その10
アステア王国を襲った大惨事は世界各国に瞬く間に広がった。世界滅亡が迫っていると誰もが確信した。
アステア王国ヴァルハラ宮殿――今ここでは国の要人たちが集められ緊急会議が行われている真っ最中だった。
「君たちをここに集めたのは他でもない、この国は、いや、世界はあのカーシャという人物によって滅亡の危機にさらされている」
ずいぶんと重い口調で現国王クラウスは言った。
彼は八歳という異例の早さで国王の座に付き、その才を活かし、この国を五年という短い時間の間に、世界にその名を轟かす魔法大国とした若き王であった。
クラウスの声は重い。カーシャの宣戦布告により彼は国王就任以来の最大の危機にさらされていた。
あの時、フォログラム映像で顔出していたのはカーシャだけであったために、カーシャが世界征服を企んだことになっている。……企んでいたのは事実だが。
カーシャの前にフォログラム映像で演説をした黒猫とローゼンクロイツが、カーシャと何か関係があるのではないかという話が持ち上がったが、とにかく今はカーシャの居所を探ることが先決とされた。
会議で即刻カーシャ討伐隊この国の誇る魔法兵団で編成され、国中が騒然とした雰囲気に包まれた。
クラウスの表情は重い。
「被害状況はどうなっている?」
国王の問いに席を立った男が深刻な顔をして答えた。
「被害状況は東地区から西地区にかけて及んでいるようですが、詳しい被害状況については現在調査中です」
今回の被害は大型台風が直撃した時の被害状況に酷似している。
少しの間クラウスは考え込み、エルザ元帥に視線を向けた。
「エルザ元帥、カーシャの素性調査はどうなっている?」
「魔導学院で教員をしていた以前の経歴は一切不明です」
魔導学院時代のカーシャのことはクラウスもよく知っている。なぜならば、彼もエルザと同じように魔導学院でカーシャの授業を受けていた生徒だったからだ。
エルザ元帥は話を続けた。
「ルーファスという人物がカーシャと親しいようで、彼ならば何か知っているかもしれません(いや、絶対ルーファスならば、あの女狐の過去を知っている)」
「では、そのルーファスという男に話を聞いて参れ(ルーファス……か)」
クラウスはルーファスと同い年で、魔導学院時代は仲のよかった友であった。
カーシャがどこに潜伏しているのかがわかれなけらば、結局のところ打つ手がない。
この席に集められた者たちが一斉にざわめきはじめた。
「国王様、私たちはどうしたら?」
国王の表情は尚も重い。
「静まれ!」
王の声で辺りは一瞬にして静まり返った。
「魔導砲の準備をさせろ!」
魔導砲には魔導砲で対抗するしかない。しかし、これは最後の手段である。魔導砲はその脅威の破壊力から、実戦では今まで一度も使われたことはなかった。
王の意見にエルザ元帥が反論した。
「しかし、魔導砲は危険過ぎます。どの位の被害が出るとお思いで?」
ヴェガ将軍はその意見に顎ヒゲを手で触りながらこう言った。
「しかしねぇ、この国の非常事態にそんな些細なことを言っている場合ではないと私は思うが?(……ククク)」
「些細なことですって!(このゲスが!)」
エルザ元帥はテーブルを両手でバンと叩きながら立ち上がり激怒した。
クラウス王はそんなエルザを見てなだめた。
「気を静めたまえエルザ元帥、たしかに君の言うことはわからなくもないが、我々には他に成す術がない。もし、カーシャが魔導砲を撃った時、君は何もせずに国が滅びるのを見届けろとでも言うのかね?」
「しかし(危険すぎる)」
「国王の意見は絶対であるぞエルザ元帥(少し黙っていろメス犬は)」
エルザ元帥とヴェガ将軍の仲の悪さは王宮内では誰もが知っていることで、ヴェガ将軍がエルザ元帥よりも地位が下ということが、エルザがヴェガの嫉妬をかう結果となり二人の仲を必要以上に悪くしているとも言われている。
