その11
寒い、寒い、じつに寒すぎる山脈。凍え死にそうなくらいに寒い。いや、凍え死ぬ。
だが、魔法で透明な服のようなものを着ているのでだいじょうぶだった。
「はぁ〜、何かぽかぽかしますねこれ(こたつの中に入ってるみたい)」
夢心地のハルカ。こたつを愛するハルカはこれでまたネコに一歩近づいた。
ハルカが眠りそうになってすぐに、その城は見えてきた。氷でできたような城――昔のカーシャのご自宅だ。
城の壁は石でできているが、その周りは全て氷に包まれ、城から突き出る塔はまるでつららを逆さまにしたような形をしている。
城門は開けられていた。もしや、これは『かかって来れるもんなら来てみろ!』というカーシャの意思表示なのかもしれない。
城の床にも氷が張っていてスパイク靴を履いていないと滑ってしまう。ちなみに今は魔法でどうにかしているので普通に歩ける。
「(なんだか、スケートとかできそうなところだなぁ〜)」
そう思いながらハルカはルーファスに抱きかかえられながら辺りを見回す。
廊下には窓から差し込む輝く光と、炎が灯され、とても明るい。この炎は普通の炎の色とは違い青色をしていて、触るととても冷たい。
長い廊下を進み玉座の間まで来た。そこで一行を出迎えたのは!?
「誰のあの金髪の人?(カーシャさんがいると思ったのに)」
金髪の白い薄手のドレスを着た優美な女性。それを見たハルカは不思議な顔をしたが、ルーファスは身も凍る思いで、一歩後ろに足を引いた。
「また金髪に戻したんだねカーシャ(カーシャが私のこと恐い目して見てるよぉ)」
金髪の女性はカーシャだった。ハルカの知っている――この場にいるルーファスを除く全員が知っているカーシャの髪の毛の色は黒だ。
「……ふふ、ぬけぬけとようこそ我が城、シルバーキャッスルへ(ここに来たからには、身も凍るような、あ〜んな目やこ〜んな目に遭わせてやる)」
金髪のカーシャ――それは彼女が氷の魔女王と呼ばれていた時代の髪色。
「カーシャ先生、おひさしぶりです(金髪?)」
クラウスが一歩前に出た。
「我々アステア王国はあなたの討伐に乗り出しました。ですが、僕としては穏便にことを済ませたいのです。どうか、僕に捕まって頂けませんか?」
「ヤダ(ぴょ〜ん……ふふ)」
即答だった。カーシャは人の言うことを聞くのが嫌いな女だ。
「なんだとカーシャ! 国王が穏便に済ませようと言っていらっしゃるのだぞ!(相変わらず嫌な女だ)」
エルザは剣を抜いていた。もう、戦う気満々なのだ。だが、ルーファスは絶対カーシャと戦いたくない。カーシャと友達だからとかではなく、どんな目に遭わされてしまうかが恐いからだ。
「まあまあ、ここは話し合いでもしようよ(どうにか丸く治めないと)」
「ヤダ(ぴょ〜ん)」
また即答だった。もう一度確認のために言うが、カーシャは人の言うことを聞くのが大嫌いな女だ。
「カーシャさん、世界征服なんてよくないですよ、ね?(この人に世界征服なんてされたら……恐い)」
「ヤダ(ぴょ〜ん)」
またまた即答だった。改めて言うが、カーシャは人の言うことを聞くのがちょー大嫌いな女だ。
「くそぉ〜、この女狐が! こっちが下手に出れやればいい気になるとは、許せん!」
怒り頂点で大爆発。エルザは本気で殺るべく、カーシャに切りかかって行った。
「たがが人間の分際でうるさい女だ、ピンクのうさしゃさん人形に変えてやる(うしゃさん……LOVEみたいな!)」
剣がカーシャの頭上に下ろされそうになったその瞬間、カーシャは鋭い目つきでエルザを〈視た〉。
振り下ろされた剣。しかし、それはぬいぐるみの剣だった。その剣を振っているのは小さなピンクウサギだった。
「えいっ、ていっ、カーシャ覚悟しゅろ!(……なにか、様子が変だ)」
