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その3

 ソファーに腰掛けるハルカは自分の不幸について考えていた。

「(何で、こんなとこに来たったんだろう?)」

「ハルカ聞いてる?」

 ルーファスの呼びかけにハルカ無反応。

「ねぇ、ハルカ!」

 ちょっと強めに言ったがそれでも無反応。

 そんなハルカを気付かせたのはこの人だった。

「こんばんわ」

 と、ちょっと低く呟く感じの声と同時に、カーシャが二人の前に忽然と姿を現した。

「わぁ!」

 突然のことにハルカがあられもない声をあげる。

「すまない、驚かしてしまって(わざとやったのだけど……ふふ)」

 カーシャは歩く時に足音を立てない。しかも気配もない、それにプラスしてハルカは考え事をしていて周りに気付かなかったから、カーシャが自分の前に突然現れたように思えたのだ。そりゃービックリだ。

「いきなり現れないでくださいよぉ(あ〜、ビックリした)」

「すなない、急用だっだのでな」

 カーシャの急用とはいったい何なんだろうか?

 でも急用の割には急いだようすもなく、声もいつもどおり淡々とした口調で、元気でも元気に聴こえない低く呟く感じの声だった。

「急用について話する前に……ルーファスお茶!」

 ちなみに今の言葉は、前半がゆっくりで後半の『ルーファスお茶!』は早口で強めの言い方になっていた。

「はぁ!?(なんだよ、いきなりお茶って)」

「急いで来たので喉が渇いた」

 カーシャの命令でルーファスはしぶしぶ渋茶を台所に煎れに向かって行った。だが、なぜ、ルーファスはこうもカーシャの言うことをすぐにハイハイと聞いてしまうのだろうか……?

 で、『カーシャはここに何しに来たの?』ってことをやっぱりハルカも気になったらしくて聞いた。

「それで急用って何ですか?(イマイチこの人のことわからないなぁ)」

「ライラの写本がな」

 その言葉に強く反応したルーファスは、ものすごーい勢いで走って戻って来てこう言った。

「ライラの写本だって!?」

 ハルカには何のことだかわからなかったけど、何となく気を引かれた。

「あの、ライラの写本って何ですか?」

「ルーファスお茶!」

「今持って来るよ(人使いが荒いなぁ)」

 ハルカの質問は完全に無視されていた。ハルカ的に大ショック!

 それでもハルカはめげない。

「あの、ライラの……」

 ハルカの言葉は見事に遮られた。

「濃い目に入れてくれ!」

 と言う声に反応して台所の奥からルーファスの声。

「わかった」

 ハルカ的大々ショック!

 しかし、ハルカはまだめげない。ハルカは強い子、ファイト!

「あの、ラ……」

「ルーファス! 茶菓子にようかんを持って来てやったので、お皿とナイフとフォークを頼む!」

「ああ、わかった!」

 ハルカは思った、いじめだ!