国王クラウスは静かに淡々と二人に命令を下した。
「ヴェガ将軍には魔導砲の準備を命じる」
「仰せの通りに」
ヴェガそう言うと、エルザの顔を見てあざけ笑った。
会議が終わり、人々が部屋の外に出て行く中、エルザはクラウスによって呼び止められた。
「エルザ元帥、この場に残ってくれ、大事な話がある」
「(私に話?)」
部屋に二人っきりになったところでクラウスはゆっくりは話しはじめた。
「今は国王と元帥の関係を抜きで、君と話がしたいエルザ『先輩』」
「……わかった(先輩か、懐かしい響きだ)」
魔導学院時代、クラウスとエルザは後輩と先輩の関係であった。二人の口調もそのためか少し砕けた感じだ。
「僕は今回の事件――僕自らカーシャの元に出向きたいと思っている(ルーファスやカーシャが事件に絡んでいるなら、僕が行かなくてはいけない)」
「それはできないことだ。国王が危険に自ら飛び込むなど、誰も許してはくれない」
「だから、君に一緒に来て欲しい。この城を隠密で抜け出すには、エルザの力が必要なんだ」
「昔からクラウスは一度こうと決めたら意見を曲げないからな。仕方ない、私の首をかけてクラウスの供をしよう(これで、クラウスにもしものことがあったら、私の命だけでは償えんな)」
「すまないエルザ」
決意を胸に秘めてクラウスは窓の外を見た。
「(もし、ルーファスがカーシャ手助けをしているのならば、僕は自らの手でルーファスを捕まえる)」
この日、カーシャ+おまけVSアステア王国を先陣とした世界の全面戦争の火蓋が切られた。
床に這いつくばっていたルーファスが、やっと立ち上がった時には、魔導砲はすでに放たれていた。
「本当に撃つことないだろカーシャ!」
こんなにもルーファスが強く出るのも珍しい。ルーファスは激怒しているのだ。それもかなり。
ルーファスはびしっとばしっとずばっと堂々とカーシャを指差した。
「カーシャが世界征服をするなら、私はカーシャの敵になるよ(……ハッキリ言ってしまった。後が怖いかも)」
「ふふ、ワタシの敵だと? この世界征服はハルカの世界征服だ。つまりおまえはハルカの敵になるということだな?」
「……統治(ふっ)」
無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。そして、話を続ける。
「征服じゃなくって統治(ふあふあ)。ハルカを全知全能の唯一絶対の神として君臨させて、絶対君主による完全なる統治がボクの目的だよ(ふあふあ)」
この場の状況というか雰囲気が可笑しくなりはじめている。
『はい、は〜い』と言った感じでハルカは手をあげて発言した。
「あの、カーシャさんは……やり過ぎだと思うんですけど(ああ、言っちゃった)」
「ほう、ハルカもワタシに口答えする気か?(喧嘩上等!)」
冷酷な表情をしてカーシャはハルカとルーファスを睨んだ。まさに蛇に睨まれて蛙状態である。
思わずハルカとルーファスは一歩と言わず、一〇歩ほど後ずさりをしてしまった。
ルーファスはハルカを抱きかかえて共同戦線を張った。
「ハルカをダシに使って、自分が世界征服をしたいだけなんだろ!(……ヤバイ、また口が滑ってしまった)」
「そうですよ。今回ばかりはカーシャさんに付いていけません(……ルーファスにつられてアタシも言っちゃったよぉ〜)」
さらに冷たい目をするカーシャに対して、ルーファス&ハルカは、もっともっと後ろに下がった。
一方的に押されぎみの二人を助けるようにして、ローゼンクロイツが割って入った。
「魔女の方法はいいと思ったんだけどな(ふあふあ)。ハルカが魔女と決別するなら、ボクはハルカ側に付くよ(ふにふに)」
ここで完全にカーシャVSハルカたちの対立の構図が完全にできあがってしまった。ひとりになったカーシャはどうする!?