舌っ足らずのかわいらしい声でしゃべっていたエルザは気がついた。
「まさか、この私がカーシャの魔法で!(あり得ない、私はエリートだぞ!)」
エルザ的ショック! 今までの人生をエリート街道まっしぐらで元帥まで上り詰めたエルザには信じがたい屈辱だった。
自信喪失で燃え尽きて灰になってしまったエルザはその場で固まってしまった。それを見たカーシャは満足そうに不敵な笑みを浮かべる。
「次は誰だ?(ふふ、世界中の人間をうさしゃんに変えてやる」
カーシャの冷たい声が静かな城の中に響き渡った。
そのころ全世界では、ハルカVS魔女カーシャの戦いが巨大ホログラムスクリーンによって映し出されていた。もちろんローゼンクロイツの仕業だ。
ハルカVSカーシャの映像を流して、見事ハルカがカーシャをやっつける映像を全世界に広めようとしているのだ。
ローゼンクロイツの思わく通り、世界中の人々は戦いを見守り、ハルカを応援した。ちなみにクラウスが城を抜け出したことは全世界にバレた。
もうひとつちなみに、クラウスを含めてルーファスとエルザはハルカの下僕ということになっている。そういうことにしてこの戦いは『実況中継』されていた。
この実況をしているのはローゼンクロイツの雇った実況のプロと、特別解説員としてこの場にいる牢屋を抜け出したヨハン・ファウストだった。
「なかなか、面白い戦いだ。クク……私は誰が勝とうが構わないがな」
「おおっと、クラウス国王がカーシャに向かって走り出しました!」
実況の言葉の通りクラウスはカーシャに向かって走っていた。言うことを聞かないカーシャに対して、彼は実力行使に出たのだ。
「カーシャ先生、少し悪戯が過ぎますよ(ウサギってギャグだろう)」
クラウスの手から放たれる輝く鎖。これで彼はカーシャの身体を拘束しようとした。だが、カーシャには通用しない。
妖しく輝く瞳で見つめられたクラウスは、ピンクのうさしゃんになってしまった。そして、すぐさまカーシャは牢獄を作り出し、クラウスとエルザをその中に封じ込めた。
「ふふ、ルーファス、ワタシと戦うか?(喧嘩上等……ふふ)」
「遠慮しとくよ(私がカーシャに刃向かったらうさぎどころじゃないよ、きっと)」
「何言ってるのルーファス!? もう、頼りになるのルーファスしかいないんだよ(本当に頼りになるかは微妙だけど)」
だが、ルーファスは何も言わなかった。その反応を見てハルカは頬を膨らませて怒りをあらわにした。
「ルーファスのばかぁ!(役立たず、腰抜け、へっぽこ! ルーファなんて嫌い)
「だったら、ハルカがこのワタシと戦うか?(かかって来いや……なんてな)」
冷たいカーシャの声でハルカの胸が突かれた。
「まさか、アタシがカーシャさんと戦えるわけないじゃないですか。だってアタシ、ネコだし(にゃ〜んて感じで)」
「この戦いは世界の覇権をかけたハルカとワタシの戦いなのだぞ!」
「いつから、そんなことになったんですか!?」
「ワタシに勝って世界を手に入れたら、家に帰れるかもしれないぞ(本当のところはどうだか知らんがな)」
「(世界に帰る)そうよ、アタシもとの世界に帰りたいよ。ねえルーファス、アタシのためにがんばってよ」
少し潤んだ目でハルカに見つめられたルーファスはため息をついた。
「はぁ、たしかに私がどうにかしないといけないことだよね(ハルカをこっちの世界に呼んじゃったのは私のせいだからね)」
「よし、それでこそルーファスだよね。じゃあ、カーシャに向かってレッツゴー!」
レッツゴーと言われても少し困る。ルーファスはカーシャに刃向かいたくないが、ハルカをもとの世界に帰さなければならない。板ばさみにされて窒息しそうだ。
その時だった。この場に新たな新キャラが登場したのは!
