに無謀だと思うんだけどな)」
「……知らない(ふっ)」
言い出したローゼンクロイツが『知らない』とはどういうことだ。と言いたくなるが、ローゼンクロイツの性格からして次に言葉はこれだ。
「……ウソ(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。そして、もう一言。
「……ウソ(ふっ)」
『どっちだよ』と誰もが思い、ルーファスが代表してツッコミを入れる。
「どっちだよ!」
普段無表情なローゼンクロイツの顔が深刻そうな顔つきになった。……が、たぶん特に深刻でもないと思われる。
「……何も考えてなかった(ふあふあ)」
これって、もしやとハルカは思った。
「(無計画!?)」
正解である。ローゼンクロイツはハルカを拉致(?)するところまでしか考えてなかった。
「そこで今からみんなに世界統治の方法について考えてもらいたいと思うんだよね(ふあふあ)」
いい加減なローゼンクロイツの発案を聞いて、カーシャの瞳が怪しく光った。悪巧み全快、脳みそフル回転で駆け巡る。
「ワタシにいい考えがある(ぴかっと、きらっと、最たるひらめき……ふふ、天才)」
自画自賛で不適な笑みを浮かべるカーシャを見て、不安を覚えるハルカ。だが、いちよう聞いてみる。
「どんなひらめきですか?(トンデモないことだとは思うけど)」
「昔、ワタシが世界征服をしようとした時に用意した、あるものがある(ドカーンと一発散らせましょう……ふふ)」
「(やっぱり、ヤナ予感)」
世界征服って言ってる時点でかなりアブナイ。が次の言葉はもっとアブナかった。
「世界を恐怖を与え破滅に追い込む、世界最大級の魔導砲、その名も『ジエンドちゃんゼロ号機』」
「「はぁ?」」
ハルカとルーファスが声をそろえてスゴク変な顔をした。かなり間の抜けでへっぽこな表情だ。
魔導砲とは古の大魔導士たちが創り上げたという魔導兵器で、アステア王国が太古の技術を復元し造った魔導砲の威力は、最大出力で小さな島を破壊させるほどのものだと伝えられている。
アステアの所有するレプリカとも言える魔導砲でさえ小島を吹っ飛ばすのだから、世界最大級の『オリジナル』の威力はいかに?
「クリスちゃん、全世界に人々にワタシの声明を伝えたい。ハルカの時と同じように映像付で頼む」
「……了解(ふあふあ)」
世界中の主要都市に住む人々は驚愕した――。ちなみにアステア王国に住む人々は、本日二度目の驚愕だ。
突如、どこからか放たれた稲妻のような光線が生き物のように縦横無尽に世界中を飛び交い、誰もが敵の襲来かと思った。
閃光はやがて上空でホログラム映像を作り出した。映像に映し出された人物はもちろんカーシャ。
「こんばんわ、カーシャだ(ふふ、カメラ写りは良好だろうか?)。全世界の下賎な人間どもたちに告ぐ、おまえたちに未来はない、あるのは死のみだ。今、この星は世界最大級の魔導砲の照準にセットされた。つまり、ワタシが合図をすれば、この星は木っ端微塵に消し飛ぶ!(カッコよく決まったな!)」
ぶっ飛んでるカーシャの横にいたルーファスがへっぽこな顔をする。
「はぁっ! それってやりすぎじゃないの?」
空かさずカーシャの強烈なボディブローがルーファスの腹に炸裂する。ジエンド・ルーファスで床にうずくまって動かなくなった。
何事もなかったようにカーシャは話を続ける。
「だが、ワタシとて冷酷な女ではない」
「(ウソつき、カーシャさんは十分冷たいひとだと思う)」
ハルカの発言は大当たり。カーシャは絶対私利私欲のためならなんでもするタイプの女だ。きっと親友でも笑って崖から突き落とすタイプだ。
「おまえらにチャンスをくれてやろう。全人類がワタシの下僕になると約束したら、魔導砲は撃たないでやる」
本気でカーシャは世界征服をするつもりだ。きっと、カーシャが世界の支配者になった暁には、『うさしゃん』のきぐるみを着ることが義務付けられるに違いない。
いくつものモニターで外の映像を確認しているローゼンクロイツ。カーシャの声明を聞いている人々はみんな笑っている。星が木っ端微塵に吹っ飛ぶなど、冗談だと思っているのだ。
人々の反応を見ていたローゼンクロイツは、カーシャの顔の横でそっと耳打ちした。
「みんな信じてないみたいだよ(ふあふあ)。ここはひとつ、軽くかましてやるべきだと思う(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。これに合わせてカーシャも口元を歪める。
「人間どもよく聞け! 大魔法国家で名高いアステア王国の上空を掠めるように魔導砲を撃ってみせる」
「カーシャさん本気ですか!?(やっぱりアブナイよぉ、この人)」
「(ドカンと一発散らせてみましょう……なんてな)」
カーシャはハルカに対して不敵な笑みを投げかけただけで何も言わなかった。だが、心の中では――ドカンと一発ってマジですかカーシャ!?
マジだった。
悪魔の笑みを浮かべたカーシャのイヤリングが怪しく輝く。
「発射!(どか〜ん……ふふ)」
次の瞬間、宇宙空間に設置してあった超巨大魔導砲が発射された。
巨大な光の柱がアステアの上空を掠め飛び、巨大な風を巻き起こし、上空の空気を掻っ攫い真空状態にした。
真空状態になったことにより、そこに空気が一気に流れ込み、地盤が浮き上がり、建物が上空に吸い込まれ、人々も、看板も、洗濯物で干してあったステテコパンツも飛んでいく。大惨事だった。
モニターを見ていたハルカは口に出してはいけないことを心の中で呟いた。
「(カーシャさんやりすぎ……この人悪魔)」
「さすがは魔女だね(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。大惨事を目の当たりにして、無感情な顔をしているローゼンクロイツは、十分悪だ。
この中で顔を真っ青にしている人間的な普通人はハルカだけだ。ちなみにルーファスは未だ床にうずくまり、アステア王国を襲った大惨事を知らない。
「さて、相手の出方を伺うとするか(これこそワタシの憧れていたものだ……ふふ)」
これにてカーシャの演説は終わった。
沈黙が流れる。――ハルカは気づいた。
「今のってカーシャさんが世界征服するみたいじゃないですか? あの、アタシが征服しないとダメなんじゃないんですか?(完全に脅しだよね……)」
びびっとひらめき、ローゼンクロイツは手を叩いた。
「じゃあ、こうしよう(ふあふあ)。魔女はハルカの補佐で、実際に動くのが魔女で、裏で糸を引いているのがハルカっていう設定にしよう(ふにふに)」
裏で意図を引く――裏番!? これって完全な悪役だ。ハルカの大魔王への道は着実に向こうから勝手にやって来ている。ビバ大魔王ハルカ!