「ワタシはやるぞ(走り出したら止まらない……ふふ、ビバ世界征服)」
だそうです。カーシャはひとりでも世界制服をするつもりらしいです。
決別したカーシャは部屋を出て行こうとした。それをルーファスが止める。
「どこ行く気?」
「おまえたちとは絶交だ。ワタシはシルバーキャッスルに帰る(あそこに帰るのは何年ぶりか?)」
そういい残すと、カーシャは姿を消してしまった。それを追うものは誰一人としていない。ローゼンクロイツを除く二人は、絶対にカーシャを止めることは不可能だと思っているからだ。
ローゼンクロイツが軽い咳払いをした。
「じゃあ、そういうことで魔女カーシャを倒しに行こう(ふあふあ)」
「「はぁ?」」
いつも通り息がぴったりな二人。ハルカとルーファスは声をそろえて裏返った声を出して、間の抜けた表情をした。
「世界征服を企む魔女を正義の味方ハルカが倒しに行くんだよ(ふにふに)。そうして世界に恩を売って、ハルカを世界に君臨させるんだよ、わかった?(ふあふあ)」
この男、カーシャよりも悪いやつかもしれない。
本日三度目のホログラム映像が世界に発信された。
その内容とは、カーシャは世界の敵であり、ハルカ率いる薔薇十字団はカーシャを討伐してみせるというもの。つまり、薔薇十字団はカーシャと一切関係ないと世界に伝えたのだ。……いわゆる、トカゲのしっぽ切り。
「じゃあ、ハルカとルーファスはカーシャを見事にお縄にして来てね(ふあふあ)」
「「はぁ!?」」
本日何回目だっただろうか? またまたハルカ&ルーファスは声をそろえて驚いた。
「ちょっと待ったローゼンクロイツ、君はもしかして行かない気?(カーシャを敵に回すなんてできるわけないじゃん)」
「そうですよ、アタシはただのネコですし(にゃ〜んってね)」
二人の発言はなかったことにされて、無表情な顔についた口が一瞬だけ歪み、すぐに無表情に戻る。
次の瞬間、ハルカ&ルーファスは路上の真ん中に突っ立っていた。
「……飛ばされた!?(ローゼンクロイツに外に飛ばされたのか!)」
そのとおり、ルーファスが思ったとおり、二人は路上に強制的に飛ばされていた。
「ルーファスがいたぞ!」
自分を呼ぶ声が聞こえたので、ルーファスがふと後ろを振り向くと、そこには鎧を着たゴツイ兄さんたちが大勢こちらに向かって走って来る。
「何あれ!?(私何かしたっけ?)」
次の瞬間には、ルーファスはハルカを抱きかかえて走っていた。小心者というかなんていうか、悪いことをしていないのに逃げてしまった。
もちろん、逃げたら普通は追いかける。ルーファスの後ろからは恐い顔の兄さんたちが追いかけて来る。そして、追いかけられたら普通は逃げる。
「何なのあの人たち、ねえルーファス?(何か厄介なことに巻き込まれた感じ)」
ハルカの不幸は続く。その不幸に巻き込まれる率はルーファスといい勝負。つまり、二人が一緒にいれば破滅的な人生を送ること間違いなしなのだ。
「何でだろうね? 私にもわからないよ(心当たりならいっぱいあるけど)」
「じゃあ、逃げないほうがいいんじゃないの?」
「でも、乱暴とかされたら恐いしさあ」
「……へっぽこでも魔導士なんだから、少しは強いんじゃないの?」
「私は平和主義だか――わぁっ!?」
突然、ルーファスの首根っこは何者かに捕まれ、路地裏に連れ込まれた。ま、まさか、拉致監禁暴行か!?
フードをかぶったローブ姿の二人組みがそこにはいた。怪しすぎる。
「話は後だ。今は追ってから逃げよう」
フードの中から聞こえる若い男の声はそう言った。
「テレポート!」
声を発する魔法。すなわちこのフードの男はライラの使い手ということになる。ちなみに先ほどローゼンが使った魔法はマイラと呼ばれる特殊な部類に入る魔法だ。瞬間移動系の魔法は高度な魔法のため、使い手は極僅かである。
ここにいた四人は瞬時のうちに別の場所に移動し、ここに駆けつけた兵士たちは丸い目をして顔を見合わせた。
アステア王国の首都外の平原に瞬間移動して来た四人。
フードをかぶっていた二人はハルカ&ルーファスにその顔を見せた。
一人目はエルザ元帥。そして、もう一人はクラウス国王。
「やあ、ルーファス。ひさしぶりだね(相変わらずだな、こいつは)」
「ああっ!? クラウスが何でここにいるの?(城の外に出るなんて、しかもエルザと一緒って?)」
素っ頓狂な声をあげてルーファスは目を丸くした。だが、ハルカはクラウスのことを知らない。
「誰なのこの人?(顔立ちはルーファスよりも端整で、ちょー高貴な雰囲気がどことな〜くある人けど……?)」
エルザがどどんと胸を張って前に一歩出る。
「ここに仰せられるお方は、クラウス国王様であらせられる」
「マジで!?(この人が王様なんだ。結構若いみたいだし、何でルーファス何かと知り合いなんだろう?)ルーファスと国王様はどんな関係なんですか?」
「僕とルーファスは学院時代の友達でね。ああ、それからこれはお忍びの旅だから、王様っていうのはやめてくれるかな? クラウスって呼んでくれ」