白髪白髭の杖を突いた見るからにヨボボヨの爺さんがこの場に乱入して来た。
「やっとこさ見つけたぞ、魔女王カーシャよ(こやつを探すのに、はて、何年くらいの月日を費やしたかのぉ?)」
「誰だおまえは?(この爺さんは誰だ?)」
全く記憶に御座いません状態のカーシャ。この老人の正体とは?
「わしのことを忘れてしもうたのか、この魔女が。わしは……わしは……どこの誰じゃったかの?(ロバート、ポール、エリザベスじゃったかの?)」
この老人はだいぶボケていた。
「ああ、思い出したぞ、わしの名前はハインリヒ・ネッテスハイムじゃった(少しボケたかのぉ?)」
だいぶボケている。
名前を聞いてもカーシャはこの人物について思い出せなかった。もしかして、老人は自分の名前を勘違いして、別の名前を言ったのか。いや、違うこれが彼の本名で、人々に知れ渡っている名前は別にある。
驚いたルーファスは裏返った声をあげた。
「もしやあなたが、かの有名なアグリッパ様ですか?(……そんなわけないか、このボケ老人がね)」
「おお、そうじゃ、その名前じゃ。その方が世間様に知れ渡っておる」
「ああ、思い出した(だいぶ歳をとっていたので見た目ではわからなかった)」
ぼそりと呟いたカーシャはやっと思い出した。この男は『過去』にカーシャを討伐するために編成された魔導士の一団のひとりだった。
だが、今ごろカーシャの城を見つけるなど、たまたまカーシャがここに帰っていなかったらどうする気だったのか? もしろ今まで探し続けていた彼の根性はスゴイと褒めてあげたい。なんせ、一〇〇〇年以上もの月日を費やしているのだから。
「よく、人間が永い時を生き長らえたものだな。で、今更アグリッパがワタシに何のようがあるというのだ……まさかワタシを倒すなんて言うわけがないな。(こんなご老体のヨボヨボ爺さんがな)」
「わしの仲間は長い時の流れの中でみんな死んでしまったわい。残っているのはわしだけだ。仲間のためににもお主の首を貰わねばならん。じゃが、なぜわしをお主の首を狙っておるんじゃったかの?(こそ泥だったか、わしの逃げた女房だったか?)」
ボケてまで追い手を追い続けるとは大した執念だ。もしかして、ボケていて年月もわからなかったのか?
