その8
騒がしい廊下を一匹とぼとぼと暗い影を背負いながら歩いているハルカ。その後ろからペットハウスを持ったルーファスが追いかけて来た。
「ハルカ待ってよ!」
「お腹空いちゃったよねぇ〜(はぁ、アタシにはどうしょーもないもんね、考えるだけ無駄、無駄)」
「お腹空いた? まだ夕飯には時間あるけど?」
「わかってないな、まあルーファスは鈍感だから」
「私が鈍感?」
「いいの、気にしない気にしない。人生もっと明るくいかなきゃね!(周りに励ましてもらおうなんてダメだよね。自分が明るくならなきゃ)」
とその時突然、ドカ〜ンという轟音が響き、天井が崩れ落ちて来て、青空とそこを飛ぶ何かが見えた。
「「あっ」」
二人の声が重なり、二人の目線は同じ方向に向けられていた。
青空を飛び交う二つの物体。よ〜く目を凝らして見るとそれがなんだかわかって来る。カーシャとファスト。
口をポカンと開けながらルーファスは他人事のように呟いた。
「まだ、戦ってたんだ(そうだ、ハーピーの羽取りに行かなきゃ)」
「ペットハウスの中にいてイマイチ状況がわからなかったけど……あんなことになってたんだ」
息をひと吐きしてルーファスは上空で起きていることを見なかったことにした。
「さてと帰ろうか(他人のフリ)」
「そうだね(他人のフリ)」
ここでまたカーシャに関わるとロクなことがないと判断した二人は足早に学院をあとにすることにした。
学院を出る前に事務室に行って腕にした腕章を取ってもらわなくてはいけない。
「あの〜、腕章取ってもらえませんか?」
ルーファスの呼びかけで出て来た事務のお姉さんは最初に会った人とは違った。最初の事務員はまだ意識を失って倒れている。
「騒ぎが治まるまで、誰も学院から出さないようにと言われていまして……」
「でも私は無関係だし、早く家に帰りたいなぁ〜、なんて……(本当は無関係……じゃないけど)」
たしかにルーファスは無関係とは言いがたい、ルーファスは先ほどまで事件の中心にいたのだから。
できる限り早くここから逃げたいルーファスは事務員になんども詰め寄るが、事務員は決して首を縦には振ってくれなかった。そこにある人物が姿を現した。
空色の生地に白いレースをあしらったドレスを着た美しい女性がルーファスを無表情で見つめた。お嬢様オーラが全身から出ている。
「へっぽこルーファスひさしぶり(ふにふに)」
ゆったりとした口調で、透き通るような、そこに無いような声色だった。
この空色のドレスを着ている人物は、ルーファスの三歳ごろからの知り合いのクリスチャン・ローゼンクロツ(♂)。そう、見た目と声質はお嬢様だが男である。
ローゼンクロイツは事務員に近づくと身分証明書を提示した。そこには国務執行官、それも執行官長と書かれていた。
国務執行官とはこの国のエリート中のエリートがなれるという職業であり、犯罪の取締りから他国との外交などなど、国務の中でも現場に赴く仕事を中心にするエリート集団である。
事務員は慌てた様子で背筋をピンと伸ばした。
「存じております。最年少で国務執行官長になられたローゼンクロイツ様ですね(本学在校中は手におえない問題児の天才魔導士だったって聞いたけど……)」
「そこにいるへっぽこ魔導士ルーファスは、ボクの方で身柄を拘束することになったから連れていくよ?(ふに?)」
「あ、はい、どうぞ」
機械のような正確な歩調でローゼンクロイツはルーファスの前まで来ると、ルーファスの腕に付いていた腕章を手でなぞるようにして簡単に取ってしまった。
「行くよ(ふあふあ)」
と言ってローゼンクロイツはルーファスの腕を掴んだ。
「え、何? 捕まったの?(犯罪者なの?)」
「……拘束(ふっ)」
この言葉を発した一瞬だけ、冷めたような目をして、口元だけが少し歪んだ。ルーファスを少しバカにしているような態度だった。そして、すぐに無表情に戻る。
ペットハウスの中にいるハルカはやはり外の状況はイマイチわからない。
「(ルーファスが身柄拘束!? えっ、もしかしてアタシも連れて行かれるの!?)」