「(王様とルーファスが友達!? このへっぽこ魔導士と?)」
ハルカがどう思おうと、ルーファスとクラウスが友達なのは変えられない事実で、そうなんだからしょうがないとしか言えない。
「僕とエルザはカーシャを捕まえに行こうと思っているんだ。そのためにルーファスの力を借りたい」
「こんなへっぽこ魔導士に!?(無理無理、カーシャさんに敵うわけないじゃん)」
「へっぽことは失礼な。私だって道案内くらいはできる!」
胸を張って堂々と言い放ったルーファス。でも、全然胸を晴れることではないのは、誰もが思うこと。魔導士としてはやはりへっぽこなのだ。
「では、さっそく道案内を頼む(今のは胸を張って言うことなのか?)」
エルザに本当に道案内を頼まれてしまったルーファス。しかし、彼は道案内に胸を張っていた。
「任せて、道案内なら。カーシャのところに案内すればいいんでしょ? でも、かなり遠いよ」
テレポートならば瞬時に行くことができるかもしれないが、テレポートとは基本的に行ったことのある場所でないと行くことができない。基本的というのは、その場所の映像などの情報があれば、行けるかもしれなからだ。
ここでひとつわかったこと、つまりルーファスはテレポートが使えない。使えるものの方が稀なのだ。
ここにいるメンバーでテレポートが使えるのはクラウスだけだった。
「そこは僕の行ったことのない場所なのかい?」
「う〜ん、え〜と、行ったことはあるけど、途中まで……(ああ、嫌な思い出を思い出しちゃったよ)」
腕を組んだ状態でルーファスの表情が強張っている。それを不思議な顔をしてハルカが覗き込む。
「どうしたの、顔が真っ青だよ?(いつものことのような気もするけど。いつもこんな表情ばっかりするよね)」
「……私がカーシャとはじめて出遭った場所にカーシャはいる。その場所は……魔導学院の校外実習で行った雪山」
この言葉を聞いたクラウスが少し顔を強張らせた。
「あの地獄の校外実習か……(思い出しただけで身震いがする)」
地獄とはいったいどんな実習だったのか? もしや雪山ですっぽんぽんとか?
「でも、たしかルーファスは帰り道で遭難して?(そうか、その時、ルーファスはカーシャと出会ったのか)」
そう、その時にルーファスはカーシャと出遭った。しかし、遭難して帰って来たルーファスはそのことを誰にも話していない。聞かれても何も覚えてないとウソをついていた。その理由はもちろん、カーシャによる説得(脅迫)があったからだ。
カーシャに脅迫(?)されて今まで誰にも言わなかったカーシャとの出遭い。そのことを思い出したルーファスは突然慌て出した。
「あ、あの、うん、雪山で何かカーシャと出遭ってないよ(危ない、危ない、口を滑らせるところだった)」
十分口は滑っていると思うが、ルーファスにとってはこれが精一杯の言い訳なのだ。
空気を切り裂き、何かが煌いた。
「言え、ルーファス!(あのカーシャのこととなれば黙ってはいられぬ)」
ルーファスの首にはエルザの抜いた剣が突きつけられていた。
「え〜と、カーシャの正体が何であるかなんて、口が滑っても言えるわけないじゃん。でも、居場所くらいなら、言えるかなぁ〜(……こ、殺される)」
またルーファスは口を滑らせた。『正体』ってことは今のカーシャの姿は仮の姿だと言っているようなものだった。
首に突きつけられた剣がぐぐっと動いた。
「……言え」
ドスの利いた低い声だった。
「言ったら私が殺される(言わなくても、今殺されそうだけど)」
あまりの怯えようをするルーファスの首から剣が離された。エルザは少々呆れた顔をしている。
「ふぅ、仕方ない。場所案内だけでいいだろう(だが、カーシャの首は私が……)」
もしや、エルザはカーシャを殺す気満々とか?
「では、僕のテレポートでグラーシュ山脈まで行こう。その後の道案内はルーファス頼むぞ」
今のクラウスの言葉に頼りなさ気に頷いてみせるルーファス。彼は本気でカーシャが恐い。それはハルカも同じだった。
「(ああ、カーシャさんと戦うことになるのかなぁ〜。ヤダなカーシャさんって冷血なんだもん)」
クラウスは目をつぶってグラーシュ山脈のイメージを頭に思い浮かべた。これに失敗するととんでもない所に行ってしまう。
テレポートとは、時には空間の狭間に閉じ込められて出れなくなることもある危険な魔法なのだ。
グラーシュ山脈。そこはクラウス王国の北に位置する極寒の山岳地帯。クラウス王国全体はやや温暖で過ごしやすい地域なのだが、この山脈地帯だけがなぜか気温が異常なまでに低い。その気温は平均で零下二五度で、最低気温はだいたい零下五〇度まで達するという。
グラーシュ山脈には特殊な生物以外は全くいない。そのため過去に一度だけ魔導学院の実習場所として選ばれたが、あまりにも過酷だったためにそれ以降の実習では使われたことのない場所だ。
イメージが固まった。昔のことだったのでだいぶイメージを固めるのに時間がかかったが、準備は整った。
「テレポート!」
次の瞬間、平原から四人の姿が消えた。