このアグリッパがカーシャ討伐の旅に出たのは、もちろん過去に魔女王としてカーシャが人々に恐れられていたからだ。
キラリ〜ンとカーシャの目が妖しく輝いた。またまたトンデモないことを言いそうな空気がこの場を包み込む。いや、絶対言う(断言)。
「では、こうしよう。ハルカ&ルーファスチームとアグリッパとワタシで三チームに分かれて戦い、勝った者が世界を自分のものしていい権利を持つことにしよう。魔導砲の制御装置はこのイヤリングだ。これを勝者にはくれてやる(勝つのはワタシだがな、どんな手を使ってもワタシは勝つ……ふふ、卑怯者)」
蒼い宝石の付けられたイヤリングが妖しく輝く。
アグリッパは杖を高く上げて笑い出した。
「ふぉふぉふぉ、そうじゃったわい。わしは全世界の覇権を賭けて戦っているんじゃった(いや、違ったかもしれんな)」
別に世界の覇権を賭けてカーシャを探していたわけではない。彼の発言はだいぶ外れたことばかりだ。
なんだかわからないうちに世界の覇権をめぐる戦いが勃発。しかもアグリッパまでもがその戦いに強制参加。
マナと呼ばれる魔法エネルギーが風を巻き起こし、この場に戦慄を呼ぶ。
杖を構える老人はただのボケ老人ではなかった。魔法を使うの能力は歳とは関係ない。老人の魔力は凄まじいものだった。
相手の発するマナの力に負けじとカーシャも出力をあげる。
――この場でついていけてないのはルーファスとハルカだった。二人は隅っこで小さくなっている。できれば戦いに巻き込まれたくないのだ。
「あのさぁ、ルーファス、ちょっと耳貸してくれないかな?」
「何ハルカ?」
小さなハルカの身体をルーファスは持ち上げて、耳元に近づけた。
「カーシャさんのイヤリングを奪うことできないかな? そうすれば全部丸く治まると思うんだけど?」
「そうだね、どうにか隙を見てイヤリングを奪おう(でも、どうやって?)」
ポケットに入った財布ならまだしも、耳についたイヤリングを盗むのは大変困難だ。むしろ、普通は無理。
アグリッパは呪文を唱えるべく杖を高く掲げた。この杖はマナの増幅装置の役目を果たしている。
「セ……セイ……呪文が思いだせん(はて、何の呪文を唱えようと思ったんじゃったかのぉ?)」
「ホワイトブレス!」
カーシャは老人を殺るつもりだ。老人愛護の精神なんて微塵もない。てゆーか人殺しなんて悪いことを本気でするつもりだ。
白い煙のようなブレスが老人に襲い掛かる。
「そうじゃった、ファイアーブレス!」
小柄な老人の持つ杖から巨大な炎が吐き出された。
白と紅がゴォォォーッという音を立てて混ざり合い相殺した。そのエネルギーは凄まじく、巻き起こった爆風によってルーファス&ハルカは大きく吹き飛ばされてしまった。
完全にルーファス&ハルカは置いていかれている。彼らの出る幕はない。
アグリッパは呟いた。秘術を発動させる気なのだ。
氷の床にひびが入り、地響きとともに地面の底から何かが突き出た。頭だ、巨大な頭が突き出たのだ。
地面の底から生まれ出た石の巨人。それはゴーレムと云われるものだった。
ハルカがルーファスに尋ねる。
「あれって何なのルーファス?」
「ゴーレムって呼ばれている石や土で造った巨人だよ。マッチョで強そうでしょ?(スゴイなぁ、あれが本物なんだ)」
二人が見ていると、ゴーレムはゆっくりと重い足を動かした。足が地面に下ろされるたびに地面が割れる。
のっし、のっしと歩いて来るゴレームを冷たい目で見るカーシャ。ゴーレムが相手ではカーシャは少し分が悪い。
「……どうしたものか(石に効果のある魔法は?)」
考え事しているカーシャの身体を巨大な手が掴んで、そのまま上に持ち上げた。それにカーシャは全く動じない。まだ、考えを巡らせているのだ。
「ふぉふぉふぉ、手も足も出ないようじゃな」
「いや、手も足も出ているぞ(な〜んてな)」
