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その1

 部屋の中はカビや薬品臭い――というか汚い。

 汚いというのはバイキンが繁殖しているということではなく(しているかもしれないが)、部屋中は魔導書や魔導具の類が床に散乱していて、足に踏み場がないということである。

 この汚い部屋に住んでいるのは、この国で超有名な魔導士ルーファスである。有名といっても彼の使う魔法がスゴイとか、そういったもので有名なのではない。……彼が有名なのは、その『へっぽこ』ぶりからであった。

 へっぽこ魔導士ルーファスの名を大人から子供、お隣さんの猫まで、知らぬ者はこの国にはたぶんいない。たぶん。

 このルーファスは身長も高くルックスはそこそこイケてるのだが、どこか抜けている雰囲気を持っていて、彼のことをカッコイイと言ってくれる者はそうはいなかった。

 そんなへっぽこ魔導士ルーファスは自宅の地下室で、汚名返上のため、とあるビックな召還魔法をしようと無謀な試みをしていた。

 大魔王ルシファーの召還――それは未だかつて成功例のない超一流な悪魔召還。この大魔王ルシファーを召還して、自分のパシリとして遣うことができれば、ルーファスの名は超超天才ミラクル魔導士ルーファス様として世界に轟くだろう。それはあくまで成功した場合なのだが……。

 若干カビ臭くて薄暗い自宅の地下室で、ルーファスは分厚い魔導書を悔いるように見ていた。

「よし、あとは呪文を唱えるだけだ(これに成功すれば私もウハウハだ)」

 大きく息を吐いて、ルーファスは魔導書に書かれている古代文字を詠みはじめた。

「えーと、なになに……ライラ、ライララ、闇よりもなお暗き者……されど汝の輝きは陽く……黄金の翼をはためかせる……我は汝と契約する……出でよ大魔王ルシファー!」

 呪文の詠唱が終わると同時に建物が激しく揺れ、戸棚に入っていた薬品の入ったビンが次々床に落ち、激しい音を立てながら割れた。

「成功か……それとも……?」

 突如、床に描かれた魔方陣から約一メートル上の空間が、渦巻くようにして歪曲しはじめた。そして、歪んだ空間の中から何かが飛び出して来た。

「やったー、成功だ!」

 と歓喜の声あげた瞬間。

「いたたたた、お尻打っちゃったよぉ……」

 と大魔王らしからぬかわいらしい声が?

 出て来たのは女の子!? しかも、出て来る時にお尻を打ったらしく、お尻を擦っているではないか。

「(こ、これが……大魔王なのか!?)」

 召還された女の子(魔王?)は、亜麻色の髪に黒い瞳、歳は十五か十六といったところか。顔はそこそこカワイイ、って普通の女の子みたいな感じ?

「(……ふ、普通っぽいぞ、だがしかし、この世界では見たことのないセンスの服を着ている……変わり者?)」

 女の子(魔王?)の服装は明らかにこの世界のものではなかった。ミニスカートにちょっと変わった上着に、首に付けているあれはリボンか?

「(よし、ここは直接尋ねるのが確実だ)あのぉ〜、あなたルシファーさんですか?」

 女の子(魔王?)と目が合った。女の子は凄く驚いた表情をしている。何だか今はじめて自分の前に人がいることに気がついたようだ。

「ここどこ?」

 目を丸くした女の子(魔王?)は辺りを見回して、いきなりルーファスの襟首に掴みかかって来た。

「ここどこなの!?」

「(この子なんだか凄く怒ってるぞ、いや、パニック状態なのか?)あ、あの、ここは私の家でして……」

「だから、何でアタシがここにいるわけ!?」

「それは私があなたを召還して」

「召還、何それ?(う〜ん、RPGに出て来たあれかな?)」

「異世界からモノを呼び出す魔法ですけど……」

「意味わかんない」

 はっきりきっぱり冷めた口調で即答されてしまった。それに対してルーファスは困った顔をする。

「(召還魔法も知らないなんて、もしかしてやっぱり……失敗)あなたルシファーさんですか?」

「ルシファー、誰それ?(外国の人?)」

「(やっぱり、失敗か!)」

 やっぱりというか、女の子が出て来た時点で絶対失敗だと誰もが思う。

 案の定へっぽこ魔導士ルーファスは召喚の術を失敗していた。それというのも、ある決定的な理由がある。

「(やっぱり、人の代わりにマグロの刺身を生贄にしたのがダメだったか。ふんぱつしたのになぁ)」

 あたりまえだ、召喚の手順は正確に行わなければ意味が無い。しかも、人の代わりにマグロの刺身を生贄にする魔導士がどこにいようか(ここにいたのだが……)。マグロの値段が高かろうが安かろうが大した差はない、どちらにしろ失敗するのだから。