ローゼンクロイツに腕を捕まれて、ルーファスは唖然とした表情を受けべてしまっている。たしかに連れて行かれる心当たりはたくさんある。が、どれが理由で連れて行かれるのかわからない。
「あ、あのさ、何で私がローゼンクロイツに連れて行かれなきゃいけないの? いや、心当たりは山とあるけど……(これとか、これとか……ホントに数え切れない)」
「学院を出てからゆっくり話そう(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。これはローゼンクロイツのクセのようだ。
「拘束って? 私は犯罪者扱いなの?(たしかに……否定はできないけど)」
「……それはどうかな?(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「な、なんなのその意味あり気な表情は!?(どれで捕まるのか……ライラの写本盗んだこと、住宅街吹っ飛ばしたこともあったな……)」
「行くよ、ある意味力ずくでね(ふあふあ)」
ローゼンクロイツの腕が何かを振り払うような動き――正確には何かを飛ばすような動きをした。その手から光のチェーンが放たれルーファスの首に巻きついた。
「……捕獲完了(ふにふに)」
ぐぐっと首輪のひもを引っ張られてルーファスは強引にローゼンクロイツに連れて行かれる。
「あ、待って、何で、何で連れて行かれるの?」
「……どうしだろうね?(ふに?)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
ズルズルと引きずられていくルーファスとローゼンクロイツに事務員は深くお辞儀をして見送った。
心当たりはあるものの結局のところわけのわからないまま、ルーファスはローゼンクロイツに首輪を引っ張れれて学院の外にある噴水広場まで連れてこられてしまった。
学院から離れるとどっかの誰かさんたちの戦いが手に取るようにわかったりする。バ〜ン! ど〜ん! ドォォォッ! ぴゅるる〜っ! 上空では激しい戦いが繰り広げられている。
勇敢な人々が二人を捕まえようとしているみたいだが、ピンクのうさぎしゃんのお人形が上空から落下している。もう二人は誰にも止められないのか?
目を凝らしてルーファスが学院上空で繰り広げられている激闘を見ていると、突然グッと首輪が引っ張られた。
「はぶっ!(苦しい)」
「よそ見してると引っ張るよ(ふーっ)」
言うことを聞かない飼い犬の鎖を引っ張るような態度のローゼンクロイツ。しかし、言い方はゆったりとした口調で、ふあふあ〜っとしていて、しかも無表情だった。
首元を摩りながらルーファスはローゼンクロイツのことを横目でチラッと見た。
「引っ張る前に言おうよ、そういうことは(ホントに首絞まるかと思った)」
「えっ、ウソ!? 引っ張った前に言ったつもりだったのに、手の方が早く動いたらしい……自分の身体能力に驚き(ふにふに)」
「そういう原理なの?(今、自分でもよくわからない発言しちゃったよ)」
ペットハウスがガタガタと揺れた。ハルカの外に出してよコールだ。ルーファスはしかたなくペットハウスを石畳の上に降ろして扉を開けた。
ペットハウスの中から出て来たハルカは前足を伸ばして伸びをしながら欠伸をした。このポーズはいわゆるヨガとかでいうネコのポーズってやつ?
ぶるぶると身体を震わせ姿勢を正したハルカとローゼンクロイツの目線が重なった。
「(思いっきり見てるよこのお嬢さん風の人)」
ハルカはローゼンクロイツが男だということを知らない。
全てを見透かしてしまいそうなエメラルドグリーンの瞳がハルカを見つめる。見つめられるハルカはあることに気づいた。ペンタグラム(五芒星)の形――ローゼンクロイツの瞳にはペンタグラムが映っていた。
「(変わった瞳……?)」
「キミ、ボクの瞳のこと変わった瞳だなって思ってる顔しているよ(ふあふあ)」
「(げっ、何でわかったの?)」
なぜわかったかという以前にローゼンクロイツがネコに普通に話しかけている光景の方が問題あると思うが……?
もしかして、ローゼンクロイツはハルカが本当は人間だということをそのペンタグラムの瞳で見透かしているのか!?