「あのカーシャさん、わざとやってません?」

「ん、何がだ……?(バレたか)」

 カーシャは確信犯だった。しかも、シラを切り通した。

「どうしたのだハルカ? 何かあったのか?」

「何かあったじゃなくて……ライラの」

「そうそう、ルーファス、植木屋のゲンさんが倒れたって話は聞いたか?」

「えっ、あのゲンさんが!」

「…………(確信犯だ!)」

 とハルカは確信した。

 お茶を煎れ終えたルーファスが戻って来た。手に持ったおぼんの上には、お茶が三つにお皿が三枚、ナイフが一つにフォークが三つしっかりと乗っていた。

「ゲンさんが倒れたって本当?」

「嘘だ(何となく思いつき)」

「カーシャさんアタシのことからかってるんでしょ(性格の掴めない人)」

「からかっているのではない、おちょくっているのだ」

「…………(どっちも同じでしょ)」

 二人の会話を不思議そうに見つめていたルーファスが一言。

「何の話してるの二人とも?」

「さてと、ではお茶を飲みながらようかんでも食べるか」

「わぁー、こっちの世界にもようかんってあるんですね」

「おぉ、そうかハルカのいた世界にもようかんがあったのか(ワタシの作戦にハルカも乗って来た……ふふ)」

「ようかんって、たまにしか食べないけど結構好きだなぁ(なんとなく、ルーファスに八つ当たり)」

「あのさ、だから何の話を……(これってシカト)」

 今度はルーファスが遊ばれる番だった、しかも二人に。

 いきなりカーシャが話を戻した。……この人気まぐれだ。

「そうだ、ライラの写本の話だったな」

「…………(やっぱり、聞いてたんじゃん)」

 この後、ライラについての話を紙芝居や人形劇を交えたり交えなかったりしながら、二時間ほどでカーシャが説明してくれた。

 カーシャいわく、ライラとは現在この世界で使われてる魔法の起源で、その効果は絶大であるが使い勝手がとても悪いため、今ではライラを簡略化した、レイラ(攻撃系)とアイラ(回復・補助系)が主流になっていて、ライラはもうほとんど廃れてしまい、今の世に残っているライラは、『ライラの聖典』と呼ばれるライラの全てを記したといわれている本の一部を写した『ライラの写本』と呼ばれる本に書いてあるライラのみ。――とのことらしい。って、この説明を二時間もかけたのか!?

「質問はあるか?」

 は〜いとハルカが手を上げた。

「あの、そのライラの写本がどうしたんですか?(何で紙芝居と人形劇? しかも後半のラヴロマンスはいらなかったような……)」

「そうだよ、何でカーシャが来たの?」

 やっとここから話の本題に入りました。

「ライラの写本が新たに見つかったらしい」

 この言葉に一番ビックリしたのはルーファスだったというより、この意味がわかるのが彼しかいなかったというより、ハルカにはこの意味がよくわからなかった。

「えぇっ! それって本当?」

「(何ででそんなに驚いてるんだろ)」

 カーシャの顔は真剣だった。でも、無表情に近いので何を考えているのかは、イマイチ不明。

「先日、この国の闇市でライラの写本が出回ったらしい。しかもだ、その写本というのが今まで発見されてない魔法について書かれたものらしい」

 ここまで話されてもハルカ的にはよくわからなかったが、カーシャの次の言葉にはスゴイ反応を見せた。

「その魔法というのが召喚関係の――」

「召喚ですか!」

「(まだ話が途中……まぁいいか)……ルーファスお茶!」

「また飲むの?(何で私が)」

「カーシャさんにお茶!」

「何でハルカまで。いいよ持って来ますよ(パシリか私は)」

 ルーファスの立場はこのメンバーの中では最も下だった。そんなわけでルーファスはしぶしぶ台所へと向かった。もちろん渋茶を煎れに……。

 台所に着いたルーファスはお茶を三つ入れて戻って来た。

「遅いぞ、へっぽこ」

「なんだよ、いつもいつも人のことへっぽこって」

 その時、ルーファスの身に不幸な出来事が!

「わ……っ!」

 と言う声とともにルーファスは見事なダイビングをした。何もないところで彼はつまづいたのだ。強調してもう一度言う『何も無い所で』つまづいた。

 その反動で手に持っていたおぼんが空を華麗に舞う。ついでにお茶の入ったグラスもぶっ飛んだ。中身のお茶も飛んだ。そして、お茶は引力に引かれ、バシャン!