「何考えてボーっとしてんの!」

 パン! と女の子の軽い平手打ちがルーファスのほっぺたにヒットした。

「痛いだろ、何すんだよ!」

「ねぇ、早く家に帰りたいんだけど、ここどこなの?」

「(ちょっと痛かったが相手が女の子だからここは我慢だ)ここはアステアと呼ばれる国にある私の自宅だ」

「アステア……聞いたこと無いけど?」

「たぶん君はこことは別に世界から召喚されたのだろう(たぶんだけど)」

「別の世界?(意味不明?)」

 女の子は困惑の表情を浮かべた。

「じゃあ、君の世界の名前を言ってみてよ」

「世界……世界に名前なんてないけど、星の名前はチキュウだけど」

「国の名前は?」

「ニホンっていう国」

「(やはり聞いたことが無い名だな)やっぱり、君は別の世界から来たらしい」

「まっさか〜!? 信じられるわけないでしょ、本当だとしても何で私が……?」

 突然、ルーファスの表情が焦りの色へと変わり、頬に冷たい汗が流れた。

「そ、それはつまり……(まずい)」

「それはつまり?」

 ルーファスの眼前に女の子の顔がぐぐっとずずいと近づいて来た。その顔についている二つの瞳はまさに『疑い』の眼差しをしている。ルーファスの心なんてお見通しだ。

「ごめん、失敗して呼んじゃった、テヘッ」

「……はっ?(失敗したってどういうこと)」

「つまり、君は間違って私に呼ばれたわけだ(ついつい、本当のことを言ってしまった)」

「じゃあ早く帰してよ」

「それは無理」

 ルーファスはあっさりさっぱりきっぱり答えた。

「無理ってどういうこと?」

「生憎だけど、帰し方を知らないんだ。なんせ普通は用事が済んだら勝手に帰ってくれるもんだから、あははは」

「『あははは』じゃないでしょ、『方法』を考えて!」

 女の子は方法のところをかなり強調して言った。怒気がこもっている――つなり殺意というやつ。

「う〜ん、たぶん用事が済めば帰れると思うけど(その用事っていうのが……)」

「用事って何?」

「召喚者が召喚したモノを呼び出した理由っていうかなんていうか」

「じゃあその用事を済ませれば私は家に帰れるわけ?」

「まぁそういうこと……かなぁ?」

 ルーファスは言葉の最後に明らかにおかしい含みを持たせた。それを女の子は見逃さなかった。

「(明らかに何かを隠してる表情)言葉が途中で止まったけど、どういうこと?」

「(やばいぞ、やばい、こーなったら本当のことを)……実は」

「実は?」

「世界征服をするために呼んだりしちゃったんだよねぇ……エヘッ」

「はっ! 世界征服?(なに言ってんのコイツ)」

「だーかーらー、せ・か・い・せ・い・ふ・く」

 フリ付きでちょっとかわいらしく言ってみた。がすんなり交わされた。

「詳しく説明して」

「あのさぁ〜、その前に襟放してくれないかな?」

「あっ(ず〜っと掴んだままだった)」

 女の子に襟首を放されたルーファスは、襟を両手できゅっきゅっとやった。、

「まぁ、ここで話すのもなんだから、一階に上がろう。こっちだよ」

 すたすたと歩くルーファスの後ろを女の子はちょこちょことついていき、二人は階段を登り一階に出た。

「足もと気をつけて、凄く散らかってるから。私は紅茶でも煎れて来るから、そのへんに座ってて」

 そう言うとルーファスは台所の奥に消えて行ってしまった。

「(足元気をつけてって)」

 女の子はポケットから眼鏡ケースを出すと、ささっと眼鏡を取り出しかけた。

「(うぁ〜マジで汚い)」

 部屋中は魔導書や魔導具の類で埋め尽くされ――大地を創り、山を創り、森を創り、まるでここは腐海の森のようであった。

 そこに紅茶を煎れたルーファスが台所から戻って来た。

「なんだぁ〜、まだ座ってなかったの?」

「だってこの……(腐海の森)」

 女の子はルーファスの方を振り返った瞬間、言葉を失った。

「(カッコイイ!)」

 ルーファスのことを見てそう思ったのだが、たしかにルーファスの容姿はなかなかいイケてる。

 綺麗な顔立ちに銀髪のさらさらヘヤーを後ろで適当に束ね、長身でたしかにカッコイイが、この国で彼のことをカッコイイと言う人はあんまりいない。

 魔導士ルーファスの名は、ドジで間抜けでへっぽこな面が目立ってしまい、どこに行ってもへっぽこ魔導士と言われてしまう。

 少し頬を桃色に染めた女の子に見つめられて、ルーファスは不思議な顔をした。

「どうかした?(私の顔に何かついてるのかな。あっ、眼鏡……カワイイかも)」

「さっきまで気づかなかったけど、あなたカッコイイのね」

 彼女が今のいままで気づかなかったのには理由がちゃんと存在する。


 1.地下室が暗かったから。

 2.かなりさっきまで混乱してたから。

 3.彼女はかなり目が悪いから。

 以上。


「いやぁ〜、カッコイイなんて言われたのひさしぶりだなぁ」

「(こんなにカッコイイのに)何でそんなにカッコイイのに?」

「私のことを知ってる人はそんなこと言ってくれないからなぁ〜、あはは」

「どうして?(実はチョー変態とか)」

「まぁ、そこに座って」

 ルーファスが指差したそこは?