ローゼンクロイツは異常なまでに鋭い、もしかしたら人の心が読めちゃうのではないかとルーファスは考えている。で、ルーファスはすばやく行動に出た。
「あのさ、ところで何で私が連行されなきゃいけなかったの?(話を反らせよう作戦発動だ!)」
これ以上ハルカに興味をもたれるのはマズイと思い、ルーファスはローゼンクロイツの気を反らせることにしたのだ。
「そうだ、忘れてた(ふにゃ)」
「そうだよ、私が連れて行かれる理由を話してくれなきゃ(……どうやら、話がコッチに来たぞ)」
「これ人間(ふあふあ)」
衝撃の一言にルーファスショック! ローゼンクロイツの指差した方向には百歩、いや千歩譲ってもハルカがいた。
話をうまく反らせたと思っていただけにルーファスのショックは一入だ。
「え、何が?(何でわかるの?)」
何でわかるのと聞くまでもない。高位の魔導士であればハルカが人間であることをマナを感じて、もしくは〈視る〉ことによって簡単にわかってしまう。現に魔法剣士エルザやクラウス魔導学院教頭パラケルススもすぐにハルカが人間だとわかったではないか。
「……これでも国務執行官長だから(ふん)」
「……そうだよね」
そうです。ローゼンクロイツは学院生時代はルーファスとは違って自他ともに認める学院でも一、二を争う魔法の使い手。そんな人がハルカが人間であることを言い当てないはずがなかった。
「それはさておき、何でボクがここに来たのか、そしてなぜルーファスを捕まえたのか聞きたいよね?(ふあふあ)」
「(さておいちゃうの?)だから、ず〜っと何でか聞いてるでしょ?」
「えっ、ウソ!? そうだったの!?(ふにふに)」
今まで見せなかった驚いた表情というものをしてすぐに無表情に戻る。これで彼の表情パターンは三パターン披露された。
「ずっと言ってたでしょ?(人の話聞いてないなぁ〜)」
「……冗談(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。この発言にルーファスは思わずまぬけな表情をしてしまった。
「はい?」
「ず〜っと言ってたの知ってるよ(ふっ)」
二人の会話を近くて見て聞いているハルカは思った。
「(この人もしかして、性格悪い? てゆーか電波系って感じ?)」
とハルカが心で思った瞬間ローゼンクロイツがハルカを一瞬見て、無表情な顔についた口が一瞬だけ歪め、すぐに無表情に戻した。
「そんな不思議な知的生命体を見るような目でボクを見ないでよ(ふにふに)。あ、そんなことより、ボクがルーファスを連行した理由だったね。うん、二割引バージョンで手短に話してあげるよ。あれ(ふにふに)」
ローゼンクロイツの指の先――上空では今もどっかの誰かさんたちが激しい戦いを繰り広げていて、時折、黒き炎や氷柱が地面に飛来していた。下にいる人々は大惨事、とんだとばっちりだ。
「本当はあれらを連行するように言われたんだけど……こっちの方が気になってね(ふにふに)」
そう言ってローゼンクロイツはハルカを見た。見られたハルカは一瞬ビクっとして後退り、身を縮めた。
「(あの瞳ちょっと不思議で恐い感じがする)」
「えっ? 私を連行したかったわけじゃないの?(……会ってすぐにハルカのことバレてたのかな?)」
てっきり捕まるのだと思っていたルーファスはちょっと拍子抜けしてしまった。
「学院で暴れてる奴を連行するように言われたけど、このネコの方がおもしろそうだったからね(ふあふあ)」
そう言ってローゼンクロイツは普段は絶対見せることのない笑顔を浮かべてハルカに手を差し伸べた。でも笑顔はすぐに無表情へと変わる。
「ボクの名前はクリスチャン・ローゼンクロイツ。キミの名前はなあに?(ふあふあ)」
「アタシの名前はハルカ。今はネコだけど本当は女の子で、こんなことになったのも全部コレせい!」
びしっとばしっとずばっと、ハルカは前足をルーファスに指した。
「ええっ、ネコになったのはカーシャのせいでしょ?(……たしかに召喚しちゃったのは私だけど)」
「でも、ほとんどはルーファスのせいだもん!」
「うっ……(痛いとこ突くなぁ)」
クリティカルヒット! ルーファスは図星を突かれて精神的ダメージを受けた。
空色のドレスの裾を揺らしながら、機械のような正確な九〇度回転をしたローゼンクロイツは肩越しから二人を見て、
「じゃあ行くよ(ふにふに)」
「どこに?」