「…………(熱い)」

 カーシャにかかった。しかし、カーシャの表情は少しも変わらなかった。むしろ、慌てたのはハルカだった。

「カーシャさん、だいじょうぶですか!」

 ハルカは慌てて近くにあったティッシュ箱を手に取って、ティッシュをガーって何枚も取ると、カーシャの顔を拭きまくった。

「(へっぽこにあわてものコンビ……ふふ)」

「はぁ……はぁ……(これだけ拭けば)」

 息を切らせるハルカと無表情のカーシャを見てルーファスは思った。

「(こんなこと前にもあったような)」

 カーシャの顔からはお茶は一滴たりとも残さず消滅した。しかし、結果は『あの時』と同じだった。カーシャの顔はティッシュのカスでスゴイことになっていた。それに気がついたハルカは慌てた。

「ご、ごめんなさい(前にも同じことしたような気が……)」

「これ、使って拭いてあげて」

 ルーファスはハルカに布を手渡すと、ハルカはパニック状態で、

「ごめんなさい(カーシャさんの顔が)」

 と言いながらカーシャの顔を拭いた。のだがカーシャは思った。

「(この布って)ぞうきん」

「はっ!?(ぞうきん)」

 ルーファスの顔が凍りついた。

「(しまった、ぞうきんを手渡してしまった)」

 カーシャは突然立ち上がると、スタスタとルーファスに近づき、無言でルーファスの腹にボディーブローを喰らわせた。

「うっ……(痛い)」

 カーシャのボディーブローはアマのものではなくプロのパンチだった。

 腹を押えたルーファスは、そのままゆっくりと床に倒れこみ、それっきり動かなくなってしまった。ち〜ん、御愁傷様でございます。

「そうだった、写本の話の途中だったな(これでも三〇%の力だ……ふふ)」

「……そうでしたね、あはは(カーシャさん怖い)」

「今からその写本を見に行こうと思うのだが、二人も来るか?」

「行きます、行かせてもらいます」

 即決のハルカに対してルーファスの顔は浮かない表情をしていた。というよりまだ腹が痛い。だが、ルーファスはがんばって口を開いた。

「行くってどこにだよ?(少しヤナ予感がする)」

「国立博物館だ」

 この言葉にルーファスはあからさまに嫌な表情をした。それを見たハルカは少し不思議そうな顔をする。

「(どうしたんだろルーファス?)」

「どうしたルーファス、おまえは行かないのか?」

「見に行くだけだよね?(まさかね?)」

「当たり前だ、ワタシが盗みにでも行くと思っているのか?(……チッ)」

「やぱっり盗みに行くのか!(だと思った)」

「本当ですかカーシャさん!」

「うん!(意外に感が鋭いなへっぽこ)」

 カーシャはお花を自分の周りに飛ばしながら、かわいらしく少女の気持ちで答えたが何の効果もみられなかった。……ヤリ損。

「ハルカはワタシと行ってくれるだろ?」

「はい! もちろんです(帰れる方法が見つかるかもしれないし)」

「私は行かない(泥棒なんてできるわけないだろ)」

 そう言ってどこかに行こうとしたルーファスの襟首を掴んでカーシャが引き止めた。

「ハルカの保護者としてついて来い」

 その声はいつも以上に低くドスの効いた声だった。脅しだ! だが、ルーファスはそんな脅しには屈しなかった。がんばれルーファス!

「……ヤダ!(カーシャの目がイッてる……恐い)」

 強くは出たが、カーシャと目は決して合わそうとはしない……。この時点でルーファスはカーシャに負けていた。

「ならば、こないだの置物の弁償代二万ラウル(返せねぇって言うんだったら謝金の片にこいつを貰っていくぜ……きゃあ、おとつぁん。……ふふ……ウケる)」

 やっぱり、カーシャの性格はよくわからない。

「あれはハルカが壊したんだろ」

「じゃあ、あの時のことをバラすぞ(ルーファスって、ルーファスって……きゃあ……ふふ)」

 これは完全な脅迫だった。

「いいんだな、国民全員に言うぞ!(ルーファスって……サイテー……ふふ)」

 ルーファスの顔の血行がみるみるうちに悪くなり顔面蒼白になった。

「……わかった行くよ(これは脅迫だ!)」

 二人の会話を聞いていたハルカはふと思う。

「(あの時のことって何だろ?)」

 そのとおり、あの時のこととはいったい何のことなのだろうか……?