「(がれきの山?)」

 そう思ったハルカはよく見た。ルーファスの指の先にはがれきの山が……ではなく、よく見ると椅子だった。

「(あまりのも散らかってたから……)」

 ルーファスはすぐに女の子の気持ちを察した。

「はい、紅茶」

 そして、紅茶を手渡すと、椅子の上にあったがらくた(?)を掃除した(床に落とした?)。

「どうぞ」

 ルーファスはどうぞっていう手のポーズを決めてニッコリ笑った。その笑顔は美しくてうっとりしそうだったけど女の子は思った。

「(カッコイイ人ほど不精者)」

 そんな言葉が頭を過ぎった。

「どうしたの早く座って」

 女の子はルーファスに勧められるまま、よいしょって感じで座った。それを見てルーファスもどっこいしょって感じで座った。ちなみに声は出さなかったが。

「では、私がカッコイイと言ってもらえない理由ですが……それが世界征服しようと思った理由にも繋がっていて」

「うんうん、それで」

 女の子は食い入るようにルーファスの話を聞いている。興味津々といった感じだ。

「実は私、この国では『へっぽこ魔導士』と言われていて、そいつらを見返してやろうかなとかって思って……」

「(私を間違って召喚したぐらいだから……てゆーか、見返すためにって)」

「魔導学園に通っていた頃から、ドジで間抜けでクラスメートからはいじめられるし。あぁ人生最悪」

 ルーファスは軽い回想に浸っていた。

「あ、あのぉ〜(ちょっとこの人変かも)」

 少し気づくのが遅い。

 軽い咳払いをしてルーファスは還って来た。

「あ、これは失礼」

「あの、だから、アタシが家に帰るためには具体的にどうすればいいの?」

「世界征服だから、人間たちを支配して、奴隷にして、大量虐殺とか?(召喚しようとしたの大魔王だし)」

「それって、魔王みたい」

「ビンゴ! そう私が召喚しようとしたのは大魔王なんだよね」

「ようするにアタシに魔王の変わりをしろってこと?」

「う〜ん、ネバーエンディングに脳みそフル回転で駆け巡るって感じだね」

「無理!(てゆーか、この人の発言が意味不明)」

「じゃあ、一生帰れないな」

 ルーファスは紅茶を少し口に入れた。

「(ちょっと、濃いな)」

「ア、アンタねぇ、誰が呼んだのよ、誰が!」

 女の子は怒りのあまり勢いよく立ち上がった。その拍子に手に持っていたカップから紅茶が放物線を描きながら逃げだした。

「あっちぃ〜」

 逃げ出した紅茶の三分の二がルーファスの顔に、美しい顔に見事かかった。それは女の子がまるで狙ったかのようだ。もし、狙ってやったならかなりの悪女だ。

「ご、ごめんなさい(ど、どうしよう)」

 女の子は慌ててポケットから駅前でもらったポケットティッシュを取り出し、ルーファスの顔をごしごしとやった。

「あ、あの(痛い)」

「はぁ……はぁ……(これだけ拭けば)」

 たしかに、これだけ拭けばお茶は一滴も残ってないだろう。しかし、ルーファスの顔はティッシュのカスでスゴイことになっているけど。

 ルーファスは顔についたティッシュをパッパッと振り払うと、ちょっと真剣な顔付きになった。

「……(そういえば)」

「……どうしたの?(スゴイ真剣な顔)」

「まだ……」

「まだ……?」

「名前聞いてなかったよね」

「(……ばかぁ)」

「私の名前は(自称)天才魔導士ルーファス」

「あ、アタシはハルカ(天才ってへっぽこなんでしょ)」

「よろしく」

 ルーファスはハルカの手を掴んで、手をぶんぶんと上下に振って握手をした。

「あのさぁ〜、私が帰れる手段は他にないの?」

「さぁ、まぁこの世界は広いから、そのうち見つかる(かも)」

 ルーファスの頼りない言い方にハルカは精神的に疲れた。

「はぁ、少し休む」

 とため息を付き、椅子にバタンともたれた。

 こうして(自称天才)へっぽこ魔導士と異世界から来た女の子ハルカの物語。ハルカが元の世界に戻る方法を探す物語。ハルカが魔王になる物語(?)がはじまったのか?

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