握られているのは胴体なので、カーシャの手と足は自由に動かせた。だが、もちろんアグリッパが言っているのはそんなことではない。
ハルカはチャンスだと思った。
「ルーファス、今がチャンスだよ!(ほら、早く行かなきゃ)」
「よっし、行くぞぉ〜!(ヤケクソだぁっ!)」
捕まったカーシャを見てルーファスはここぞとばかりに走った。とにかく走った。そして、ゴーレムの身体をよじ登ってカーシャのもとに行った。
「そのままじっとしててよ」
「なにをするルーファス!?(まさか、ワタシが動けないことをいいことに、唇を奪う気か!?)」
奪うは奪うでも奪う違い。ルーファスはカーシャのイヤリングを奪おうとした。が、取れない。
「あのさぁ〜、これってどうやって取るの?」
「ああ、このイヤリングなら、こうやって――」
カーシャは自ら両耳のイヤリングを外して見せた。それをチャンスとルーファスはカーシャの手からイヤリングを掻っ攫って逃げた。
今のルーファスの行動は作戦ではない、本当に取り方がわからなくて聞いたら、律儀にカーシャが取って見せてくれたのだ。カーシャ不覚。
「待てルーファス!」
カーシャの手から氷の刃が放たれ、ルーファスの掠めて飛んでいく。
「待ったらヒドイ目に遇うからやに決まってるでしょ!」
まんまとルーファスはとんずらして柱の影に隠れた。
「ふぅ、どうにか逃げ切れた(死ぬところだった)」
「すっごいよルーファス! やればできるじゃん」
柱の影でルーファスを出迎えたハルカは賞賛の言葉を投げかけた。
「カーシャさんから盗むなんて、これでこっちの勝ちも同然だね!」
辺りの気温が突然下がった。
「ふふ……それはどうかな?」
蒼ざめるハルカ&ルーファス。二人の視線の先にはカーシャが立っていた。それも白銀の髪をした蒼い瞳の覚醒しちゃってるカーシャが立っている。
「な、何でカーシャが!? ゴーレムは? アグリッパ様は?(まさか……!)」
まさかのまさか、まさかの頭痛がルーファスに襲い掛かる。あまりの衝撃にルーファスは頭が痛くなってしまった。
氷の床に散乱する石の塊。そして、ずいぶんとヨボヨボなピンクのウサギ。カーシャ恐るべしである。
イヤリングを盗まれたことに激怒したカーシャは、マナの波動だけでゴーレムを粉砕して、すぐさまアグリッパをピンクのうさしゃん人形に変えたのだった。
もうカーシャに敵う者はいないだろう。今のカーシャはなんでもアリ状態だ。
「ふふ、ふふ、ふふふ……今なら二人ともお尻一〇〇〇回叩きで許してやろう。さあ、イヤリングを返せ」
「はい、どーぞ返します(お尻一〇〇〇回叩きで済むなら安いもんだよね)」
「ダメだよルーファス! 世界の危機なんだよ、世界がカーシャさんの物になってもいいの!」
「いいよ、私は今だってカーシャに使われてるし(よく考えれば、今とあんまり変わらないんだよねぇ〜、あはは)」
「ばかぁ、ばかばかかばルーファス!(もう、ルーファスなんて大ッキライ)」
最後だけ『かば』になっている。
少し涙ぐむハルカの顔を見て、ルーファスの何かに火がついた。
「そうだよね。私が悪かったよハルカ。こんな物――」
イヤリングを持ったルーファスの手が大きく上げられた。彼はイヤリングを破壊するつもりだった。それを見たカーシャが叫ぶ。
「やめろ!(割れ物注意なんだぞ、そのイヤリングは!)」
手が振り下ろされたとほぼ同時に、蒼い宝玉の付いたイヤリングは、地面に叩きつけられて四方に弾けて砕け散った。
煌びやかな破片が宙を舞う。
この展開にカーシャの顔が蒼ざめた。普段から白い顔をして顔色の悪いこのカーシャが本気で顔を蒼ざめさせたのだ。
「アホかキサマは! 制御装置を壊したら魔導砲が発射されるかもしれなだろうが!」
「「えっ!?」」