 実のところルーファスにも心当たりが多すぎて、何のことを言われているのかはわかっていなかった。ルーファスへっぽこ列伝の一つには違いないだろうが。

 残っていたお茶を飲み干したカーシャは華麗に身体を方向転換させた。

「では、今すぐ行くぞ」

「まだ、昼だよ」

 ルーファスの指摘は正しい。ちなみにカーシャはここに来た時『こんばんわ』と言ったが、今の時間は午後一時半。

 ハルカもルーファスの意見に賛成した。

「盗みっていったら夜じゃないんですか?」

「夜の方が警戒が厳重だ。そのぶん昼間は人は多いが警備は手薄になっている!(あくまで思いつきで確証はないが)」

 カーシャはかなり自身満々だが、この発言は彼女お得意の思いつきだ。

 自信満々のカーシャを見てルーファスの不安は余計に増していく。

「あのさぁ、昼間に普通に行くんじゃ顔がバレバレじゃないの?」

「ワタシに考えがある(……ふふ)」

 こうしてカーシャちゃんの『おしゃれ泥棒大作戦』がはじまったのだった。ちなみにこのネーミングはカーシャちゃんの思いつきで特に意味はありませんのでご了承下さい。


 ここは国立博物館の近くにある裏路地。ここにある人影は三つ――ハルカ、カーシャ、そして、巨大なネコ?

 ――ではなく、これはルーファスがネコのきぐるみを着ているのだが、どうしてこんなことになったかというと……。

 裏路地にルーファスの声が響いた。

「何で私がこんなものを着なきゃいけないの?」

「作戦の一環だ(ネコ……ふふ)」

 とまぁ、カーシャの説明だとこの一言なのでルーファス、そして、頭の上に『?』マークが飛んでしまっているハルカもわからない。

 ここは代表としてハルカが作戦の全容についてカーシャに質問した。

「あ、あの質問いいですか?(なぜネコ!)」

「何だ、言ってみろ(……ふふ……にゃんこ)」

「どういう作戦何ですか?(ネコがポイントなの!?)」

 腕を組んだカーシャの瞳が妖しくキラリ〜ンと光った。

「説明しよう。まず、ワタシとハルカはここで待機。ルーファスはきぐるみを着て写本を取って逃走! 完璧な作戦だ」

 直ぐにルーファが突っ掛かる。

「……だから、何できぐるみなの?(しかもネコって)」

「おまえが言ったのだろ、顔がバレバレだと(ネコはワタシの趣味だが……うさぎでもよかったのだが……ふふ)」

「「…………(それでか!)」」

 二人は心の中でそう叫んだが口には出さなかった。しかも、作戦ってほどのものでもない作戦だ。

 カーシャは右手で博物館の方角をビシッと指差して言う。

「それではルーファス行って来い(さぁ、はばたくのだルーファス!)」

「…………」

 ルーファスは『ヤダ』と言おうとしたが、……あの時のことが頭を過ぎったので、しぶしぶ博物館に向かって歩き出した。ってあの時のことって何だ!

 博物館まではちょっと歩かなくてはいけない――ネコのきぐるみで。

「(みんな私のことを変な目で見ている)」

 ネコ(ルーファス)のことを見ない者はいなかった。

 すれ違う人、路地の向こうにいる人、ここにいる全ての人が不思議そうな顔をして見ている。しかも変な眼差しで……。

 そんな中のひとりの男の子がルーファスの背後にこっそりと近づいて来た。こっそりなのでルーファスは気付く余地もない。

 男の子は『ニカッ』と仔悪魔の微笑みを浮かべると、ルーファスの背中目掛けてドロップキックをかましてきやがった。

 蹴りをいきなり喰らったルーファスはアイザック・ニュートン(リンゴが地面に落ちるのを見て引力を発見した人)の運動の三法則に従って、地面にバタン! とコケた。じつに呆気ない、何の変哲もないコケ方だった。

「(痛い)」

「あははは、まぬけ!」

 ガキはそう言って走り去って行った。こういうガキはテーマパークに行くといる。きぐるみを見るとキックとかパンチをするガキが。

 ルーファスは何事もなかったようにびしっと立ち上がり、何事もないように歩き出してこう思った。

「(こんなコケた姿、知り合いに見らたれたら、恥ずかしいよねぇ。よかったきぐるみ着てて)」

 ルーファスよく考えろ! きぐるみを着てなかったら蹴られなかっただろ?