ルーファスは至極もっともな質問をしてしまった。それに対してローゼンクロイツは無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、鼻で笑ってすぐに無表情に戻した。
「……ハルカとゆっくりお話がしたいから、ボクについて来て欲しいな(ふにふに)」
「えっ、でも、カーシャを捕まえに来たんじゃないの?」
「……えっ!? そうなの!?(ふにゃ!?)」
すごく驚いたような表情をして、やはりすぐに無表情に戻る。そして、一言呟く。
「……ウソ(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「あの、でも仕事しないのはダメなんじゃないんですか?(……国務執行官とか言ってたけど、こんな人が国務なんてできるのかな?)」
ハルカがこう聞くとローゼンクロイツはペンタグラムの瞳でハルカの瞳を見透かしてしまったた。
「……職場放棄(ふっ)。大丈夫、一時間もすれば別のひとが来るから。でも、それまで学院が残ってたらいいけどね(ふにふに)」
無表情でとんでもないこと言うローゼンクロイツの瞳は尚もハルカの瞳を見つめ、何かを言いそうな雰囲気だった。だが、彼は何も言わなかった。
ローゼンクロイツはスカートのふあふあレースをふあふあさせながら機械のような正確な歩調で歩いていってしまった。
一瞬その場で立ち止まってしまっていたルーファスとハルカはすぐに歩き出しローゼンクロイツの背中を追った。
すぐにローゼンクロイツの横に追い着こうとした二人だったが、ローゼンクロイツの移動速度は異様に速かった。だが、彼は普通に歩いている、それなのに追い着けない。ローゼンクロイツと二人の間には絶対的な何かがあるかのように思えた。
今まで一度も足を止めなかったローゼンクロイツが突然足を止めた。それでようやく追い着くことのできたルーファスは呆然と立ち尽くしてしまっているローゼンクロイツの横顔を見た。
「どうしたの? こんなところで立ち止まって?」
辺りは家々の立ち並ぶ住宅街だった。人通りはなく、静かだ。
「……道に迷った(ふあふあ)」
衝撃発言だった。
後ろからやっと追い着いて来たハルカは、息を切らせながらローゼンクロイツを見上げた。
「道に迷ったって、アナタが前歩いてたんでしょ?」
「……冗談(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。ちょっと小ばかにされたような感覚をハルカは覚えた。
「ローゼンクロイツさんって性格悪いですよちょっと!(ホントはちょっとどころじゃないけど)」
こんなふうにちょっと強い態度で出たハルカに、思わぬ精神的攻撃がローゼンクロイツから繰り出された!
「……ペチャパイ(ふっ!)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。ちょっとローゼンクロイツは頭にきたのかもしれない。
「ペチャパイって何で知ってるのよ! ネコのアタシ見て何でそう言い切れるの!(……どーせ、アタシは胸ないけど、こういう言い方されると腹たつなぁ〜!)」
必要以上に反論してしまったハルカに無表情のローゼンクロイツの一言が繰り出される!
「……推測(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
「推測で言わないでください!(当たってるけど)」
「……ウソ(ふっ)。今はネコの身体かもしれない、見た目はネコかもしれない。でも、その中に入っているマナの形は変わらない、ボクにはそれが〈視える〉から、キミがペチャパイだってわかった。つまり、ペチャパイはネコに入ってもペチャパイなわけで、ペチャパイはペチャパイのままで、つまりキミは今もペチャパイ」
「ペチャパイ、ペチャパイうるさい!(まだまだ、発展途上なんです!)」
と、ここでハルカの頭にあることが過ぎった。
「(マナが見えるって……もしかして裸見られてるの!?)ねぇ、ルーファス。ルーファスはアタシのマナを直接見ることできるの?」
「私はできないけど? それがどうかしたの?」
「ううん、別にいいの。あのローゼンクロイツさんちょっと耳貸してもらえますか?」
こう言われたローゼンクロイツはハルカを抱き上げて自分の耳元に近づけた。
「もしかして、アタシの裸とか見えてるんですか?(もし、そうだったら恥ずかしくて外出れないよ)」
「……それはどうかな?(ふっ)」
この態度にハルカのネコパンチが繰り出されたが、ローゼンクロイツはハルカの腕を掴み受け止めた。