この二人、ホントに最近息が合ってきた。コンビとしては申し分ない。
ハルカの手が上げられた。
「は〜い、それって本当ですか? でも、カーシャさんだって魔導砲を撃つもりだったんでしょ?」
「アホか撃つわけないだろうが、脅しだ。本当に撃ったら自分も死ぬだろうが!(アホかこいつらは!)」
――しばしの沈黙。
「「マジで!」」
この二人は双子なのだろうか? 声がそろいすぎだ。
カーシャは呑気な口調で言った。
「あっ(入ったみたいだ)」
「「なにっ?」」
声をそろえる特訓でもしているのか、この二人は。
「魔導砲のスイッチが入っちゃったみたいだな……テヘッ(今日という今日は笑えないな……ふふ)」
そう考えながらも心で笑っているカーシャ。それは苦笑だった。
絶体絶命大ピンチ。それも世界規模でピンチ。世界破滅へのカウントダウンが開始された。
「世界を吹っ飛ばすくらいのエネルギーを放つには少し時間が要る。魔導砲が放たれるのはだいたい一時間後だな(ジエンドだな……ふふ)」
「そんなバカなことあるわけないじゅあ〜ん!」
そう言っている本人がスイッチを入れた張本人だ。
スクリーンに映し出された映像を食い入るように見ていた世界中の人々は、泣いたり、叫んだり、踊ったり、とにかくパニック状態になった。
まさか、一時間後に世界が吹っ飛ぶなんて信じられない。毎日を普通に過ごし、明日が当然のように訪れていた全ての人々や生物たちの運命が一転した。
次の朝が来ない。生物はいつ死ぬかわからない。しかし、一時間後の死を受け入れるなど現実味がない。
なが〜い沈黙が訪れた。成す術は本当にないのか?
突然、カーシャが手を叩いた。
「あっ、そうだ。この城にも魔導砲があった」
「本当ですかカーシャさん、アタシたち助かるんですか?」
「わからんな(たぶん無理だ……ふふ)」
無理ってどういうことですかカーシャさん!って感じだ。
カーシャは歩き出し、弱っていたヨボヨボのピンクのうさしゃんを人間に戻し、牢屋に入れていたピンクのうさしゃんも人間に戻し、言った。
「世界を救うためにおまえたちも協力しろ(ワタシはまだ死にたくないからな)」
世界を救うのは二の次で、本当は自分がカワイイカーシャであった。
「キサマ、よくも私とクラウスをウサギに変えたうえに牢獄に閉じ込めてくれたな!」
「昔からうるさい小娘だが、今はそれよりも、魔導砲のスイッチが『ルーファス』の不注意で入ってしまった。あと一時間でこの星に到達するだろう。そこで我が城にある魔導砲でこの星に飛んで来る魔導砲を相殺する。だが、この城の魔導砲もエネルギー不足で宇宙空間にある魔導砲を相殺できるか微妙だ(むしろ、不可能に近いな)」
ここにいる魔導士たちのエネルギーを注ぎ込み、魔導砲を撃つ。だが、カーシャの考えでは、ここにいる魔導士だけではエネルギー不足であった。そのことにはクラウスも気が付いた。
「僕たちだけのマナでは無理だろう。いくらカーシャ先生でもアグリッパ様でも、世界を吹き飛ばすほどのマナを魔導砲に注ぎ込むことは不可能」
痛いところを突かれた。かなりど真ん中の図星だった。
この展開は世界中の人々に実況中継されていて多くの人々が観ている。その中にはこの人物もいる。
《ボクの出番のようだね(ふにふに)》
カーシャのすぐ横にローゼンクロイツのホログラム映像が映し出された。
《今、ここにいるキミたちの映像は全世界中の人々が見ているんだよ(ふあふあ)。つまり、その人たちに呼びかけて、魔導砲にマナを送ってもらうことにしよう(ふにふに)。魔導砲に人々のマナを送る転送に関しては僕が引き受けるよ(ふあふあ)。ところで、その魔導砲はどこにあるんだい?(ふにふに)》
「この城全体が魔導砲なのだ(……ふふ、これでも世界を破壊できるだけのエネルギーを放つことができる代物だ)」