 そんなこんなでルーファスは博物館の前まで来た。

「ついに来てしまった)」

 博物館の入り口にはいかにも強そうですよ〜、って感じの屈強のガードマンが二人立っている。しかも、その二人はものすご〜く不信の眼差しでネコ(ルーファス)を見ているではないか。見られて当然だが。

「(ヤバイ、怖い目で見てるよ)」

 ルーファスは思いついた。自分にクイックの魔法をかけて『走れGO・GO・GO!』作戦を。

 ちなみにクイックとは、三分間の間だけ身体能力を上げて、通常の二倍近くのスピードで動くことのできる魔法で、かけられた本人のマナを消費する。

 ルーファスは自らにクイックをかけると、『ヨ〜イ、ドン!』のポーズを決めた。すると、どっかの誰かが『ヨーイ、ドン!』と言ってくれたので、それを合図にルーファスは全速力で走り出した。

 疾風のごとく走るルーファスは、ガードマンの間を瞬く間に通り抜け、博物館の中に入った。しかし、中に入ったからといって安心して足を止めてはいけない。

 なぜなら、詳しく説明すると、ルーファスの五〇メートル走(追っかけられた時)のタイムは六・八五秒。そして、先ほどのガードマン(入り口)とルーファスとの距離は約三メートル、このことから次のような数式が立てられる。

 五〇÷六・八五×二(距離÷タイム×クイック使用)=一四・五九八……。すなわち、一秒間に約一五メートルの距離を走ることになるので、ガードマンを抜けることは余裕でできるが、時速に換算すると約五三キロメートルといったところなので、目で見ることが余裕でできる。

 ようするに中に進入したことがバレバレなのですぐに追ってが来るのだ。

「はぁ、はぁ……(中に入れば後は客のフリをして」

 ルーファスの考えは甘い。砂糖より甘い。

 理由は上で説明してとおりで、不審者が博物館の中に入ったことは、もうとっくに気がつかれている。しかも、致命的な誤算がある。ネコのきぐるみを着ている時点で普通の客のフリはできない。あたりまえのことだった。

 案の定、ネコ(ルーファス)の周りにガードマンたちが押し寄せて来た。

「(……何でガードマンが!?)」

 それはルーファスがあからさまに不審者だからだ。

「(やばい……逃げるぞ!)」

 ルーファスはガードマンたちの静止の手を掻い潜った。

 二人のガードマンはルーファスを捕まえようと挟み撃ち作戦を実行したが、ルーファスがスルっと二人の間を抜けたもんだから互いに頭をぶつけて転倒。全治三時間の怪我を負った。

 ルーファスはそんなことお構いなしに、次々とガードマンたちの静止を振り切って写本を目指す。その姿はさながらプロのフットボール選手のようだった。今のルーファスはちょっぴりカッコイイかもしれない。ネコのきぐるみを着ていなければ。

 がしかし、ルーファスの快進撃はここまでだった。クイックが切れたのだ。

 その拍子に、突然切れたクイックにルーファスの身体能力がついていけず、しかも、それが全力で走っている最中だったから、さぁ大変!?

 ルーファスは身体のバランスを崩し、つんのめって、超高速回転連続でんぐり返しを五回転決めた。そのでんぐり返しの姿はプロの運動選手並だった。

 実は、ルーファスは運動神経がそこそこよい。だが彼が魔導学園に通っていたころの体育の成績は最悪だった。それはなぜか……?