「……冗談(ふっ)。大丈夫だよ、マナっていうのは真の形は不変なものだけど、偽ることができる。キミのマナは今服を着ているから心配しなくてもいい。けど、キミが裸って思えば裸になるから気をつけてね」
ローゼンクロイツはハルカを地面に降ろすした。
「さてと、行こうか?(ふにふに)」
と言ってローゼンクロイツは手を上げた。
次の瞬間に起きたことにルーファスとハルカは何が起きたのかを把握するまで時間がかかった。
滑り落ちていた。ローゼンクロイツが手を上げた瞬間、地面が左右に開け下に落ちたのだ。
長い滑り台のような、いや、ジェットコースターのような感覚で下に下りて行く。右へ左へくねくね曲がりくねって、やがて止まった。
止まった拍子にお尻を打ったルーファスは、お尻に手を当てながら辺りを見回した。
太陽の光ほどではないが、ここはロウソクの光よりも断然明るく、辺りが見通せる。人工の建造物であることはすぐにわかった。石で作られた壁と床、そして前方に立つ神殿と思わしき建物。
思わずこうルーファスは呟きたくなった。
「どこ、ここ?」
「……ここはね。ボクの秘密結社だよ(ふにふに)」
そうローゼンクロイツは呟いた。小さな呟きであるがルーファスを驚かせるのには十分だった。
「な、何? 秘密結社だって!? だって、ローゼンクロイツは国務執行官でしょ? 秘密結社?(どういうこと!?)」
取り乱すルーファスなど構いもせず、ローゼンクロイツはハルカのことを抱き上げ神殿に中へ入って行ってしまった。
自分の置かれた状況が、一向に見えてこないルーファスがはっとした時には周りには誰も居らず、自分が置いていかれたことに気づいて駆け足で神殿の中へ入って行った。
神殿の内部は神殿というより宮殿、大きな広間が一つだけ存在して、絢爛豪華な装飾のされた壁や天井には、幻想的な羽の生えた人間の絵が描かれている。そして、床には魔方陣や古代文字がびっしりと敷き詰められていた。
静かな神殿の奥へと足を運んだローゼンクロイツは、祭壇の前で足を止め、ハルカをその上に祭り上げた。
「キミがこの秘密結社の神だ(ふあふあ)」
「えっ!?(か、神ってアタシが!?)」
ローゼンクロイツの『キミは神だ』発言。この発言は愛の告白よりもある意味衝撃的な発言だ。
「……今からその説明してあげるよ(ふあふあ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。そして、ローゼンクロイツの説明がはじまった。
「ここはボクの組織した薔薇十字団の神殿。本部は別にある。国務執行官は仮の姿、あれは国を乗っ取るためにやってるだけ(ふにふに)」
衝撃の告白第二弾、『国を乗っ取る』発言。ハルカ固まる。ルーファスはあごが外れてガボ〜ン。。
――数秒の時間を要してハルカが聞く。
「国を乗っ取るってどういうことですか!?(何この人テロリストなの?)」
「ちょっと、待った待った、何で国を乗っ取るの?(ローゼンクロイツは何を考えているんだ?)」
とルーファスは大声で言った。
対してローゼンクロイツは無表情なまま答えた。
「国を乗っ取るのは魂の解放、全てのモノを天へと導く教祖としてのボクの使命(ふにふに)」
「ローゼンクロイツ、魂の解放って何? 君がやろうとしていることは何なんだ!?(……っていうか、昔からこんな奴だったけど)」
そうローゼンクロイツはルーファスが知っている限り、三歳ごろから電波で、しかも危ない思想を持った人物だった。よくこんな奴が国務なんてやってるもんだとルーファスは思う。
「……ここからは一切質問は受け付けない、最後まで一気に話すからよく耳を済ませるんだよ(ふにふに)」
二人はこの言葉にうなずき口を開くことを止めた。
「ボクは魔導の研究をしているうちにある預言書を見つけた……ある意味偶然(ふっ)。その預言書には、今日の日付とある場所が書かれていて、その場所に全てのモノたちの魂を解放する救世主が現れ、ボクがその救世主に出逢うことが書かれていた。その救世主は人間の言葉をしゃべる黒猫。それを読んだボクは秘密結社薔薇十字団を創設して、教祖となりこの日が来るのを待ちわびた……(ふあふあ)。つまり、ハルカ、キミが救世主ってことだよ(ふあ)」
閃光が神殿内に乱れ踊った。ローゼンクロイツの身体を包み込む淡い光から閃光が外へと放出される。
「……電波ジャック(ふっ)」
自身に満ち溢れた気高く崇美な表情を浮かべたローゼンクロイツ――。
いったい何が起こっているのか!?