ただ、地上にある魔導砲で地上を攻撃してこの星を吹っ飛ばすことができないので使用していなかっただけのこと。だが、それ以外の問題として、エネルギーが注ぎ込まれておらず、使用が不可の状態になっている。
魔導砲を撃つには魔導砲にエネルギーを注ぎ込まなくてはいけない。宇宙空間にある魔導砲は今宇宙にあるマナを溜めている最中なのだ。
自分の玉座に向かったカーシャは、その玉座の肘掛の裏にあったスイッチを押した。すると城全体が淡く光り出し、どこからか歯車の回る音や物が動く音が聴こえてきた。
「さあ、この城にマナを注ぎ込むのだ」
カーシャの言葉にここにいる魔導士たち、そして世界中の人々がこの城にマナを注ぎ込んだ。それに反応して城の輝きが一層強くなる。だが、まだまだ足らない。
世界中の人々が、世界中の全てのものたちが一丸とならなくてはいけない。
世界各地で祈りを捧げる人々。魔導士でないもの身体にもマナの力は宿っている。全てのものにマナは宿っているのだ。
この星、ガイアにもマナは宿っている。この星はひとつの生命体と言えるのだ。
地上に生まれた生命はガイアから分離した小さなマナを宿し、時を経て果て、そしてガイアに還っていくのだ。その循環により、この世界は生き続け、成長していく。
地上が淡い光を放ち、命の鼓動が地面の奥底から聴こえて来る。この星、この星の全てものたちがこの城にマナを注ぎ込む。
長い間、世界の祈りは続いた。そして、辺りが暗闇に包まれ空に星が輝き出したころ、星とは別の輝きが東の空に現れた。
宇宙から魔導砲が放たれた。それは地上から肉眼で確認できるほどの大きさであった。あの魔導砲が地上にぶつかったら、この星が木っ端微塵に砕ける。本当に魔導砲の光を見て、人々は改めて認識した。
日の光よりも明るい輝きが宇宙から飛来して来る。だが、地上の魔導砲のマナはまだ足りない。
マナを注ぎ込む人々の疲労は極限に達していた。ハルカたちもそうだ。
「うぅ〜、体力っていうか、何かスゴイ身体がだるいんだけど?」
「マナは命の源だからね。でも、今はやらなきゃいけないんだ」
真剣な顔をしてこう言ったルーファスの横顔はいつもより、ちょっぴりカッコよくハルカの瞳には映った。
飛来して来る光はすぐそこまで迫っていた。
エルザが大声で叫ぶ。
「まだ、マナは足らないのか!?」
「もう、少しだ(だが、全出力で撃っても……ふふ)」
カーシャの額から汗が流れる。カーシャの額からだ。ちなみにアグリッパ老人の様態はかなり悪い。やはりご老体には相当堪えるらしい。
宇宙から飛来する魔導砲が大気圏に突入する寸前、カーシャが大声を出した。
「発射だ!」
城全体が激しく揺れ、唸るような音を出した。
ごぉぉぉぉぉっという凄い音を立てながら、城から光の柱が天を貫くように伸びた。
魔導砲と魔導砲がぶつかり合い、目を開けられないほどの光が地上に降り注ぎ、人々は空の上で何が起こっているのか、感じることでしか確認できなかった。
光と光のぶつかり合いは世界から闇を消して、全てを白い世界で包み、呑み込んだ。そして、世界は――
ハルカは目覚めた。
「……あれ、ここって?」
見覚えのある部屋。テレビや机、そして、お気に入りのカーテンのある窓。――ここはハルカの世界の自分の部屋だった。
「もしかして……帰って……もしかして、全部夢だったのかな?」
目覚めたら自分の部屋。そう考えたら、もしかして、今までの出来事は全部夢だったのかもしれないと思った。
剣と魔法の世界――そんな世界があるはずがない。
「何か、少し疲れてるみたい……もう少し寝よ」
そう言ってハルカは深い眠りに落ちた。
静かな寝息を立てるハルカ。
ハルカの夢のような冒険は終わった。でも、本当に夢だったのか?
もし、あの出来事が現実だったならは、そのことはハルカの『身体』が身に沁みて覚えていることだろう。