 理由は今から起きる出来事にある。

 ルーファスは華麗なでんぐり返しをカッコよく見事に決めて、そのままの勢いで立ち上がろうとした――ここまでは完璧だった。しかも、ネコのきぐるみを着てここまでやるとはじつにすばらしい。だが、不幸は突然訪れる。

 白い壁がルーファスの前に突然姿を現した。そして、ゴン! というリアルな音とともにルーファスは頭を強打し、後ろにバタンと倒れた拍子にまた、ゴン! というリアルな音が……これは痛そうだ。

 これがルーファスの体育の成績を下げていた理由だった。途中までは完璧なのだが、なぜか途中で不幸が訪れる。

「(痛い、でもよかったきぐるみ着てて、着てなかったら気絶してたよ)」

 と心の中で思ったルーファスはむくりと立ち上がった。そして、後ろを見るとガードマンがすんげぇ形相で追いかけて来るのが見えた。

「(ヤバイ、早く写本を手に入れなくちゃ……?)」

 ルーファスはここである重大な作戦ミスに気がついてしまった。

「……写本ってどこだ!」

 思わず叫んでしまった。

 この博物館はこの国で一番広い。名前の上に国立が付くだけのことがあり、なんとなく

格式がありそうな雰囲気が満ちていて、広い。

 その広さは……とにかく広いったら広い!

「(コロセウムの二倍もある建物のどこを探せばいいの!?)」

 写本はどこだと考えていたら、何時の間にかルーファスはガードマンに取り囲まれていた。これって絶対絶命ってやつである。

「(もう一度、クイックで)」

 と思ったがルーファスにはもうそんな力は残っていなかった。

 クイックには欠点がある。クイックは一時的に身体能力を二倍に高めてくれるが、疲れも二倍だったりする。

 ルーファスの息はもうすでに上がっていて、二度目のクイックはつらい。しかも、きぐるみを着ていると呼吸がしにくい。もうひとつおまけにきぐるみは通気性が悪く中が非常に熱い。

「(もうダメだ……おとなしく捕まろう)」

 ネコがゆっくりと両手をお手上げすると、一斉にガードマンたちが押し寄せて来て、腕を掴まれ、そのまま引きずられて事務室に連行されてしまった。呆気ない、呆気ない幕切れだった。


 小さな小さな心もとない声が事務室に微かに響いた。

「ごめんなさい、もうしません」

 ルーファスはガードマンに深々と頭を下げた。するとガードマンは意外にあっさり許してくれた。

「まぁ、博物館を走り回っていただけだから、今回は許しますけど、次回からは気をつけるように」

「本当に申し訳ありませんでした」

 たしかにルーファスはネコのきぐるみを着て博物館内を走り回って、客やガードマンに迷惑をかけただけで、そんなことはこの博物館では同じようなことを『ガキ』がよくするので厳重注意だけで済ませてもらえた。