アステア王国に住む人々は驚愕した――。
突如どこからか放たれた稲妻のような光線が、生き物のように縦横無尽に国中を飛び交い、人々は怯え、逃げ出し、パニック状態に陥り、国中は狂気に満ち溢れた。
国を、町を、人々の間を飛び交った閃光は上空に上がり、フォログラム映像を作り出した。それも一つではなく、国中の至る所にいくつも、いくつも同じ映像が映し出されたのだ。
映し出された映像は――黒猫だった。その映像を見た人々は唖然とした。
映像のネコは言った。
「こ、こんにちわ、加護ハルカって言います(こ、これでいいの?)」
ネコ=ハルカはちょっと気恥ずかしそうに、数分前にローゼンクロイツに言われたように挨拶をした。
人々は余計に唖然とした。映像のネコが人間の言葉をしゃべり、しかもその声がかわいらしい女の子のものだったからだ。ここで低く恐ろしい声を発していたならば、人々は再び恐怖で混乱に陥ってかもしれない。
映像は、画面の端からローゼンクロイツが入って来て、ハルカを抱きかかえる映像となった。
「……この映像は国に無断で流してるんだよ(ふにふに)。でも、誰もボクの崇高な行為を邪魔はできない、この国で一番の魔導士はこのボクだからね……自画自賛(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻り話を続ける。
「申し遅れたね、ボクの名前はクリスチャン・ローゼンクロイツ、国務執行官を副業にしている秘密結社薔薇十字団の教祖だったりする(ふにふに)。今日は大事な報告をするためにみんなの前に顔を出してみたよ(ふにふに)」
秘密結社薔薇十字団のことは秘密と名乗りながらも、国民の大半に知られる公然の秘密組織だった。その活動内容は特に重い病を患い苦しむ人々の前に現れ、無料で治療を行ったり、一部の特権階級しか知らない秘術などを一般人に広めたりしていた。
慈善活動をやっている団体のようではあるが、国からは目を付けられ、教祖は指名手配されていた。
国がこの秘密結社を疎ましく思った理由は、国の最高機密である秘術などが、この秘密結社によって一般人にも広まってしまっていたからだ。
しかし、教祖の存在はいるとは言われるが、そのしっぽすら掴めず国はお手上げ状態であった。
男か女かも正体が知れなかった秘密結社薔薇十字団の教祖が、今全国民の前に姿を現したのだ。国家は揺れた。
カーシャ並びにヨハン・ファウストを拘束し、この映像を見ていたエルザ元帥は唇を噛み締めた。
「くっ、まさかローゼンクロイツが薔薇十字団の教祖だったとは……(どおりで証拠が何一つ掴めなかったわけだ。上で情報を改ざんされていたのでは、証拠などもみ消されて当然だ)」
エルザ元帥とは対照的に、魔法で作られたチェーンで拘束されているカーシャとファウストはうれしそうな顔をしていた。
「ふふ、クリスちゃんもなかなかやるな(ローゼン=薔薇、クロイツ=十字、で薔薇十字団か……そのままだな……ふふ)」
「ローゼンクロイツが教祖か、おもしろい。我が魔導学院卒業生の一番の鬼才だけのことはあるな」
この二人はこんなところでは馬が合うらしい。
悔しそうな表情のエルザを見て、カーシャは実に楽しそうだった。
「ワタシを捕まえて気分上場だったエルザも、今は失意の底か?(……人生、山あり谷あり、ふふ)」
「何だと?(この女が、私自らが極刑を下してやる)」
しかし、それは叶わぬ夢となった。
両腕を魔法のチェーンで拘束されていたカーシャの腕が溶けた。まるで手と腕だけが液体になってしまったように、それでいて手と腕の形を保っていた。そして、液体となった腕が手錠から抜かれた。
手錠が外されたのはエルザが気を抜いていたためではない、カーシャにとって彼女は所詮生徒だった。魔法力はカーシャが数段上だっただけのこと。
「ワタシはハルカに会いに行く(ふふ、おもしろいことになって来た)」
そう言ってカーシャは空に舞い上がり、この場から逃げた。
当然のことながらエルザは逃げたカーシャを追いかけるべく、レビテーションでファウスト共々空に舞い上がろうとしたが、上空三メートルもしないところで地面から、ぐぐっと引っ張られた。下を見るとファウストがマナを溜めているのが見えた。彼が抵抗してエルザが空に舞い上がることを邪魔していたのだ。
「行かせてやれ、こんなおもしろいことは滅多にない(クク、国中が大騒ぎだ)」
「くっ、何をする!(学院の教師どもは揃いも揃って何を考えているのだ!)」
エルザはファウストを拘束していたチェーンを解呪しようとしたができなかった。
「今度は私が君を拘束する番だ(ククク)」
拘束していたはずの者に逆に拘束されてしまったのだ。
「邪魔をするな! 公務執行妨害だぞ!」
「邪魔をするなだと? 私を誰だと思っている? 私はヨハン・ファウストだ!」
異変に気づいたエルザの部下である治安執行官たちがファウストに飛び掛った。が、ファウストの発した黒いオーラによって吹き飛ばされ近づくことすらできなかった。
「ククク、この国は退屈しなくて実に住みよい国だ」