「『子供』みたいな真似はもうしないでくださいよ」

 ガードマンは子供のところを強調した。

 しゅんとしてルーファスはうなずいた。

「はい、以後気をつけます(良かったこれだけで済んで)」

「じゃあ、もう行っていいから」

 ルーファスはガードマンに一礼をして、部屋を出て行こうとしてドアノブに手をかけると、ドアが勝手に開いた。自動ドアではない、向こう側から誰かが開けたのだ。

「(あ、ドアが勝手に)」

 ゴン! という音がした。

「いった〜っ」

 ルーファスは思わず頭を押えながら、しゃがみ込んだ。

「た、大変です! ライラの写本が何者かによって盗まれました」

 ルーファスのことは無視だった。

「何だって、今行く!」

 ルーファスのことはやっぱり無視だった。

 ガードマンはルーファスのことなどお構いなしにどこかに行ってしまった。残されたルーファスは少し寂しい気持ちがした。

「ライラの写本が盗まれたのか……(疲れたから家に帰って寝よ)」

 事務室を出ると博物館内は大騒ぎになっていて、出口では荷物検査が行われていた。

「(大変なことになってるなぁ)」

 そんなことを思いつつルーファスは出口で荷物検査を受けていた。ルーファスは手ぶらだったのですぐに通してもらえた(ちなみにネコのきぐるみは事務室で没収された)。

 博物館を出たルーファスはあることを思い出した。

「(そうだ、裏路地で待機してるって言ってたっけ)」

 ルーファスは裏路地に向かった。がしかし、そこには二人の姿はなく、代わりにあったのは『ピンクうさぎの人形』と手紙。また、ピンクのうさぎだった。

 手紙にはこう書かれていた。『へっぽこの家で待ってるぞ』と、筆跡と言葉使いからしてカーシャに違いない。

「(ひどいよ先に帰るなんて)」

 なんてことを考えていたらすぐに家に着いてしまった。

 家のドアを開けるとすぐにハルカの元気な声が聴こえた。

「おかえりなさ〜い!」

 にこやかなハルカな顔を見て、ルーファスは内心ちょっとムカッと来たが、たぶん帰ろうと言い出したのはカーシャなので怒るのであればカーシャだ。

 家の中に入ったルーファスはすぐさまカーシャを探した。すぐに見つかった(そんなデカイ家ではないので)。

「なんだ、無事だったのかへっぽこ」

 すまし顔のカーシャは読んでいた本をパタンと閉じると、紅茶の入ったコップを片手に優雅に手を振ってきた。

「…………(死!)」

 この時、ルーファスは何度目かのカーシャへの殺意が沸いた。だが、ルーファスはそれを心に留めた。なぜって、それはカーシャが恐いから。

「ルーファスもそこに座って紅茶でも飲め」

 完全な命令口調のカーシャに勧められるままに、ルーファスはソファーに座ると、すぐにハルカがルーファスのために紅茶をかわいらしいうさしゃん(うさぎさん)のティーカップに入れて銀色のトレイに乗せて現れた。

「はい、ルーファス紅茶」

 微笑みながらハルカはルーファスにティーカップを渡した。

「……ありがとう」

 ティーカップを受け取る瞬間、ルーファスはあることを思った。

「(あんなティーカップうちにあったっけ? しかも、うさぎって……うさぎ?)」

 紅茶をひと口飲み、ルーファスは『はぁ』と深くため息をついた。

 カーシャも紅茶を口に含み、それを飲み込むと話を切り出した。

「ルーファス今日はご苦労だったな」

「ご苦労だったって何にも見てなかったでしょ」

 ハルカが首を振った。

「ううん、見てたよ、ルーファスがガードマンに追いかけられてたの(あれはなかなかの見ものだったなぁ)」

 ルーファスは驚いた表情を浮かべた。

「えっ(何でハルカが知ってるの?)」

 とのルーファスの疑問についてカーシャがわかりやすく説明した。

「これを見ろルーファス」

 カーシャは今まで読んでいた本の表紙をルーファスに見せた。

「(この表紙に書いてある古代文字は……!?)」

「おまえがガードマンに追いかけられている隙に、これを盗って来た(ふふ、悪いなルーファス、囮にした)」

「それって、ライラの写本じゃないか!?(何でここにって)……ライラの写本を盗んだのってカーシャたちだったのか!?」

「そのとおりだ」

「ルーファスのおかげで簡単に盗めたよ(ちょっと悪い気もしたけど)」

 ルーファスは唖然としてしまった。そして、微妙にキレた。

「もういい寝る! はいはい、ソファー空けて」

 ルーファスは二人をしっしと追い払い、ソファーにバタンと倒れ込んだと同時に静かな寝息を立てた。

「疲れたのだな(精神的に)」

 カーシャは毛布を持って来てルーファスの身体にそっとかけてあげた。カーシャもいいとこあるじゃんって感じである。

 こうしてルーファスだけの長い一日が終わった……Zzzz。

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